2021.3.26~3.28

サイクリング・玉造温泉2泊旅行

 

宍道湖周辺や出雲大社をサイクリングで周り、

玉造温泉に2泊した時の話です。

 

 

3月26日

  0:15 自宅発

  3:00 道の駅清流茶屋かわはら

  5:30 末次公園

  8:30 サイクリング発

  9:00 道の駅秋鹿なぎさ公園

       雲州平田駅

 10:50 木綿街道

 11:20 平田本陣記念館

 13:20 稲佐の浜

 13:45 出雲大社

 15:05 一畑電鉄大社線出雲大社前駅舎

       松江しんじ湖温泉駅

 16:45 末次公園着

 17:45 玉造温泉保性館着

 

3月27日

 10:20 玉造温泉保性館発

 11:20 道の駅広瀬富田城

 

 

 

       月山富田城

 

「道の駅広瀬富田城」からすぐの所にある「月山富田城」に。

      

 

 

以前、安来市への旅行時には、道の駅には寄ったけど、「月山富田城」跡には行かなかったので、今回は行こうと思っていました。

 

登城口があり、歩いて行く事も出来ますが、上の方にも駐車場が有ります。

 

     

 

まずは、山中鹿介像が。

 

 

    

尼子家再興の為に孤軍奮闘し、34歳で生涯を終えた「山中鹿介」。

没後400年を記念して銅像が建てられました。

 

    

花ノ壇 発掘調査で見つかった二棟の建物跡を休憩施設として復元。

 

標高190mの月山を中心とした広大な山城。

 

尼子氏歴代の居城として栄えましたが、毛利氏によって尼子氏は滅亡。

その後は、毛利氏の山陰地方支配の拠点となった「月山富田城」です。

 

吉川広家が城主となった後は、石垣や瓦葺きの櫓などを築いて、

中世城郭から近世城郭へ大きく変貌。

 

堀尾氏が城主時に、松江城に本拠を移す迄出雲の中枢として繁栄していました

 

    

七曲り 山中御殿から月山山頂部へ屈曲しながら続く急激な登城道。

 

戦国時代を代表する難攻不落の山城の「月山富田城」

日本100名城にも選定されています。

 

 

願わくば「我に七難八苦を与えたまえ」っていうのは、

毛利家に滅ぼされた尼子氏を復活させるためなら、

どんな困難もいとわないと三日月に祈った鹿介の言葉です。

 

 

月山山腹にある城主の居館があったとみられる場所は、

周囲を石垣に囲まれた広大な曲輪。

 

中央にある石碑は、「山中鹿介(幸盛)記念碑」

  

 

時期も良く桜も咲いていました~

 

ここからは当時の、交通・経済・軍事の重要な地域が一望出来たようです。

 

「勝日高守神社」

大国主命が祭神。

出雲国風土記にも出て来るみたい。

 

 

山麓にある「富田八幡宮」の奥宮

      

 

山頂部には、本丸・二の丸・三の丸などの大きな曲輪が連なっています。

 

尼子氏の居城になる前、月山に初めて館や城が築かれたのは12世紀後半。

 

馬のひづめのような形で広がる「月山富田城跡」。

     

三ノ丸  幅約30M、長さ約100M。

段築石垣が築かれており吉川時代のものと考えられています。

 

 

山の頂に点々と石垣と土塁が残るだけのシンプルな景観ですが、

平成30年に日本遺産(出雲國たたら風土記)の構成文化財に選定されています。

 

     

道の駅に併設されている「安来市歴史資料館」にも行きました。

 

 

此処も面白かったですよ~

 

 

道の駅前には、飯梨川が流れていて(お雛まつり)(富田のひな流し)の看板が。

 

此処にも桜も綺麗に咲いていました。

 

ぐるっと「月山富田城」を散策して、道の駅に戻ります。

そして、宿泊地「玉造温泉保性館」に・・・。

 

 

 

    サイクリング・玉造温泉2泊旅行2日目③に続く