水上哲夫のブログ

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あちこちで話したことなどを書き綴っていきます。おんなじ話を繰り返さないように・・・

戦前、陸軍の将校が、「お前たち兵隊は、一銭五厘の赤紙一枚でいくらでも集めることができる」といったという。

戦争で大量の戦死者が出るようになったのは、兵器の発達が人の命を簡単に奪えるようになったからだ。第一次世界大戦では1,600万人から2,000万人の死者が出た。戦争は避けたいという気分がナチスの台頭を許す結果になった。その結果、第二次世界大戦では5,000万人~8,500万人がなくなった。

 

戦争を避けるため、EUが生まれた。日本では戦争に対する忌避感が強くなる。要は人が死ぬことを嫌う意識が強くなった。だから第二次世界大戦以降大きな戦争は起こっていない。

 

昔は、人の命は簡単に奪われた。災害、疫病、飢饉などで人の死は日常だった。だが文明が進化するにつて人の死は珍しいものになる。戦争による人命の損傷は国家の存亡を揺るがす。そこで、AI自律融合軍という人の関与を極力排除した軍隊が生まれつつあるという。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/95009?utm_source=editor&utm_medium=mail&utm_campaign=link

ミャンマーやタイでは軍人が大きな政治的勢力を維持している。
日本でも太平洋戦争前には軍人さんが威張っていて、大臣の任免権を盾に内閣を牛耳っていくほどの権力を握っていた。この背景には何があるのだろうか。

 

資本主義の発達によって、最初に台頭してくるのは資本家と豪族である。日本では三井や住友、薩長閥や地主層。東南アジアでは華僑や門閥に守られた人たち。彼らは、実力があるわけでなく親ガチャが幸運だったに過ぎない。少なくとも庶民からはそう見える。

 

しかし軍隊は、庶民でも参加でき、実力主義であり実際に実力のあるものが出世していく。完全に平等とは言えないがそれ以前の時代に比べれば雲泥の差である。彼らは、生まれがよいだけの無能で役立たずの連中が国家を牛耳っている現状を憂い、自分たちが政治の実権を握ってもおかしくないと考える。


日本では、5・15事件や2・26事件により軍部が政治の主導権を握ろうとしたことがあった。タイでは、国王を背景に政治の主導権を一時的に手に入れた。ミャンマーは自分たちで国家の運営に乗り出している。日本では、軍人に代わって実力主義の学閥による官僚群の成長が政治を動かすようになってきた。他の国はどうなっていくだろうか。

 

セブンイレブンの創業者、鈴木敏文さんが亡くなった。

 

今から50年も昔、私はダイエーの東京本社にいた。できたばかりのセブンイレブンへ行った。弁当やおにぎりを売っていることに気づいて、そうだよな、ここは日本だもんなとつぶやいた。

 

ダイエーではローソンを展開していたので比較のため買い物に行った。驚くことに、天井から数珠つなぎのソーセージが吊り下げられている。サラダは量り売りで販売されていた。お弁当やおにぎりはない。

後日一緒に酒を飲んだ友人に、なぜお弁当やおにぎりを売らないのかと聞いてみた。担当者に聞いてみるわ、と彼はいい、後日あれはアメリカのローソンではやっていないからだと教えられた。

 

鈴木敏文さんのモットーは「仮説から検証へ」だった。どうしたら顧客の心をつかむことができるか。仮説を立て実行に移してみてその成果を確認する。特に最近のような変化の激しい経済環境下では、理論、理屈や流行などよりも自分の手でいろいろやって確認しながら前へ進むことが重要なのではないか。

AIについていつも同じようなことを言われる。手塚治虫の「火の鳥」に出てきたシーン。国家のすべてをコンピューターにゆだねた人類が、コンピューター同士のいさかいで戦争し滅んでしまうという話だ。そんなことは起きないと言ってきた。しかし人が全面的に何かに依存するとそういう恐れはある。

 

中国春秋戦国時代。今の北京あたりにあった「燕」という国の噲(かい)という国王が、政治をなまけ宰相の子之(しし)にすべてを任せてきた。家臣から、「有能な者に国家を譲るのは古代より優れた王の行為。」などと言われ王座を子之に譲ってしまう。収まらないのは太子である。彼は反乱を起こす。内乱で国力が弱ったとみた隣国の斉が太子の支援を口実に介入。前国王、宰相の子之を殺害。混乱の中、太子も戦死してしまう。最終的には太子の弟が昭王として即位。斉を駆逐する。しかし、その時すでに燕の国土は荒廃していた。

 

本に書いてあるから、占いにあったから、その通り実行していくのはやはり非常に危険である。様々な事柄はやはり自分のあたまで判断していくことが大事である。

 

 

「事件は現場で起きている」というのは、フジテレビ系列の「踊る大捜査線」の中のセリフ。そして、それを連想させる出来事が政治の世界で起きている。

 

5月15日、立憲民主党の東京都連会長の選挙が行われ、本命といわれた、蓮舫参議院議員が81票で武蔵野市議会議員の川名氏の124票に敗れた。番狂わせであった。

昨年10月に行われた自民党総裁選でも、一回目の投票で国会議員票で小泉候補に劣った高市候補が、党員票では圧勝。これを受けて、地方票の割合が少ないはずの決選投票で国会議員の支持を集めて勝利した。

 

いずれの場合でも、いままで中央の決めたことに黙って従っていた下部組織が、自分たちの意思で選挙を動かしたといってよい。中央にいた人たちは以前と同じ思考パターンで、組織を回そうとしていた。しかし、現場は毎日接している国民の行動の変化を感じとる。危機感は漫然と行動している中央の人たちとは違う。

 

変化の時代。組織の中心にいる人たちは、現場で何が起きているかにということを敏感に感じ取らなければならない時代になった。

 

第一生命でマッカーサーの机を見た。

 

少し大きめで、引き出しがない。マッカーサーがこの机を利用するとき、不便ではないかと考えた。以前の使用者である石坂泰三
に問い合わせると、

「社長たるべき者は、持ち込まれた会社の問題は即決すべきで、引き出しの中に寝かせるべきでない」

と答えたという。その答えに共鳴したマッカーサーはそのまま使い続けた。石坂泰三は、戦後東芝の社長や大阪万博の会長を務めている。

 

ダイエーが東京に本社を移転後、友人に頼んで中を見せてもらったことがある。事務スペースではフリーアドレスのシステムを採用していた。このシステムでは、机に引き出しはない。ファイリングシステムの引き出しから必要な書類を取り出して作業をし、終わったら元の場所に戻す。

 

もう一つ、思い出した。パナソニック3代目の社長だった山下俊彦さんの話である。彼は工業高校出身で、平取締役から大抜擢され22人を追い抜いて社長になった。部下から指示が求められるとその場で即決したという。そのわけを彼はこういっている。

「決定しないことが最悪。その場にある情報で全力で結論を出すことが大事だ。間違いに気づいたらその時に訂正すればいい。」

昔、スーパーのチラシを見比べて、一円でも安い商品を求めてあちこち回る人がいました。砂糖などがその対象でした。でも、今はどうでしょう。昨年度はコメ価格の高騰が話題になり、備蓄米が放出され、人気を集めました。しかし、高いブランド米の価格はそれほど下がりませんでした。

 

今、スーパーの人気は、総菜が決めるといわれています。総菜がおいしいかどうかで人々は店を選ぶ。ポテトサラダの値段が1円安いからといってまずいサラダを買う人はいない。

 

もう一度、コメに戻りましょう。昔はコメというくくりで評価をしていました。いまは会津のコシヒカリと北海道のゆめぴりか、ブレンド米の品質を比較しながら価格を見ています。品質によって価格が違うことを無意識のうちに認識。言い方を変えれば価格の中心が量から質に移ってきています。

 

商品を扱う時にもこのことは言えます。同じ商品を売っても、鮮度の良いものや配達の正確さによって違いはつく。その違いのほうが商品そのものより価値を持つ場合も出てきます。

 

※SOC年次計画書に掲載しました。

7年度はスポーツの話題が多く、ワールドベースボードクラシックでは、ベネズエラが優勝。日本は残念ながらベスト8止まりでしたが、大谷翔平、山本由伸などの活躍は日本中を熱狂に巻き込みました。サッカーでは日本代表がイングランドを撃破。女子のなでしこジャパンは、女子アジアカップで予選を17得点無失点で通過、優勝しました。卓球もじりじりと中国に迫り。フィギュアスケートは表彰台が当たり前と思えるようになってきています。

 

先日、芦ノ牧温泉の大川荘に泊まった時、台湾からのお客さんがたくさんいて、3割ぐらいを占めていたと思います。同じく市内の料亭にも台湾からのお客さまが増加。日本全国に吹き荒れるインバウンド観光客の波は、須賀川にも押し押せています。

 

観光客の増加は、日本がいかにいいところかを示しています。そうでなければ人はやってきません。実際、Youtubeなどでは日本の清潔感や食事のおいしさへの賛辞が並びます。我々はもう少し自分の持っているものに自信をもってもいいのではないでしょうか。売るべき商品も採用すべきサービスも、本当は足元にあるのかもしれません。

 

※SOC 令和7年度年次報告から

大阪通天閣に上った。

 

登るのに1,500円払ってエレベーターに乗る。二階で降りていくと、大阪に関係のあるガチャの自動販売機が並んでいる。突き当りで、ビリケンさんという幸福の神様と写真を撮りませんかといわれた。1,500円だという。来た人はみんな頼んでいた。足の裏を触ると願いが叶うというので私も触りながらパシャ。展望台に着くと写真を受け取る。

ぐるっと回って、降りてくるとグリコの歴史や商品を紹介するコーナーがあって、キン肉マンの展示もある。

土産物の中を通らないと帰れないようになっている。

 

買ってもらおうという工夫が満載で、そのくせ押しつけがましくない。商品も昭和の雰囲気が漂う。ああ大阪だなあという感じがした。これが東京だと、どんなもんなら売れるだろうかと知恵を絞っている感じがある。何が売れるかと考える東京と、どうやったら買ってもらえるだろうかと考える大阪。なかなか面白い。

 

いつのころかはわからないが、こんな警句をよく覚えている。

 

「空中に消えるものに運命を託さない」

 

携帯電話というのは便利なものだ。その場で様々な処理ができる。でも処理は簡単だけれど証拠は残らない。電話をした相手が、そんなことは聞いていないといえばそれ以上追及する方法がなくなる。

相手と打ち合わせの時間を決めたとして、時間は3時なのか13時なのか不安になったらどう確認すればいいのか。再度電話するのか、今度は相手が電話に出なかったらどうする?

 

昔、ソフトウエアの開発をしていた時、口頭での修正依頼を受けないようにしていた。修正した後に、「そんなことは言っていない。」とか、「そういうつもりで言ったのではない。」ということが起きると膨大な無駄が生じる。場合によってはその無駄が数百万円に達するおそれもある。

だから、修正依頼はメールで受け取るようにしていた。口頭の時は、こちらからメールにして相手に送って確認してもらった。

 

再確認できないということは非常に怖い。音声のような空中に消えるものに依存するのはやはり危険だ。