今日、彼と会った。
先月マラソンの応援に行ったとき
なぜだかキラキラした彼をみてとても遠くに感じた。
そして早起きして作った差し入れのおにぎりを渡さずに帰った。
本当はあの時、怖かったのだ。
ゴールを終えた彼を待っていても、
彼は私のもとには現れず、
私がスタジアムにひとり取り残されているイメージが
あまりにもリアルで。
あれ以来、彼からの連絡はなかった。
にもかかわらず、私は彼を食事に誘った。
断られたら、理由は何にせよ、気持ちに区切りをつけようと思った。
(ほとんど、そうなると思っていた。)
私から彼を誘ったことは殆どなかったが、
バレンタインを機に気持ちを伝えて
流れを変えた方がいいという友達の言葉が私を後押しした。
予想に反し、彼は忙しい中、都合をつけてくれた。
誘っておきながら、私は待ち合わせに遅刻してしまった。
彼に会えるのに、いつものようなわくわく感が湧いてこなかった。
食事中、体調が悪いわけでもないのに
咀嚼しても、咀嚼しても、
大好きなはずのミディアムレアの牛肉が飲み込めず、
逆流しそうだったが、
それを悟られないよう笑顔をつくっているのが精一杯だった。
いつもの他愛の無い会話をしつつ、
彼と私の間には確実にこれまでと違う隔たりがあった。
お互いにそれに気付かない振りをして楽しく振舞っている感覚だった。
本来は、ここで素直な気持ちを彼に伝えるつもりでいたが、
その空気の中で『ずっと一緒にいたい』というのが
本当の気持ちなのかわからなくなっていた。
いたたまれなさを抱えながら
私たちはカフェに移動してコーヒーとスイーツに救いを求めた。
しかし、コーヒーは、いつもの何倍も苦く感じられ、
二人で一皿の苺タルトを囲んで笑顔を作り合うのが、儀式のようだった。
カフェを出て駅まで行く途中、
「いつもごちそうさま。」と言ってバレンタイン用のチョコレートを彼に渡した。
「ありがとう。」駅前の青信号が点滅していた。
寒さに震えながら信号をひとつ見送った。
お互いの手を温めるでもなく、寄り添うでもなく、
一人で立っているしかないのに。
「じゃあね。」改札でいつものように手を軽く合わせた。
今日初めて、心から笑顔になれた。
これで最後だと思った。
2年前、友達でいようと告げた私に彼は言った。
「僕は君のファンだよ。だからそばにいさせてよ。」
時は流れ、気が付いたら立場はすっかり逆転していた。
いつも前向きで、太陽のような存在の人。
彼をみていると私も明るく前向きな気持ちになれた。
これまで、彼に何度も救われた。
別れた恋人とは、別れただけの理由がある。
人間として大好きだから友達でいたいと思っても
本能的にお互いが男女として意識し合ってしまう。
お互いの距離感をうまく図れないまま
不器用な私たちは愛情と友情の間を行き来しているうちに
もうどこにも行けなくなっていた。
私は、ひとりになることを認めるのが怖くて
彼の存在にしがみついていたのかもしれない。
きっと彼には随分前にわかっていたけれど
私が気付くのを待っていてくれたのだと思う。
本当に大切だから、
もう会わないということも愛のひとつだと
これまで目を逸らしてきた事実を認めることがやっとできた。
胸がキュンとした。