1980年ころ、大阪の西中島南方というところに住んでいた。交通の便利なところで、少し北へ歩けば新大阪だった。西を地下鉄御堂筋線が高架で通っていて、そのわきに日清食品の本社ビルが建っていたのを覚えている。南に阪急の西中島南方駅があった。
そこを拠点にして東海自然歩道をよく歩いた。阪急電車の駅ごとに解説しているガイドブックが配られていた。意外だが道は閑散としている。ある時など私の前を歩く3~4人の家族連れから中年の女性が「もーだめ!!もう歩けない」と道の中心に寝転がってしまった。ほかには誰もいなかったので、わたしとばっちり目が合ってしまい、きまり悪そうにしていた。
簡単なガイドブックだけでは道を間違えそうだが以外にそんなことはない。道を歩いて、疲れたなと思うと寺院が現れ、のどが渇いたころには水飲み場が現れる。この辺りには、四股を踏むと「ポンポン」と音がするという「ポンポン山」や、秀吉と光秀が戦った山崎の合戦の舞台、天王山もある。ふもとには淀君のいた淀城もある。サントリーの山崎工場もこの辺だ。歴史のある場所でありたくさんの人が行き交ったに違いない。だからこそ歩く人に寄り添った道ができたのではないだろうか。

