令和2年3月6日(金)~3月8日(日) 萩、電車の旅
去年の3月の旅行です。
この頃のコロナってどんなかんじやったんやろう?
学校は閉校になってたよね。
自粛ムードは始まってたし・・・。
旅行2日目の令和2年3月7日・コロナ新規感染者
大阪10人 (合計41名)
京都1人 (合計8名)でした。
(調べてみました)
そんな中での、萩への電車での旅でした。
3月6日(金)
5:43 京都発
6:25 新大阪発 さくら541号
8:55 新山口発
10:35 下関発
12:38 仙崎着
道の駅 センザキッチン
14:15 バス発
14:34 長門市発
15:13 東萩着
宵待ちの宿・萩一輪
3月7日(土)
早く寝ると早く目覚める、それは自然の摂理です。笑
今回泊っている「萩一輪」の隣の「美萩」の温泉に入る事が出来ました。
旦那は「行かへん、寝とく」って事だったので私一人で。
部屋の真下に、足湯が有ります。
朝風呂の後に、朝ご飯。
ご飯の後は、いったん部屋に戻って、
前夜と男女入れ替えになっている温泉へ行きました。
貸し切り、一人占めで入ります。
ご自由にお使い下さい。
無意味に「女を磨く!」私でした。笑
脱衣場はこんな感じです。
萩・サイクリング
自転車を貸してくれます(有料ですが)
10:00 発
一日借りて一人750円・・・
姉妹宿の、津和野で泊まった「よしのや」は無料だったのに~笑
(因みに、隣の美萩も姉妹宿)
・萩城跡
毛利輝元が築城したお城。
明治7年に天守閣は解体。
庭園や石垣・堀の一部が往時の姿。
別名は「指月城」
由来は、標高143メートルの指月山に本丸が築かれたから。
萩城は、指月山麓の平城と、山頂の山城を合わせた、平山城です。
指月山へ登山道もあり、登る事も出来るみたいでしたが、今回はパスしました。
石垣(写真右側)の上の白い部分には銃眼(鉄砲を撃つための穴)が。
銃眼(鉄砲狭間)土堀と言うそうです。
ぐるっと回って来ると展望所があったので、階段を上ってみました。
阿武川のデルタの中央を横断して外堀に、その外側を城下町にしたそうです。
当時は船での往来もあったんだろうなぁ~
萩城を含めた萩城下町も世界遺産に。
徳川幕府の意向で萩に城を築いた毛利輝元像がありました。
高さ14、5m(パンフレットでは14、4)の5層の天守閣がありましたが、
今は台座だけが残っています。
・旧厚狭毛利家萩屋敷長屋
厚狭毛利家とは、元就の五男元秋から始まった毛利家の一門。
長屋は、長大で萩に残る武家屋敷の建造物で最大だそうです。
屋敷内にあった主屋や庭園は解体され、長屋のみが残っています。 
この有名な話ですが、私は小6の時に担任の先生に聞きました。
解体前の写真が残っているんですね。
長さは51,4メートル。かなり長かったです。
チケットは萩城との共通券でした。
自転車は入口に置かせて貰えました。
萩、電車の旅2日目②に続く




































