八月も終わろうとしているが、実感がわかない。あいかわらずの猛暑のせいだ。しばらくは、こんな暑さが続くらしい。この夏にしたことといえば、七月に、祇園祭を目当てに京都へ行ったことくらい。「危険な暑さ」を避けて、通っているスポーツクラブのプールで泳ぐ以外は、ほとんど家で、静かに過ごした。

 

祇園祭の目玉、山鉾巡行は、現在、前祭(さきまつり)と後祭(あとまつり)に分けて開催されている。17日の前祭の有料観覧席券を手に入れて、さあ、暑いぞと覚悟して出かけたが、到着した16日、御覧のような、「ゲリラ雷雨」に襲われた。あまり暑くはないが、まともに歩けない。

写真は、八坂神社に行こうとした手前の道。訪れた「古代布」のお店で雨宿りさせていただいて撮ったもの。祇園祭は八坂神社の祭礼なので、お参りしておこうと思ったが、とんでもない横殴りの雨で、結局、諦めた。

そういえば、先週、京都に大雨警報が出ていて、市内の様子がニュースに流れたが、ちょうど、こんな感じの豪雨だった。

 

 

さて、お目当ての巡行。前日のような豪雨ではなかったものの、大雨。見物の邪魔になるため、傘はさせないので、御覧のとおり、カッパ着用で、ずぶ濡れ。覚悟していたような猛暑ではなかったのが、幸いと言えば幸い。

六月の東北旅行は、天候に恵まれたが、メインのドラゴンアイに行きたいと言い出したのは女房で、今回、祇園祭を見に京都へ行きたいと言い出したのは私なので、私は「雨男」ということになった。そう言われて、過去、思い出してみると、どちらかというと、私は雨男のよう。

もう少し良いコンディションで見たかったなアというのが本音だが、これが、前日、7月16日のような、あるいは先週のような豪雨だと中止になっていたかもしれない。こんな、異常気象というか、気候変動が続くとすれば、常に、「思わぬ事態」を覚悟しておく必要がありそうだ。そう考えると、とにかく無事に観られてよかった。観る方もたいへんでしたが、祭りを執り行う地元の方々や、警察や警備の方々は、さぞやたいへんだったと思います。感謝。

 

 

もっとも、巡行の日は大雨だったが、前日、16日は、夕刻に、嘘のように雨が上がった。この日を含めて巡行前の三日間は、市街のあちこちで巡行を待つ「鉾」や「山」を見てまわる、宵山と呼ばれる期間で、京都の方にうかがったところ、巡行よりも、こっちのほうが地元の人にとっては、お祭りの「本体」なのだそう。

 

 

たしかに、大勢の人が行き交い、路地に入ると、祭りの屋台が並んでいて、飲み食いしながら、華麗な「鉾」や「山」をまじかに見てまわるのは、楽しい。

 

 

 

鉾の中に入って、見学することもできる。うまくタイミングがあえば、お囃子の演奏を目の前で聴くこともできる。こちらは、函谷鉾(かんこぼこ)の中。

 

 

山や鉾を飾る、鮮やかなタペストリーなどをまじかに見ることもできる。

 

 

途中、「屏風祭」と立て看板した民家に立ち寄った。京都市指定有形文化財の「長江家住宅」を、祇園祭にあわせて公開している。

典型的な、奥にずっと長い「町屋」だ。10年ほど前までは、ここで生活なさっていたそうで、中庭には、小さな池もあり、それを囲む廊下には蚊遣火もたかれている。由緒ある屏風や掛け軸の他、趣味で集めたSPレコードなども展示されていて、生活の匂いがして興味尽きない。

 

風情ある中庭は、いかにも涼しげだが、ふと上からの冷気に気づいて見上げると、大きなエアコンが設置されている。私の住む埼玉や、この京都は、天気予報の「本日、一番暑い地域」トップの常連だ。

これから、この祭りや京都という町、いや、この日本や地球の暮らしは、どう変わっていくのだろうか。1000年続くという、伝統の祭りの中で、そんなことを思った。