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 チャーターズタワーズは、タウンズビルから車で2時間ほどの内陸部にある。金鉱を掘るためにつくられた人口7000人ほどの小さな町で、町の四方にはアウトバックと呼ばれる、ほとんど無人の半沙漠地帯が広がっている。車で10分も町を走れば、あとは何も無い。そこでバーバラたちは日本からの新婚さんに、6人乗りのセスナでこのアウトバックを、金鉱や牧場を訪れて半日飛び回るという、滅多にできない経験をプレゼントしてくた。操縦士はバーバラの夫ポールの友人である。

 大柄なバーバラに対して、細身で眼鏡をかけ銀色のあご髭をたくわえた、まるでスピルバーグの映画に出てくる科学者のような風貌のポールは、前の晩、我々がどこからどこまで飛んで、途中に何があるのかを地図を見ながら詳細に説明してくれたが、彼の英語はとりわけオーストラリアなまりが強く、それでなくても私はいいかげん眠くなってしまい、話の半分もわかりはしなかった。話を聞いていないと悟られてはマズいので、睡魔と必死に戦いながら、なんとか途中途中で話をつかまえて、相槌を入れるのが精一杯。
 そして結局それはどうでもいいことだった。飛行機が離陸してみると、もう「どこに何がある」どころではなかった。特に、ジェットコースターも苦手という妻にとって、これは「有り難い」プレゼントだった。その手のものが嫌いでない私にして、ほとんどゴミ袋(あぶない時はここへ、と渡されたもの)」を握りっぱなしだったのだから。ポールの友人は、上機嫌でここが金鉱、ここが○○渓谷と、何度も地上近くをぐるぐる旋回してくれたので、私たちは何度もたいへんにあぶなくなってしまった。同乗したバーバラとポールは………何時の間にか、居眠りをしていた。

 1時間ほどして、まばらな林を切り倒してつくられた、赤い地肌が細長く伸びた小さな飛行場に、セスナはもうもうとホコリをあげて無事着陸した。私たちはほっとして、ブッシュの真ん中の牧場に降り立った。牧場主とその二人の息子が笑いながら出迎えてくれた。3人ともつばの広い大きなカウボーイハットをかぶっている。
 「どうだい、いい飛行場だろう。飛行機の乗り心地は、どうだった」
 牧場主の親父が白い歯を見せて話かけてきた。つばで遮られて、影になった顔からのぞく眼がやさしい。小柄だが、ガッチリと握手した手は、大きくて弾カがあり、カ強い。
 牧場といっても周りに見えるのは、ユーカリの林と白っぼく乾いた草ばかりであみ。いや、ここではやはり「ユーカリ」よりも、「ガムツリー」とオーストラリア流に呼んだ方が、この乾燥した、そっけない風景を表すのにふさわしい。ガムツリーの葉の色はくすんだような鈍い緑で、それがぼやけて眠たげな印象を風景全体に与えている。と同時に、そのきつい独特の匂いには、「緑につつまれる」と表現されるようなロマンチックな感情移入をつっぱねているような、やや酷薄な感じがある。
 とにかく見渡す限り、そのガムツリーの林が目に入るだけで、牛の姿など無い。肉牛の落としていった糞の臭いで、ここが牧場とわかるくらいだ。時刻は午前10時を少しまわっている。モーニングティー、つまり午前のおやつの時間だ。母屋で牧場主の奥さんの紅茶とパイクレットという素朴なケーキのおやつを御馳走になる。たっぷりとジャムやバターをつけて食べるパイクレットは、辛党の私にとっては苦手だが、妻はとても気に入ったようだ。バーバラが、後でパイクレットの作り方をメモしてあげる、と妻に約束する。

 お茶がすむと、ポールとバーバラは、にこにこと穏やかな微笑を絶やさない奥さんと一緒に、あちこちの部屋を案内してくれた。高い天井の真白い壁の家は、ホコリっぽい外の印象とはまるで違って、どの部屋も掃除がいきとどき、趣味の良い家具が配置されている。私と妻を驚かせたのは、3月ぶんの食料が入っているという、大きな冷凍庫。白く凍りついた、一抱えはありそうな巨大な肉塊が、無造作に並んでいる。そして、缶詰や罎その他が、何段もの棚に並んでいる、これも巨大な食料庫。よくかたづいてスッキリとした居間の奥にある、ギッチリとしかも整然と食料の並ぶこの部屋。それは、表面は全く穏やかなこの奥さんの内面にある、苛酷な生活環境で生き抜いている強さに、ちょうど対照しているように思える。
外に出ると、これも、この辺りのどこの農家にもある、雨水を溜める大きな円筒型のタンクがあった。犬が数匹かけよってくる。
 いつかポールが、こう話してくれた。町や村から遠く離れた農家では、必ず何匹も犬を飼っている。特に役にたつわけじゃない。あまりに広い農場で、いつも一人か二人で働いている農夫たちは、さびしくて堪らなくなって、犬たちを友人がわりに飼っているんだ、と。