与那国島のこと | わたしを生きる【人生を感じ、楽しむ♪@名古屋】

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愛鳥6羽との生活、好きな音楽、断捨離、仕事、旅、日々の暮らしなど徒然に発信中。
西洋占星術、数秘術、健康法などを学ぶ多趣味な元教員・現介護士。
名古屋在住。

初めて訪れたのは2005年の冬。

石垣島経由で島に入り、最西端の集落・久部良の宿に泊まりました。

最西端の郵便局にもATMがあり、クール便が発送できるのに感動したのを覚えています。

一方、日用品や食品を買う場所は「◯◯商店」という名の何でも屋的個人商店しかなく、海が荒れてフェリーが欠航すると品薄になり、値段はすべて高め(運賃が嵩むため)。

台湾から好きにモノを運べたら楽なんでしょうけど、日本本土を中心に考えたらめちゃくちゃ不便。

宿の夕飯に並んだジャガイモやリンゴが貴重品に思えました。

当時はまだノンダイバーでしたので、東崎から比川(Dr.コトー診療所のロケ地がある)までぐるりと、その年免許を取ったばかりだったので若葉マークをつけたレンタカーで回りました。

翌年にダイビングライセンスを取り、目標にしたのが冬の与那国のハンマーヘッドシャークと海底遺跡ポイントを見ること。

そのためひたすら修行(笑)

経験本数を重ねて、再び与那国の久部良へ。

この時は那覇からプロペラ機で飛びました。

ダイビングを主な目的にすると、一般的な観光をするゆとりがなくなります。

でもバス代わりに走っていた乗合バンを利用し、祖納(島の中心的集落)の民族資料館には行きました。

平らな赤土の畑が広がる宮古島と異なり、起伏が激しく、水田もある与那国島。

今どうなっているか自分の目で確かめたくて、去年弾丸ツアーを計画したのですが、コロナがじわじわと広がる中、自分がウィルスを持ち込むことになっては…と思い、キャンセルしました。

また訪れるチャンスはいつになるでしょうか。

私が訪れたのはいずれも冬で、このように眩しい色の海は見られず、結構雨が多かったです。