2026.5.21(金)~5.25(月)
   山口県・日本海に沿っての

   キャンピングカー旅行
 

ずっと行きたかった角島と元乃隅神社。やっと達成!

京都から9号線で日本海沿いを走り、前回はコロナ禍で周り切れなった

萩にも行きました。

天気に恵まれず、しかも自撮り棒を忘れ(笑)旦那とのツーショットが

上手く撮れなかった山口旅行です。

よろしければお付き合いください。




5月22日(土) 2日目

世界遺産・萩を巡った2日目。

萩城跡以外は、前回訪れた時には行かなかった場所です。

 

 

 

 

 10:45 萩城跡

 

前回は令和2年、コロナ禍に訪れていた「萩城跡」。

萩城跡の案内板

 

 

萩城跡の石碑と堀

 

 

 
 

萩城跡の石垣と堀、山

 

1604年に、毛利輝元が築城を開始した萩城。

萩城跡の石垣と堀

 

5層の白亜の天守があった「天守閣跡」。

萩城跡の石段と石垣

最上階は高欄をめぐらせた桃山期の形式のものだったみたい。

 

萩城跡の堀と緑豊かな木々

そして、萩城は、標高145mの指月山の山麓に本丸があった事から、

「指月城」とも呼ばれているそうです。

 

萩城跡の堀と景観

1874年に天守などは解体。

 

萩城跡の石垣と堀

今は、庭園・石垣と堀の一部が残っています。

 

萩城跡の入口と茅葺き屋根の建物

「花江茶亭」 藩主の別邸にあったものを移築。

幕末、13代藩主の毛利敬親が家臣と国事を画策した場所だとか・・・

 

山口 日本海沿い キャンピングカー旅 景色

海側に出てみます。

 

山口 日本海沿岸の景色

 

萩城の建築資材は周辺でまかなわれているとの事。

山口旅行:北矢倉跡と日本海

石材には主として指月山近辺の花崗岩(かこうがん)を使用。

 

萩城跡の石垣と海、遠景の山々

此処に来る前によっていた「笠山」にも石切り場があったそうです。

 

山口県・日本海沿いの石垣と波打ち際

「笠山」で切り出された安山岩は船で指月山へと運ばれ、

萩城の石垣や、城下町の区画づくりに使用されました。

 

山口県、日本海沿いの静かな海岸線

こういう、繋がっている事を知るのって私的にはすごく面白いです。

 

萩城跡 潮入門跡の石垣と案内板

潮入門跡 石垣の外側は(海と一緒に撮れてないけど)「菊が浜」が。

 

萩城跡の石垣の入口

海には、遊覧船が来ていましたよ。

 

 

萩城跡の石垣と説明板

 

バックの指月山山頂には要害が築かれていたそうです。

萩城跡の石垣と堀

山頂までは登山道があり、歩いて30分くらいで登れるみたいですが・・・

行っていません。苦笑

 

萩城跡の石碑と城壁

 

萩城を含んだ「萩城下町」も世界遺産です。

   山口旅行:世界遺産・萩城下町観光  毛利輝元公像 山口県萩市

 

最後に、築城した「毛利輝元公像」

毛利輝元像と萩城跡の石垣

入城する時は、おばさま方がワイワイと写真を撮られていたので、

帰りに撮りましたよ。苦笑

 

毛利輝元 萩市 記念碑

現在の安芸高田市で生まれ、毛利元就の孫・毛利隆元の長男の「毛利輝元」。

 

萩城跡の銅像と石垣

豊臣政権下では「五大老」、関ケ原の戦いでは「西軍の総大将」・・・

色々とありましたね~

 

萩毛利家、歴史的建造物

萩城跡と、無料駐車場を挟んで向かい側には「旧厚狭毛利家萩屋敷長屋」が。

 

萩城の模型と入口

萩城の入城券で、入場する事が出来ます。

 

萩城跡の長屋と庭園

 

 

重要文化財指定書 萩屋敷長屋 一棟

毛利家一門のひとつである厚狭毛利家の武家屋敷跡でした。

 

    毛利家と厚狭毛利家系図

こういう家系図を見るのも、私は好きなんですよね~

 

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋の案内板

 

建物内に入る事は出来ませんが、中には色々と展示されていました。

萩城下町模型と古地図

2回目の「萩城跡」と「旧厚狭毛利家萩屋敷長屋」を周った後は、

前回行けなかった「萩博物館」に向かいます。

 

 

 

 

    2日目④

  山口県・日本海に沿っての

  キャンピングカー旅行 に続く