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 「オペラに興味はない。今後も、関わりをもちたいとも思っていない。でも、一応、オペラのことは知ってみたい。」
 そんな風に思っているヒトがいたら、余計なお世話でしょうが、次の三冊が、おすすめです。

 屮ペラ道場入門」玉木正之 小学館

 この本には、三つの失敗がある。

 一つは、このタイトル。そして、二つめは、御覧のとおりの表紙。
 読んでみれば、お上品な響きの「オペラ」と、演歌チックな「道場」の二語を、あえてくっつけ、更に、洗練を拒否しまくった(?)ような、この毒々コテコテした表紙で本書を飾り、あえて、読者を挑発せんとした筆者の意図は、すぐに、納得がいき、むしろ、快哉を叫びたいくらいなのだが、本屋に入り、とりあえず、オペラについて、何か読んでみようという人は、このタイトルと表紙で、ずずっと「ひいて」しまうだろう。

 三つめの失敗は、各章のタイトルや導入部の文章が、おもしろすぎること。
 この本の、AMASON CO.のレビューは、こう、始まっている。

  過激な見出し「オペラはアホクサイ」「小林幸子と美川憲一のルーツは、バロック・オペラだ」など 続々並ぶ異色のオペラ解説。オペラは難しいとする従来の教養主義を否定し、わかりやすい映像から親 しんでいく、楽しいオペラ入門書です。

 クラシックなどには、この紹介文が連想させるような種類の本は多いのだ。ハデハデしい見出しを並べて、クラシックなんて、けっして堅苦しくないんですよ、モーツァルトなんて、ただのスカトロ男だし、ベートーベンなんて、女にモテないから名曲が書けたんですよ、などなど、音楽とはカンケイないエピソードを並べ立てて、肝心の音楽そのものについては、学校の教科書程度のことしか語っていない本。

 私も、なんだフン胡散臭いと思って、何しろ、図書館にあった本なので、読みながらバカにしてやろうぐらいの気持ちで「斜め読み」をはじめたら、これが、とんでもなく良い本なので、びっくりした。

 ぜひ、以上、三つの「失敗」を乗り越えて、この本を読んでみてください。
 
 クラシックとオペラは「無関係」
 ガキにクラシックは理解できても、オペラは理解できない
 オペラとミュージカルは、結局一緒


 などなど、「そうそう、そのとおり」とひざを打ちたくなるハナシの連続です。大胆に単純化してみせた、「オペラの流れ」図や、各種、CD、ビデオの紹介など(この辺のデータが古いのが、唯一の欠点だが)、役にたつ情報も満載です。
 さらにすごいのが、筆者の博覧強記の脱線ぶり。とんでもない方向へハナシがそれ、それが見事に、オペラの理解につながっている様は、高度な「知的アクロバット」を見ているよう。たぶん、オペラに全く興味がない人が読んでも、読み物そのものとして、おもしろいにちがいない。

 この本を読まなければ、こんなにオペラには、はまらなかったかもしれない。そういう意味では、非常にキケンな本です。


◆屮ペラの運命」岡田暁生 中公新書

 こっちは、逆に、中公新書の一冊ということと、一見、ひどく堅くるしそうなタイトルが並んでいて、損をしている本。
 オペラ入門書の多くは、有名なオペラ作曲家や作品、あるいは歌手の説明の羅列にすぎなくて、オペラというものの全体像が、さっぱり見えてこない。玉木正之の本でも、充分にオペラの全体像は分かるが、本書は、オペラを社会現象としてとらえ、その発生から、「運命」(つまり、その未来)までを、見事に俯瞰して見せる。
 オペラの流れを、モーツァルト以前と以降に、すっきり分けて説明しているところは、玉木正之と同じで、納得がいく(私が、モーツァルト好きということもありますが)。
 バロック・オペラ「アリオダンテ」を観る時には、とても参考になりました。

 「オペラ道場入門」の表紙とは、逆の、ノッペリと愛想のない中公新書の表紙にめげずに(?)読んでもらえば、オペラ好きの学者さんならではの、鋭く、かつ血の通った、オペラ分析が続く。


「ぼくのオペラへの旅」黒田恭一 JTB

 「オペラのいま」で紹介した、エピソードは、この本にありました。

 かつて、作曲家のピェール・ブーレーズが「オペラは片足を棺桶に突っ込んでいる芸術だ」と言ったのを本で読んでいたぼくは、ミュンヘンに行った時、バイエルン国立歌劇場の総監督だった演出家ギュンター・レンネルトに会って、この言葉をどう思いますかと意気込んで訊いてみた。
 ところが彼の答は、「そんなこと、きみ、当たり前だろう」というものであった。「古いものは減びるものだよ。しかし、その古い命をどれだけ延ばすかが、ぼくたちの使命なんだ」と。


 「オペラに未来はあるか」という文章の一節です。
 
 私は、このエピソードを、新演出をもちあげるために引用してしまいましたが、この本には、「演出はオペラの従順な娘であるべきだ」という一章もあったりして、長年、欧米でオペラを観てきた筆者は、こうした傾向には懐疑的です。
 こうした厳しい認識をもって、今後もオペラを存続させようとしている人がいる一方で、演出に限らず、オペラを自分の自己顕示のための手段にしたり、使い捨ての消費財程度にしか思っていない連中も多い。エピソードは、そうした傾向への警鐘として引用されています。

 この本は、各国のオペラ・ハウスを紹介したもので、地図も掲載されていますが、オペラ体験のひとつひとつのエピソードが、面白く、オペラが、好きで好きでたまらない気持ちが、よく伝わってきます。
 自分の「ブロードウエイ初体験」などに通じる部分もあったりして、「うれし、はずかし」といった感じで読みました。英語に「シアター・ゴーアー」という言葉があって、劇場通いの好きなヒトのことですが、オペラに限らす、演劇やミュージカル、コンサート好きの方が読んでも、充分におもしろいと思います。
 
 もしも、私がエラそうに書いた「オペラのいま」をこの筆者に読まれたりしたら、と考えると、ちょっと冷や汗がでます。それくらい、筆者のオペラに向ける愛情が、並大抵のものではないことが、ひしひしと伝わってくる本です。