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ノマド 海外るろうに追憶 北京(PRC)

忘れもしない1995年の今日、3月20日は、私にとって初めての海外旅行の日だった。


今から15年前の今日である。


1995年は、日本の社会にとって忘れがたい年でもある。

年が明けてすぐの1月7日は、阪神大震災。


そして、私が海外に出発しようとしていたその朝、サリン事件が起きた。


初めての海外旅行で緊張していた私は、出かける準備をしながらニュースを見ていたが、人がバタバタと倒れて、懸命に救助している救急隊員の上空からの映像を鮮明に記憶している。

あれは、茅場町だったか、霞が関だったか。


何の事態だかわからないまま、成田に向かった。


同級生Kと二人での旅だった。彼は遅刻した。携帯がまだ普及していない時代、かつ、海外で携帯を使うなんて思いもよらない時代なので、携帯(PHS)は荷物には入っていなかった。


あの事件に巻き込まれたのではと心配したが、単なる遅刻だった。

ホテルのNHK国際放送をみて、初めてオウム真理教が起こしたサリン事件だと知った。


市場で中国人のおばさんに、
「サリンはどういう漢字を書くんだ?」
「オウムはどういう漢字を書くんだ?」
と聞かれてかなり困った。「鸚鵡じゃないしなー」と友人と悩んでいた。
まじめな学生だったんだね。


ちなみに、サリンは、「沙林」と書くようです。


そのおばさんに、「オウムはXie2Jiao4」と言われ、何のことがさっぱり分からず、

漢字を書いてもらうと「邪教(Xie2Jiao4)」という意味だった。


旅行者の我々より、生活者のほうが情報量は圧倒的に多かった。


万里の長城やレンタルサイクルで市内を回ったが、何しろ、当時の北京は完全な社会主義の国。香港はまだイギリス領。


兌換券(外貨と人民元の両替に必要なもの)は廃止されていたが、天安門や故宮など主要な観光地は、すべて、外国人用窓口と料金(中国人の2倍~5倍)だった。


我々は、中国人が「2張!」とぶっきらぼうに言いながら、金を出すのを真似し、

中国人窓口で安くチケットを買って入っていた。


故宮で美術品の横に座っている人民軍のお姉さんが、やる気なく鼻くそほじっていたのが、記憶から消えません。


てばな(片側の鼻の穴を抑えて、ぶぅーと鼻水を飛ばす)の話や、当時の便所事情はまた改めて。


どうしてもあの日から15年後の今日、3/20にこの日記を乗せたかったので、


取り急ぎこんな感じで。




かいじゅうたちのいるところ 部下持ち管理者は観てみたら?

かいじゅうたちのいるところ を観てきました。

ネタバレありですが、クレームは受け付けません。




不覚にも最後にうるっときました。歳のせい。
あまりにシンプルなので、深読みしながら観るにはいい映画。
頭からっぽで観たい映画として期待すると、かなりガッカリします。

部下を持つ管理者にはお勧めかも。

主人公マックスはかいじゅうのいる島に行って、王様になります。
なりたくてなったというよりは、食われる危険があったので、
流れで王様に。

かいじゅうたちは、期待はずれだと駄々をこねるやつ、陰気なやつや
もっさりしたやつ、しゃべらないやつなど、いろんな性格のやつらがいます。数は数人(数匹)。

そして、主人公は王様=管理者となるのですが、いわゆる彼らの「ダイバーシティ」に悩まされます。

王様なので、かいじゅうたちの彼に対する期待値は最初から期待MAXです。その分、期待を裏切られたときの失望もMAXです。
ホスピタリティの高い5つ星ホテルで、普通の対応をされたときと同じです。


彼は、かいじゅうたちの期待に応えるような意気込みはありません。

が、主人公マックスの心の鏡である、かいじゅうキャロルの理想
(プロジェクト)を応援するためにファシリテーターとして頑張ったり、プロジェクトマネジャー(PM)としてチームを引っ張ったり、
行き詰ったときには、コンフリクトマネジメントをしてみたり。

もちろん、マックスは子供なので、行き詰まります。
でもいいんです。

かいじゅうは、子供そのものなのですから。主人公マックスそのものなのですから。


原題は、Where the wild things are です。

monstersではなく、あくまでwild thingsなのです。

わがままや嫉妬、猜疑心や純朴さなど、大人になると素直に表に出さなくなる(出せなくなる)心の動きが、まさにかいじゅうなんです。

でも、大人でも決してこれらの心の動きがなくなっているわけではない。誰しも持っている感情。
ただ、甘えられない大人だから表に出せないだけ。甘えられる子供だから、感情と行動が一致するだけ。

マックスという少年が、ほんのちょっとだけ、自分の心と向き合って、
ほんのちょっとだけ、大人のつらさが分かるお話。

「きみたちにもママがいればよかったのに」

甘えられない大人、見栄張らずに、自分に素直に生きられればどんなに楽なんだろう。
でも、自分に素直に生きるととってもつらいのが世の中なんだってこともよく分かる。

「ただ、みんなと仲良くしたかっただけなのに。。。」

そんな結果にならないように、大人は生きる知恵としての見栄を張るのかなと。


「キャピタリズム」が観たいです。





チームマイナス6%の虚実

2007年~2008年にかけて半年ほど上海に住んでおりましたが、

かの国の電気スクーターの普及っぷりには驚かされました。

同僚の中国人も毎日、電気スクーターで通っていたにも関わらず、

当時の私は経済で物事をみる視点欠けておりました。

単純に、「すごいなー、日本でも売り出せばいいのになー」程度の感想しかありませんでした。


以下、勝手な推論ですが、、、

これだけエコと政府主導で叫んでいるにも関わらず、日本に輸入されず、

マスコミにも取り上げられない理由。


それは、電気スクーターの輸入・普及促進をしてしまえば、

既存のオートバイメーカー、部品メーカー、販売店、ガソリンスタンドなど、

既存の日本の産業に多大な影響を及ぼすからではないでしょうか。

当然、政治的な意味でも、財界から圧力もかかっているかもしれません。


エコ→電気スクーターの導入という図式は、今の潮流に少しも逆行しません。

むしろ、Co2削減に大きく貢献するでしょう。


しかし、日本の経済界・政界・行政・マスコミは、電気スクーターについては何の言及もありません。


私は昔から自転車に乗るのが好きでしたが、最近の自転車ブームはなんだかマスコミに踊らされている感がありました。


明日から、あなたが電車通勤を自転車通勤に変えたところで、少しもエコなんかではありません。

だって、「エコな乗り物としての新幹線が海外で注目されている」なんて記事が最近紙面を

飾っているじゃないですか。


最近の自転車ブームなんぞは、マスコミやいまや時代の寵児たらんとしている某女性経済評論家K間K代女史の発言などの影響が大きいとつくづく感じます。



自転車を買うイニシャルコスト。けっこう大きくありませんか。5、6万くらい?

補助金って会社から出ますか?


さすがにママチャリは買えませんよね。






個別で考えれば、CO2マイナスより、デメリットのほうが大きいでしょうね。

職場から交通費(10万円までは非課税)が出るにも関わらず、あえて自転車で出勤する方。

もちろん、自転車通勤はいいフィットネスかもしれませんが、交通事故(加害者になるリスク)や排気ガスを吸い続けることのリスクを考えると、いかがなものでしょう。