2019年の11月は弁論・演説大会が目白押しですね。
16日神奈川県相模原市”杜のホール橋本”にて第17回尾崎咢堂杯演説大会が開催されました。
<尾崎咢堂杯>
「議会政治の父」「憲政の神様」と謳われた尾崎行雄(咢堂)を顕彰する演説大会。
尾崎咢堂の行跡にあやかり”日本の歩む道”すなわち未来の日本に向けての提言を題材とし、原稿からなる一次審査、二次審査を通過した満40歳までの青年男女6名による演説大会。宮台真司氏をはじめとする保守革新両側の政治家や大学教授による本戦の審査を行う。弁論時間は7分。

有馬優さん 「語られざる遺産」
幕末から明治にかけ日本は精神的・物質的に進歩を遂げた。そこから始まり今、土木遺産は422件。一見当たり前に見える橋や港もこの国を築いてきた一つの景色である。私の所属する学校には今、土木を学ぶ多くの留学生が来ている。異国の地で学ぶ辛さを乗り越える原動力は「送り出した祖国の人々のため」との想い。その想いに当時の日本人もこんな思いだったのだろうと、過去からの尋ね人を見る様であった。そうした人々の試行錯誤が今の日本の景色を築いてきたのだ。土木工事は危険も伴うが、人や社会に対する優しさをインフラのかたちで残す想いの表れ。先日の台風19号で目の当たりにした日本の役に立ちたいという留学生の、命を守ってあげたいとの行動に現れている。一見何気ない景色、だがそれはそうした先人たちが築いた語られざる遺産であり、賜物なのである。
 
透明感のある表現力が光る、そしてなかなか日の当たらない土木工事に焦点を当てた素晴らしいお話でした。声質とご本人の真剣さ、全体的に切迫感が漂います。これが先人の築いた遺産に気付こうという主張に比して重いため、聴き手としてミスマッチを起こしてしまいます。気付かなくてはならないというより気付けて良かったという前向きなかたちの組み立てにすることで、より印象に残る演説となります。
 
高田 晃資さん 「一億総投票社会」
銀色の長方形の箱。小さい頃、親につられて行った選挙の投票箱は大切なものが詰まった宝箱の様だった。時が経ち選挙権を得られる年齢となったが、今の日本の選挙の投票率は有役50%。日本人の半分が選挙に行かないのだ。選挙は我々の意思を政治に示す重大な機会、だが私の通う高校でも政治の話はタブーなのである。
私は、一億総投票社会の実現を提唱したい。選挙に行かない人には罰金を科すのだ。投票したくなければ白票を投じそれも公表する。白票もまた政治へのメッセージとなり得るのだ。今、この制度は諸外国でも取り入れられ始めている。未来への意思を示す一票を見つめ直すことで、あの箱は再び輝きはじめる。
 
学生さんとしての未来への展望のある演説でした。良く調べられており、大所高所からではなく、ご自身の目線から始めることで聴衆との距離感を上手く詰めています。しかし一方で詰め切れていない様にも感じ、結果として政治に対する意識の高さはどこから来るのかが気になったままでした。多感なこの年代で政治を語ろうとするのであれば最初にその疑問に応える必要が有ります。その部分がクリアできれば、より響く演説となると感じました。
 
浦田 詩織さん 「生命の輝きが私たちに問うこと」
障害を持つ子のお母さんから言われた、子供への「頑張れ」という応援が辛いとの言葉。応援されることは幸せではないのかとその時は理解できなかった。2013年に導入された胎児の遺伝子検査、そこではわが子が障害を持つことを知った親の殆どが人工妊娠中絶を行うとのこと。障害が有ることで産まれることすら許されない生命がある。でも一概には責められない。親も深く悩んだ末のことなのだ、もし将来産まれてくる自分の子供がそうであれば、深く悩むだろう。共生社会を声高に叫んでも、肝心の心が追い付かないのではいけないのだ。そんな折、特別支援学校で教育実習の機会を得た。障害があっても前向きに、必死に生きる子供たちと触れ合い、命の愛おしさを実感する。ここに居てくれるだけでいい。心のバリア、それは命の輝きを知らなかっただけなのだ。
 
自分の感じた想いを公共の課題に昇華し提言する、パブリックスピーチのかたちを見事に体現した演説でした。後半になるにつれ言葉が熱を帯びており、社会に向けて訴えたいとの想いが良く表れています。静かな振り返りと、その裏にある熱意、浦田さんの持ち味が見事に表れた弁論でした。一点、前半ご自身の落ち着いた語り口が疑問や葛藤をさらりと流してしまっているので、この部分の実感をより見せられるとより力強い演説になります。
 
佐野 果淑さん 「はじめに『言葉』あり」
ロシアの街並みを歩き、ロシア語で話すことを試みる。サンクトペテルブルグでの学生間交流。心を、想いを通じ合わせようとする中、ふと日露の間の領土問題を思い出す。祖父の故郷は択捉島、だが今そこはロシアの地としてロシア人が住んでいる。択捉島を訪れて感じた互いを理解しなくてはとの想い。ロシアの若者は日本を学ぼうと必死に勉強していることに感動すると同時に、歩み寄りの姿勢の大切さに気付く。英語教育は盛んだが、ロシア語はそうではない。ロシアには小学校から日本語を学ぶ場がある、日本も高校からでも良い、ロシア語を学ぶ機会を設けていくべきなのだ。真の友好はお互いを理解することから始まる。その一歩を踏み出そう。
 
学生さんとしての前向きな想いが詰まった、心温まる演説でした。普段焦点にならない、ロシアとの交流も斬新なところ。北方領土問題自体は政治的な背景もあるため、互いの理解という内容は初めの一歩として良いと同時に、そこから先の未来も想像で良いので言及しても良かったと思います。声自体も、やや上ずっていましたので、そこは今後落ち着けていくとより良い演説となります。
 
国永 大二郎さん 「塀の中の教室~非行少年と私たち」
”法律を何故守るのか”塀の中に足を踏み入れ行った、同年代の若者たちへの講義。鋭い質問と熱心さ、そして彼らの目の輝きに非行少年のイメージが大きく変わった。授業後、教官からひたむきな授業に心を打たれたとの言葉をもらう。だが、一方で刑期を終えて社会に出た非行少年の半数は、再犯してしまうとの事実が有る。社会になじめず孤立しているところに、かつての仲間や犯罪組織が声を掛けるのだ。人は居場所なくては生きていけない。彼らもまた、加害者であると同時に社会の被害者でもあるのだ。塀の向こうとこちらは対極ではない。私たちは皆、塀の上に立っている。彼らを支えるのは、私たち専門家だけではない。孤立を防ぐのは身近な人を認めることから始まる。
 
ご自身の経験が活きた、社会への提言の光る演説でした。力強い言葉に想いが乗っています。姿勢が前のめりとなってしまい、これにより聴衆との対決姿勢、そして肩で息をすることでの話のリズムが単調になってしまっています。ここは修正したいところ。また、話の展開からは身近な人を認めるという主張がやや急に思えました。どうしてそう思えたのか、その部分に言葉を費やすとより納得感が増します。気持ちの入った法律家という、素晴らしい志が楽しみな演説でした。
 
水嶋 恵利那さん 「今、消えゆく故郷のために」
皆さんは千葉県にどんなイメージを持っていますか?私の故郷は千葉県の南房総。高校以外は全て廃校となってしまった。現在、地方から年間45万人が東京に移動している。生まれ育った故郷が寂れていくのは辛いが、どうしたら良いかも分からない。ある時、故郷に里帰りし近くの海岸に行く、海と空の青の絶景がそこに有った。長らく忘れていたその景色は都会につかれた自分の心を洗い流してくれた。その様子をSNSに投稿すると世界中に広がり、今多くの人がその景色を見ようと来てくれている。何も無いと思っていた故郷、だが今になりその魅力に気付く。先日の台風被害に今、故郷は立て直しの正念場。多くの試みが取られている。故郷が廃れていくのが寂しい、そう思う人達に伝えたい。少しでも良い。その魅力を広げていこうではないか。
 
柔らかな表現と、共に進もうという温かさが印象的でした。等身大の実感が日本全体の提言へと昇華されています。地方に故郷がある人には共感が伝わる一方、都市部生まれの人にとっての伝わり方は読み辛い、聴き手を選ぶ演説でもあります。ですが人の心が動くときとは、忘れていたものの価値を見出した時、その瞬間を見事に捉え、未来への広がりを見せる素晴らしい演説でした。
 
以上、6名の演説。「人生の本舞台は常に将来に在り」その尾崎咢堂の言葉通り、日本の将来に向けてのひたむきさ、真剣さが伝わる素晴らしい演説でした。
 
審査結果は、
最優秀賞 浦田 詩織さん
優秀賞  有馬 優さん
 
一聴衆として、素敵な演説を聞くことができたことに感謝します。おめでとうございます!