水上哲夫のブログ

水上哲夫のブログ

あちこちで話したことなどを書き綴っていきます。おんなじ話を繰り返さないように・・・

1980年ころ、大阪の西中島南方というところに住んでいた。交通の便利なところで、少し北へ歩けば新大阪だった。西を地下鉄御堂筋線が高架で通っていて、そのわきに日清食品の本社ビルが建っていたのを覚えている。南に阪急の西中島南方駅があった。

 

そこを拠点にして東海自然歩道をよく歩いた。阪急電車の駅ごとに解説しているガイドブックが配られていた。意外だが道は閑散としている。ある時など私の前を歩く3~4人の家族連れから中年の女性が「もーだめ!!もう歩けない」と道の中心に寝転がってしまった。ほかには誰もいなかったので、わたしとばっちり目が合ってしまい、きまり悪そうにしていた。

 

簡単なガイドブックだけでは道を間違えそうだが以外にそんなことはない。道を歩いて、疲れたなと思うと寺院が現れ、のどが渇いたころには水飲み場が現れる。この辺りには、四股を踏むと「ポンポン」と音がするという「ポンポン山」や、秀吉と光秀が戦った山崎の合戦の舞台、天王山もある。ふもとには淀君のいた淀城もある。サントリーの山崎工場もこの辺だ。歴史のある場所でありたくさんの人が行き交ったに違いない。だからこそ歩く人に寄り添った道ができたのではないだろうか。

Youtubeを見ていたら、日本人と結婚したベトナム人の奥さんがおでんを作っていた。

 

材料を買ってくる。大根は、1.5センチ程度の輪切りにし、面を取り、隠し包丁を入れる。ほかの材料と手順を考えながら煮る。アルバイトで居酒屋で働いていた経験が役に立った。といっていた。

 

大根の切り方はそれでいいだろう。もっとも大根にもいろいろな種類がある。辛みのあるもの、煮えやすいもの、干し大根なんかを使うことがあるかもしれない。作業の手順が変わり、新たな工夫が必要になる場合もあるだろう。それはその場その場で考えていくことになる。

 

おけいこごとに「守・破・離」という言葉がある。先生の言うことをきちんと守る「守」の時期、そこから離れていろいろなことを試してみる「破」の時期、そして自由にふるまっているように見えてもやることが理にかなっている「離」の時期。

 

大根を決められた手順で処理できれば満点だ、だが、さらに良いものを目指そうとすればそこに工夫がいる。日本人のメンタリティの中に「守・破・離」の精神がある。そのことが今の日本の技術水準を生んでいるような気がする。

かつて、AIを鍛えて東大に合格できないかというプロジェクト「東ロボくん」を主宰した新井紀子さんという人がいる。プロジェクトを進めていく中で、現代の中高生が論理的な設問を理解できていないことに気づき、「AI vs.教科書が読めない子どもたち」を執筆する。

 

アレクサンドラ構文は、その過程で作成した問題だが、公立中学生の38%、進学校の高校生の65%しか正解できなかった。問題はこうである。

 

Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。Alexandraの愛称は何か。

 

答えは、Alexだが、女性と答えた回答も多かったったという。コンピューターはロジックの塊でできている。AIを使う時にはそのことを理解している必要がある。コンピューターの言うことを理解できなければ何にもならない。結局、使う人がきちんと自分としての立ち位置を理解していることが肝心になる。

 

先日、カンボジアへ行ってきた。人口は1,700万人。西のタイ7,000万人と東のベトナム1億人に挟まれた国である。

 

この国の不幸は1970年代後半におきたポルポトによる大虐殺である。200万人が虐殺されたといわれ今でも40代後半の人口は極端に少ない。日本の第二次世界大戦の死者が300万人。当時の人口規模日本7,000万人、カンボジア700万人とくらべてると打撃の大きさがわかる。

 

カンボジア人は、律儀で勤勉、親日国でもある。道路にほとんどごみはない。日本は第二次世界大戦後、なぜあのような悲惨な戦争をしてしまったのだろうという反省から立ち直ってきたが、カンボジアにも同じ傾向があるような気がする。日本にならい日本のような国を作ろうとしているのかもしれない。我々日本人も襟をただして彼らに見習ってもらえるような国家になることを目指していく必要があるのではないだろうか。

 

 

親戚が白河小峰城の石垣修理を担当したこともあって、最近何度か見に行った。石垣と緑と川が調和してなかなかいい。

 

この城を現在のようにしたのは、丹羽長重である。彼の人生はまるでジェットコースターのようだといわれる。父親は信長に家老として仕えた丹羽長秀。彼は安土城の普請奉行を務めた。太閤秀吉の姓であった羽柴は、丹羽の羽と柴田の柴、家老であった二人の姓から1文字づつもらっている。

 

父親の死後123万石を領していたが、秀吉から軍律違反を問われ有力な家臣も奪われてしまう。わずか4万石の大名となるも小田原征伐での功で12万石まで加増される。しかし、関ケ原の時、西軍に味方。前田利長の2万5千の兵を浅井畷の戦いで3千の丹羽軍が打ち破ってしまう。東軍の勝利で改易となり浪々の身となったが、その戦功と城づくりの腕を見込まれ、秀忠のお伽衆として立花宗茂などとともに仕えることに。

 

棚倉5万石に封じられ棚倉城を作る。その後白河10万石の領主となり白河城を築城しその死後二本松10万石に封じられる。実直な人物であったとされ、その人柄が明治維新で二本松少年隊の悲劇を生んだ。白河にある彼の廟には、その時の戦没者の碑がたっている。ちなみに、日本百名城のうち福島県には3つの城が選ばれているが、うち二つは白河と二本松でいずれも長重と関係がある。

昔、自分の会社のスローガンを「まじめに、こつこつ、きちんと」としたことがあり、丹羽長重になんとなく親近感がある。

 

余談だが、伊達政宗がこの城を通るとき、片倉小十郎に「大したことのない城じゃ、落とすのは朝飯前だろう」というと、「長重には有能な家臣がおります、昼飯前くらいになるのでは」

といったという話が伝わっている。

 

モータージャーナリスト清水和夫が「EV推し」に転向したと語った。かつては充電で30分もかかるし、冬になったら充電がしにくい。と嫌っていたが、技術の進化とともにバッテリーが進歩しAIが導入されて使いやすくなってきた。

 

AIが案内だけでなくドライバーにアドバイスもするようになってきたという。そうか、AIにはそういう使い道もあるのか。

 

ガソリン自動車も初期のエンジンは問題が多かったが徐々に改良されていった。

EVも200キロ程度だった走行距離も500キロぐらいに。バッテリーも安全性に優れたリン酸鉄を使ったものが増えてきた。温度管理はヒーターからエアコンのシステムを利用したものが主流となり、様々な工夫によって寒さに伴うトラブルもだいぶ減っているという。車両のコントロールが容易なため自動運転との親和性もよく、ジャパンモビリティショーでも、展示車の大半はEVだった。

 

 

以前にも書いたが、ディベートの先生をしていて、テーマに「和菓子VS洋菓子」をよく取り上げた。和菓子の人は、入試問題よろしく「和菓子とは何ぞや○○文字以内で記せ」という質問の答えを出そうと頑張る。だがそれは画一的な答えを生むのみで戦う道具としてはあまり役に立たない。

 

話は変わるが、今年の抹茶の輸出量は、今年1~8月過去最高を記録した。国内の生産が間に合わないという。よく考えてみれば、抹茶入りのケーキやクッキー、アイスクリームなどが普通に見られるようになった。和菓子の材料である抹茶を使ったお菓子は和菓子か洋菓子か。ディベートの素材として、広く取り込んだほうが有利になりそうだ。

ついでに、あんこは今中国製やカナダ製が主流である。カナダ製のあんこで作った大福は果たして和菓子といっていいのだろうか?

 

国際交流が活発になった現在和菓子とか洋菓子とかの境界はあいまいである。要はいろんなものが国を超えて動いているということなのだ。

 

 

先日、日本維新の会が自民党と連立協議に入ったというニュースが流れた。吉村代表が議員定数の削減が必要という見方を示した。改革の一丁目一番地だという。大阪維新の会は2011年6月4日に109名であった大阪府議会議員の定数を88名に減らしている。反対派の激しい抵抗があり、バリケードを作るなどして議場を封鎖した。可決したのは午前2時45分だったという。

 

トヨタにも似たような話がある。以前役員の人はよく「トヨタは一度潰れた会社ですから」といっていた。昭和24年に倒産の危機を迎え、コスト削減や工販分離(製造・販売を分離する)により辛くも困難を乗り越えた。これ以来トヨタはコストにうるさくなった。看板方式などはその典型である。現在のトヨタはそうして生まれている。

 

グーグルは以前、採用する人に求める条件について、「困難に遭遇し、それを克服した経験のある人。」といっていた。たとえ小さくとも困難を克服した経験のある人は、次の困難に立ち向かうことに躊躇しなくなる。人や組織を見るときに大事なポイントである。

 

 

 

今回の自民党の総裁選挙では、大手マスコミの予測が大きく外れた。なぜそうなったのだろうか。たとえば、AとBとCどれを選びますかと問われて、Aですと答えた場合。それでそのまま集計した結果が各社の予測の基礎になっている。

だが、そう簡単に決めてしまっていいのか。Aとは答えたが4割くらいはBに心が残っていてちょっとしたきっかけで投票先を変えることがある。なぜAに投票するといったのかということを考えないと全体の構造を見誤ることがある。

ディベートでよく言うのは、〇と×でばかり考えるのではなくて間にあるグレーゾーンを攻めると議論を有利に展開できるということである。

 

製造業やソフトウエア業の人とお付き合いがあるが、よく聞く話がある。仕事をするうえで、お客さまの言うとおりに作業を進めることは大事ではあるが、それが裏目に出ることもある。だいじなことは、それがお客さまの役に立つのかという視点である。お客さまの言うことと役に立つことの間には違いがある。そこを認識しなければならない。

昔、ダイエーで本社管理というセクションにいた。事務管理、情報管理を扱う部署だった。私は事務所の管理と文書送信が主業務だった。

本社の地下には印刷専門の子会社があった。各セクションの担当者は、作成した文書と、配送先の一覧表に送付する先を記載して地下の印刷会社へ送る。そこで印刷してそれぞれの配布先別にまとめてバッグに入れて特殊な運送業者に引き渡す。それが一日に一トン。縦に積むとビルの4階に届くほどだった。

 

内容は、商品情報や店舗運営の確認事項が主だったが、売り上げを報告せよとか、比較表を出せとか結構現場の作業も要求していた。今ならメールがほぼ全部だろう。

 

面白いと思うのは、スーパーバイザーという役職である。5から6店舗のグループについて、商品動向の調整役がいる。売れていない店から売れている店に商品を移動したり、売れ行きの状況を本部のバイヤーに報告したりする。

 

縦の情報の流れだけではなくて横や斜めに情報を流していく仕組みがなかなか面白い。最近特にそう感じることが多くなった。時代の変化かもしれない。