今日2月16日、鎌倉歩こう会で扇ヶ谷エリアの寿福寺、英勝寺へいきました。

参加者は15名になり、天気もねこの手の参加者の熱気?でか、2月の寒をも吹き飛ばす陽気となり、この時期の花である梅や水仙をも私たちを歓迎してくれました。

まず先に鎌倉五山第3位の禅寺である寿福寺に。

こちらは一般には開放されていなかったので山門から寺の様子を垣間見ました。

その後、水戸徳川家ゆかりの英勝寺にと歩を進め、ここで記念写真の撮影を。

英勝寺は建長寺や円覚寺の伽藍の全てを備えている、いわば禅寺のミニチュア版だとの事。誠、見るものが多く、ガイドの長島さんの説明があってこその寺巡りになりました。英勝寺は又、花の寺としても人気がある寺で境内はこのあと、山吹.彼岸花と季節の花で彩りを添える様です。

事故や怪我もなく無事鎌倉迄戻り、解散しました。次回は第2弾として、4月に予定しております。又皆様にご案内いたしますので、お楽しみにしてて下さい。

何年も前の話しです。

毎週水曜日にランチを食べにみえる背の高い男性がいらっしゃいました。水曜日の当番の一人が川上さんでしたので、よく話していました。

水曜日に図書館に行くことにして、図書館帰りにねこの手ハウスに寄られていました。話しの流れから、シュウマイができると言われるので作ってくださいよ、という話になり、okされて蒸し器を買って来られました。二、三回料理を作ってくださったでしょうか。前の日に来て材料を揃え、他の人の助っ人を必要とされませんでした。結構美味しかった!でも思った以上に大変だと漏らされてギブアップ。充分です。ありがとうございますと伝えたような。

その後は前のようにランチを召し上がっていましたが、咳が多くなったのが気になりました。しかも段々痩せて、これはただ事ではないと感じました。本人は大ごとと思いたくないようでしたが、川上さんが良いお医者さんを紹介してあげました。

その後間も無く来られなくなり、川上さんが電話をしたら亡くなられたとのことでした。

ねこの手では買えないくらい高いと言われて、蒸し器を寄付してくださいました。

そう言えば、シベリア鉄道に乗った話しを何回かされていました。若かりし日の思い出なのでしょう。

山口百記



 

 

亡くなったのは2年前3年前?でしたかねえ? 
わらべ文庫時代からねこの手の最初からの人で、彼女ほど嘘がない優しい人はいないと思います。
ご自分も大病を何回も経験して辛い思いをされたのに限りなく人に優しい。誰かさんが言っていました。仏様の顔だと。
ねこの手ハウスを借りる前、山口宅で出来る活動をしていたのですが、ヘルパー活動がその一つでした。
小林さんの息子さんが素敵な利用券を作ってくれました。時間内はピンク、時間外はブルーで、30分単位で利用者さんとやりとりしていました。介護保険の事業体になっていなかったので、自由の面が大きかった。
小林さんはヘルパーの一員として、利用者さんのお宅を訪問して食事を作ったり、家事を担っていました。
2時間とか3時間と申請があって訪問するのですが、小林さんは、毎回時間オーバー。サービス残業。必要がある間は残ってお世話をしていました。雨がひどくなり、当時は車に乗っていたので、迎えに行きましたが、時間になっても帰ろうとしなくて、何回も声かけして情けなくなるほどでしたが、小林さんらしいと諦めて帰ったのを思い出します。
その方は亡くなり、小さな文房具店を閉めた後、沢山の文房具をねこの手に寄付してくださり、店頭で販売したことを思い出します。20年位前のことですが、当時からリサイクルコーナーがあったのですねー。

 

タベルナで二回目。18名の参加者でした。一人体調を崩して欠席でしたが、外ランチグループラインに電話しまくって本間さんが参加できることに。
皆んなお年頃なので当日キャンセルもありうるけど、外ランチのグループラインメンバーが50名?ぐらいいるから大丈夫。
ドタキャンの人に払ってもらうのは誰も見つからなかった場合にしよう。
無事ねこの手ハウスから撤退しました!乾杯!
料理の美味しさにも量にも、種類にも皆さん満足でした。
ただカウンター席の人が二人、二人になるので考えねば。まあ、一人より余程まし。
分かれ難くて二次会に7人がジョナサンへ。よく食べよくしゃべった楽しい一日でした。
山口百記

何年も前、ねこの手ハウスの二階で食事会を開いて、大勢が集まっていた時、確か戸田さんと言われたと思いますが、突然立たれて、わたくし喜寿になりました、と宣言されました。
白髪でしたし、かなり年上の上品な女性だという認識でした。
続いて言われたことは、数学なら教えることができます、と。
当時から、自分にできることでねこの手ハウスに役に立とうという気運があったんですね。
その後両手に荷物を持っていて転んで顔を怪我したと聞き、その後どうしていらっしゃるかと電話をすると娘さんが出られて昨日亡くなりましたと。言葉がでませんでした。

あの時の戸田さんの年齢を意識することもなく、とっくに通り過ぎて変わらず楽しい事を続けています。明日は外ランチで美味しいイタリアンを皆さんといただく予定です。戸田さんが健在なら誘って喜んでもらえるのですが。喜寿過ぎた人沢山参加しますよ。


画像は我が家からねこの手ハウスに向かう途中に毎年咲き誇るミモザの花。わざわざ行かないと見れないなあ。

山口百記

毎週水曜日にナゴニャン饅頭を沢山買って持って来てくれたり、やなせたかしの本を沢山寄贈してくれた常連さんはお元気だろうか?ねこの手ハウスから撤退して2ヶ月になろうとしているけど姿が見えません。
毎月第一と第三水曜日12時から3時まで上大岡のビッグエコーに来ると馴染みの人達が沢山集まっていますよー。確かねこの手ハウスでのカラオケに参加されたことがあったので、ビッグエコーに来られないかと。
 山口百記

何年も前、ねこの手ハウスに通ってきてくれた学生さんを覚えている人もいるかと思います。彼は大学四年生で、授業が減ってゆとりができたのか、たびたびねこの手ハウスに来ていました。最初は表で販売していた本、サラリーマン金太郎のコミック本のシリーズを全部買ったので、金太郎青年と呼んでいました。

その彼が薬学部、上智大学だったか?でしたが、医学部に代わりたいと試験を受けて、一部は通ったのだったか?面接でねこの手ハウスの事を話したと言っていました。そのせいでもないでしょうが、医学部には行けず、薬学部のまま卒業。

その後、彼女を連れて来てくれて、しばらく音沙汰がありませんでしたが、何でだったか近況が聞けました。東北の地震のあたりに結婚したとか。

その後もたまにfacebookを見たり見てくれたりして、今日ねこの手ハウスが空になっている写真を載せたfacebookを見てくれて、いいね、をしてくれました。

確か鎌倉の市役所の高齢者支援の課で働いていると言っていたような。どんな青年になっているのでしょうね。会いたいものです。

久しぶりの雪!昨日は雪の中新庄さんと冴子さんと久良伎公園に梅見に行き、オアシスでお茶とお喋りして寒さにめげずに楽しい日をすごしました。

山口百記



昨日1ヶ月に2回のカラオケが上大岡のビッグエコーでありました。岡元さんが世話人です。お世話さまです。

ねこの手ハウスで開催していたカラオケはいつも4、5人でしたが、12名の参加でした。前回も声がかれて出ないけど、皆さんの居る場所に居たいと言って山下さんが参加していましたが、今回も歌わないけど幸美さんが参加でした。

12人もいると一人が歌うのはせいぜい2,3曲ですが、歌っている人の邪魔にならない程度に一緒に歌うので、沢山歌った気分です。ドリンクバーを何回も往復したりして、3時間は瞬く間にすぎました。それで700円なのは、障害者枠のおかげです。

終わってからはお茶をしに行きますが、なにぶん人数が多くて入れる店を探して右往左往。結局二つに分かれて、我々が入ったのは居酒屋磯丸水産。何と空席沢山。

奥のブースは数えると24席あり、つい外ランチか外居酒屋はどうかと脳裏にチラつきました。

居酒屋に入ったからにはビール!下戸の一人を除いて5人がビール。この場で夕飯を済ませる人は何ちゃらセット。

だいぶ宴が進んだところで他のカフェ組だった山田さんが参加。ワインの注文。選挙が近いこともあり、政治の話しも。戦争だけは絶対嫌だね。

次回は18日。オカリナのメンバーはカラオケ欠席です。二次会は磯丸水産が良いですよ。

歌わない人も皆さんの中に居るだけで落ち着きますよ。席料だけ払った方が良いかも。ドリンクバーも使えるし。

山口百記

毎月開催される運営委員会。一人欠席で8人。ねこの手ハウスが無くなる前、会場探しをしていると知って渡辺真智子さんが同じ町内にある笠原工務店の会場はどうかと教えてくれたのです。

早速見学に行ってきました。渡辺さんのご紹介ならと言われて、即繋がれました。

10名ぐらいしか入れませんが、皆んな気分よく話し合いができました。毎月一回第一月曜日に運営委員会があります。

この日は委員会後に、4月18日に開催予定のミニコンサートと同窓会の会場を再確認しに行きました。ここから徒歩5分なので。平和祈念館。一年前に予約に行きましたが、委員会で話し合っていくうち、記憶があいまいな部分が出て来て再確認に行ったしだいです。

確認に行って良かった。舞台があって広いし、和室の控え室も広いし、久良岐能舞台も良かったけど、上大岡駅から遠かった。ここなら皆さん喜ばれると思います。

これから同窓会の持つ意味が大きくなります。この日が最後の同窓会になる人もいるでしょうし、その日は、参加者全員が満足できるような、思い出に残る日にしたいものです。

山口百記



浅井さんの妹さんと息子さんがねこの手ハウスの店内を確認しにきました。妹さんは、かって手編みのセーターを委託していたので、今日はそのセーターを来て行きました。
店内が無くなっているのを私も初めて見ました。
息子さんも信頼してくれて、問題なく鍵を返却することができました。看板はそのままで良いとのこと。25年前に白い看板を見て文字を付けてはどうかと今徳島に住みながらホームページの管理人をしてくれている岡ちゃんが提案してくれたっけ。
当時お金もなかったし、看板ができるなんて思いもしなかったのですが、岡ちゃんが仲間と一緒にねこの手ハウスの前でシール?を貼って作ってくれたのを思い出します。記憶が曖昧ですが、あの大きな看板を下ろして作業をしてくれたのだろうか?

色んな良い出会いが沢山あってねこの手ハウスは25年続けることができたんだなあ、としみじみ。

ねこの手ハウスの前で三人で撮った写真はねこの手グループラインにアップしてあります。


山口百記