「こんなおもしろい話があったよ」
そうやって人に何かを伝えたい時、
とっても喜んで聞く人もいるけど
「へーふーん。」ってあんまりおもしろくない人もいる
面白さが伝わらない時ってたぶん話す人と聞く人のエネルギーが循環してないんじゃないかな。
話す人が循環を期待してたとしたら、循環しない状態はちょっと気持ち悪い。
その気持ち悪さを「ah-ha」の気持ちよさに変えたくて、必死で面白さを伝えようとする時、たぶんエネルギーが萎れちゃう気がする。
一方的に投げかけるエネルギーは、無邪気な子供っぽくもあり、また、小学校の時の担任の先生みたいに聞き手に選択の余地を与えない窮屈さみたいなものも感じさせる気がする。対照的な二つの立場は、実は表裏一体なのかもしれない。
私は今自分のそんな一方的なエネルギーの放射がとっても気になる。
ここに何か次の課題が隠されてる気がする。
さし当たり、誰かに何かを話すかどうか迷った時、その話がエネルギー循環を起こすかどうかを意識してみようかな。
今日も熱が下がらずです。たぶん身体の奥で凍ってた自己愛を解凍中なんだと思う。
本当に大切なものだったら、一回や二回の失敗では失わない。失ったように見えても必ず還ってくる。
むしろもっと素敵な別のかたちで改めて与えられる。
だから怖がらなくて大丈夫だ。
なんかそんな気がする。
直感が示す方向に向かって勇ましく前進してみよう。
恐れる気持ちも一緒に全部抱きしめながら、間違ってても、ちょっとくらい怪我してもいいじゃないか。
それが私に出来るその時のベストなのだから。
そんなマイベストを繰り返すことで
今の自分が想像もしてないような自分の本音に近づいてる。
どっしりした土台と軸に支えられて、伸びやかに広がり羽ばたいてる。
ヨガのお師匠さんから頂いた大切な言葉。
がんばってもいい
がんばらなくてもいい
ただ、頑張らない時も、その時々の一瞬一瞬にクリアであることが大事
そのためにまずは頑張って、心に真剣さを与えるのだ
