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人集めが大変になったら止めようという方針に則って、最後の外居酒屋とお知らせしてあま樹で開催。
入院したり、体調を崩して二名キャンセルがありましたが、すぐ埋まり26名の参加者でした。
物価もあがっているし、料理の数も減らしてもらって良いですよとあま樹のマスターに伝えてありましたが、サービス精神大の彼のこと、やはり美味しい沢山の種類の料理を次々と出してくれました。
持ち帰り容器持参をお勧めとラインに書いていたので、何人もの人が食べきれない料理を容器に入れて持ち帰りました。
朝、荒井さんがギターを弾いてみんなで歌ったらどうかと提案してくれて、何回かやりとりして、当日、大怪我をした影響があるし、弾くのをやめておくと言い出しましたが、事情を知らない人達が、弾いてほしいと言い続けて、本人もその気になって二曲弾いてくれました。素敵でした。
中央のフロアーに皆んな座れるかと思いましたが、無理だったようで、掘り炬燵の部屋と中央の部屋に分かれました。奥の部屋と炬燵部屋よりは近く感じられましたが。
英会話のメンバーが初めて参加されて、ねこの手ライングループにも入ってくださいました。早川さんのお宅の近くだそうです。
最後というので、椙崎夫妻も早川夫妻も久しぶりの参加。
楽しく騒いで食べているといつの間にか9時過ぎ。最後のサービスソフトドリンクとお菓子をいただいて、集合写真をとることにしましたが、26名が満遍なく写るのは難しく、階段に並んで撮ってもらったら、上の人が小さく写っていて申し訳なかった。
良い思い出になりました。
山口百記
12時に地区センターに到着したら山下さんが小会議室の前でウロウロ。
部屋に入ってからは島作り。何人来るかわからないけど、皆んなが離れすぎないように、ほどほどに話もできるように、考えながら細長い二つの島を作りました。結果20名の参加者で良い具合でした。
関さんのデッキの扱いも慣れて順調。今回の歌集はMr.山口が作ってくれた二冊の内の一冊で、古い歌ですが、カラオケの日に誰かが歌う馴染みの曲ばかりで歌いやすかったかと。
間にオヤツタイムを入れることになっていますが、丁度遠藤マヤさんが到着しました。篠笛の発起人だった梶村さんが亡くなり、娘さんから、ねこの手の皆さんへと遠藤さん宅にお菓子を送ってきたと聞いて、歌声広場なら参加者が多いからお菓子が行き渡るよとマヤさんに伝えて、町田から持って来てくれたのです。ねこの手からのオヤツと合わせて二個ずつ配りました。
オヤツタイムが終わる頃、早川さんが到着。今日は用事があるから、歌声広場に参加できないと言っていましたが、用事が済んで、6月の外ランチの募集案内を作って持って来てくれたのです。ラインでお知らせは流しますが、ラインをやってない人には、イベント会場で記入してもらいます。
30分のオヤツタイムが終わって、歌再開。2時半に今日の日はさようならと、ねこの手ハウスのテーマソングを歌って終了です。
歌が長いから間に体操を入れたらどうかと言う声があるようです。オヤツタイムに5分位身体をほぐす体操をいれても良いかも。長年太極拳?だか続けている秋子さんに打診したようですが、返事は保留?
いつも終わってから弘明寺商店街の喫茶店に行くのですが、千保町の人達は、明日があるしと言って歩いて帰ってきました。明日は最後の外居酒屋あま樹の日です。
山口百記
ふ
ねこの手ハウスが借りれるようになってすぐの頃、ヘルパー活動の一つで、ワンちゃんの散歩の活動依頼がありました。
奥さんが可愛がっていらっしゃったももちゃんの朝夕の散歩依頼でした。奥さんがくも膜下出血で急死されて、散歩は彼女の仕事だったそうで、途方に暮れての依頼でした。
当時、まだ車の運転をしていたので、ご自宅は野場団地で少し離れていましたが、大丈夫と思いました。ところが、ねこの手ハウスの当番が運営委員だけで、朝から夕方まででしたので、ねこの手ハウスが始まるまで1時間?30分?の散歩と、終わってから1時間?30分?の散歩はかなり苦痛になってきました。
おまけに、今まで可愛がってくれた人が突然いなくなり、知らないおばさんがリードを持っているというのは、かなりストレスだったと思います。そのせいか、散歩途中に他のワンちゃんのフンを見つけると食べるので、フンを避けながらの散歩も大変でした。そのうち、その習性もなくなり、散歩時間を縮小してもらって夕方だけにしてもらいだいぶ楽になりました。
1時間の散歩の頃は、お父さんとももちゃんを車に乗せて久良伎公園や弘明寺公園に行った物です。
夕方短時間になった頃、尾城さん、渡辺さんが加わり交代で散歩をさせましたが、ももちゃんは天敵犬を見ると突進していくので、渡辺さんは転倒してスカートを破り、尾城さんは壁に激突でやめて、黒川さん、山下さんに代わったと記憶しています。
私の散歩中にも天敵に向かって行ったところで皮のリードが千切れて、相手のお尻に噛みついているももちゃんの首輪を持って引き離したのだったか。相手のワンちゃんは何日も病院に通いましたが、近所付き合いもあるし、ケガの部分を撮影して提出せねばならないので、ねこの手で入っていた保険は使わないと言われました。
亡くなられた奥さんが、可哀想だからと言われて避妊手術をされなかったのが原因で天敵に突進したのかも知れません。
亡くなる前頃は足にコブができてあまり歩けなくなっていました。最後は山下さんが当番の日で、お花を供えに行ったそうです。
ももちゃんが元気な頃は散歩から帰ると必ずお父さんが出てきて、今日の散歩の様子を聞くのを楽しみにしていらした様子でした。お父さんも肺にカビが入って苦しいとかで、体調を崩され出てこられなくなりました。
短歌を詠まれる方で、賀状にももちゃんが噛んだ傷のある椅子を見るのも哀しいみたいな歌が書かれてきました。
山口百記
名前を忘れてしまったのでAさんとします。20年位前の事です。ねこの手ハウスにいるとAさんから電話があり、近所で店を閉めると言うので、店内にあるショーケースをもらって良いか聞いたら良いと言われた。ねこの手ハウスに丁度良いと思うけど、取りに来れないかと。
当時茨城の鈴木良一さんが、まだトラックで野菜を運んで何ヶ所かに下ろしていたので、最後にそのショーケースを取りに行って、ねこの手ハウスまで運んでもらえないかと無理をお願いしました。
彼女の家は金沢区で、現地に行くと彼女が待っていてくれましたが、かなり大きくて重い物で、誰がどうやってトラックに乗せたのか記憶がありません。
それから20年以上、ねこの手ハウスの入り口左手に存在して、委託品のいろいろを置いて見栄えが良かった。
その後、Aさんのお宅に行ったことがありますが、にゃんこを10匹以上だか飼っていました。人懐こくなくて、さわれませんでしたが。
その後彼女の知り合いの男性が店を閉めることになり、商品を処分せねばならないけど、ねこの手バザーで売らないかと連絡がありました。沢山の商品が届いて、結構うれました。
外階段の一段ずつに置いたニャンコの人形は、その時頂いたものです。
ウィリング横浜で総会を開催することになり、会議中、Aさんから携帯に電話があり、会場にたどりつけないので、帰ると。確かに初めての人にはわかりにくい会場でした。謝って迎えに行ったような、記憶がありません。
その後相続争いで家を出なくてはならなくなり、ニャンコ達の行く末を悩んでいましたが、最終的には、どうしたか聞かないでほしいと言われました。
最後九州の知り合いの所に行くことになったと連絡がありましたが、何年も前です。
Aさんはどうしていらっしゃるでしょう?
そのショーケースは、画像の純平さんの後に見えるものです。まだまだ使える物でしたが、重くて嵩張るので、誰も希望者がなくて、業者の方にまとめて持って行ってもらいました。何者とも何物とも別れはさみしいけど、長く付き合えた事に感謝。
山口百記
ねこの手ハウスがなくなり、毎月運営委員会を開催する必要性がなくなり、次の運営委員会は9月になります。
エスペラント歌声は8月のみ休みで毎月集まって10月の学芸会に向けて練習をします。
今日の運営委員会で決まった大切な事は、10月24日土曜日開催の同窓会と学芸会の内容です。同窓会ではオードブルより一人一人にお弁当を渡すことになりました。無駄にならないように、参加者名簿をちゃんと作らねば。申し込み受付は9月からです。
詳細はねこの手だよりライングループで。
スマホを利用してない方達には、様々の教室やイベントで知らせてください。
また、今後もライングループにお知らせしますので、まだ入ってない方はねこの手だよりライングループに入って繋がってくださると嬉しいです。
山口百記
7日坂の上で外ランチ開催。当日までキャンセルの人がいたり、追加があったりは普通のことで、今回もそう。坂の上は二回目の利用で、16名の参加者。一回目は1000円そこそこの値段で注文したので、ショボい内容で満足感がなかったので、今回は先出しと杏仁豆腐がプラスされた豪華なランチにしました。
杏仁豆腐と先出し、美味しかった!
この二点がなくて前回参加して、今回も参加した人達も多かったのですが、料理も目的ですが、皆さんの顔を見てお喋りしたくて参加するのが嬉しいのかも。
食事中、孤立している人はいないか時々見回して見ましたが、ほぼ皆さん楽しそうに談笑。隣りに誰が座るかにもよるなあと思いました。まあ、月一回あるので、何とかいつかは話しがはずむかも。
ただ前回もメインの麻婆豆腐の味が濃かったと誰かが言っていましたが、今回もトマトと卵の炒め物の味が濃かったと何人かが言っていました。お汁の味も濃かったので残した人が何人か。
店が貸し切り状態で、居心地が良いという声はありますが、肝心の料理が不満だと参加者は減るかも。
本間さんがラインに楽しかった!と感想を書いてくれたので良かった!
近いうち世話人で、他の食事処を偵察に行く予定です。
居心地が良くて、美味しくて、2000円以内の食事処を目指して。お楽しみに。
山口百記
自立支援の会グループねこの手代表
ねこの手風
○良い雰囲気が何より大切・・会員非会員、障害のあるなし、
国籍年齢を問わない、みんなの居場所
政治活動、宗教活動、営業活動を行わない
拡大や会員増を目指さず、和気あいあいとした日常が大切
○自分発・・無理をしないで楽しんで関われる範囲に留める
少人数でも成り立つ体制で
当事者の裁量に委ねた活動を中心に
○性善説の考え方・・間違える、忘れるが普通
プラス思考が大切
○臨機応変・・その場その場で状況に応じた対応
「自立支援の会グループねこの手」が誕生して以来、困難が生じたり、少ない人数の人達に荷重の負担がかかってきた時、「ねこの手風」で運営できているか立ち止まって考えて、変更や廃止にしてきたイベントや活動が沢山あります。(開店日の変更縮小・ねこ畑活動・料理講習会・救急法講習会・介護勉強会・カンボジアの小学校の支援活動・ラテン音楽の夕べ・送迎サービス・食事会・乗っかりツアー・委託品の緻密な管理・鎌倉歩こう会・ねこの手サポート・桜まつり日程縮小・定食日減少等)廃止した項目一つ一つみていくと、実施されていた当時は、どれもこれも多くの人達にとって有益で、喜ばれ、楽しめもして、必要性がある活動だったと思いますが、「ねこの手風」と言えなくなった頃、変更や廃止になりました。廃止したことも多いですが、楽しいイベントや講座、同好会がメンバーの中から自発的に新たに沢山誕生しているのはご存知の通りです。
発足から15年以上たちますと、何年も関わって来たみなさんに、いろいろ困難な事情が出てきて、ねこの手への関わり方を変えざるを得ない状況になる人も多いのではないかと思います。よって以前にも増して、ねこの手風で運営されているかどうか、どこかに無理がきていないか、確認する必要性があると思います。今回、運営委員会で見直しの必要性があると提案されたことは、会費制の廃止と会則という名前の廃止です。
会員と非会員の区別がないねこの手ですが、会費徴収を徹底させることの負担
が大きくなっています。会費がなくなって果たしてやっていけるのかという心
配の声も多くいただきましたが、15年以上経過して、ねこの手ハウスを大切
に思う人達が沢山存在する今だから、会費制を廃止しても大丈夫ではないかと思います。会費制を廃止しますが、今まで通りカンパは受け付けます。会費の代わりに、カンパしてくだされば良いという期待が正直ありますが、良い雰囲気を何より大切にしたいねこの手ですから、店内がカンパカンパの掛け声で満ちるのは避けたいものです。「ねこの手ハウス」は、できるだけ出費を抑えて長く滞在できる居心地の良い場でありたいですから。
会則という名前の廃止ですが、実際会則の存在をご存知の方は少ないですし、
主として、「自分発」で「臨機応変」に運営する会ですので、会則ではなく、「ねこの手のしおり」という名前で、ねこの手を理解していただく資料のひとつとしてはどうかと思います。
ねこの手は専門家によって介護されたり、カウンセリングを受けたりする場で
はありませんが、ねこの手で談笑したり講座や同好会やイベントに参加する
ことで病状が落ち着いていたり、大病を抱えていても明るくねこの手で過ごせ
ている人達が何人もいます。入院しても、またねこの手に復帰するという希望
を持ち、実際復帰された方達もいらっしゃいます。もしかしたら、何らかの病
気や障害を抱えている人だらけかも知れませんが、お互いに特別扱いをしない
で、さりげない気遣いをしたりされたりしながら、誰でも忘れる、間違えるの
が普通と思って、できる事をできる人が自分発で、しかもプラス思考で行う事で、「ねこの手ハウス」が毎日楽しく過ごせる場になっているのかも知れません。そして、それが関わる人達の身体にも心にも良い影響を与えているかも知れません。
年月の経過と共に、あちらの世界へ逝ってしまう人達がいるのは当然の事ですが、ねこの手で共に過ごした楽しかった日々の思い出は、残っている人達の心に活き続けると思います。そして、「ねこの手風」に運営されている場に新たに関わる人達にも居心地良く感じられて、逝く人ばかりではなく、来る人も居て、末永く続いていくでしょう。
こんな「ねこの手ハウス」をかけがえのないみんなの財産と思って末永く有効に活かすためには、「ねこの手風」でない事に気づいたら、改善するように提案しあえば良いのではないかと。それを続けていくことで、無理がなく、末永く「ねこの手ハウス」は続くのではないかと思います。「ねこの手風」と言う言葉で笑って多くを認め合えるうちは安泰だと思いませんか?
上記の文章は第17回ねこの手の集いの資料の代表者挨拶の転載です。
26年前、ねこの手ハウスを借りていなかった頃、山口宅を拠点にしてできることをしていました。その準備会で、まず会の名前をどうするか決めようとしました。15人位集まっていたでしょうか。皆んなで案を出し合いました。当時はまだ50代で、どういう高齢者になっていくか実感はなかったのですが、家から出られなくなった人を訪ねて行ってお喋りするのを目的とした会、友めぐりの会はどうでしょう?と提案しましたが、却下されました。
皆んな考え考え疲れた頃、我が家の4匹いたニャンコの内人懐こいニャンコトラちゃんが皆んなの居る部屋に入って来て私の膝に座ったので、ねこの手はどお?と冗談半分で言うと、皆さん賛成してねこの手に決まりました。
25年も経つと、あちこち具合が悪くなり外出もままならなくなった人が出てきました。寝たきりになったら諦めるより他ないけど、身体のあちこちが具合悪いけど、時々の話し相手がほしいと言う声を耳にして、昔、提案した名前、友めぐりが思い出されました。
皆んな歳をとり、あちこち具合が悪い人が増えていますが、可能な範囲で繋がりができたひと達を巡り合えると良いかも。
画像の左がねこの手の名前をつけるきっかけになったとらちゃん。
山口百記
ねこの手ハウスが18年もたてば、関わる人達も加齢とともに、私をはじめ、今までのようにはいかない人たちだらけになっています。
パーキンソン、脳梗塞経験者、緑内障、各種癌経験者、心疾患、精神疾患、心療内科通い等、いろんな病気を抱えていながらねこの手通いをしている人が沢山います。通って来たい場、通って来れる場になっています。だから、体調が良い時には足が向いたり、術後足が向いたり。少なくとも歩いて来れているのですから、顔色が悪くても、顔色が悪いねとは言わないのが思いやり。ほんの少しの気遣いにより、普通に講座や同好会に参加できるフォローをする程度が対等に参加できた!と内心嬉しくて元気が出るかも。その積み重ねで本当に回復していくし、回復しない病気でも、少なくともねこの手に居る間は病気を気にしないで対等に楽しめるかと思います。
加齢で緑内障の人も増えていますが、ご自分から言われないと分からない程、普通に講座や同好会に参加されています。亀さんウクレレの場合、コードを大きく書いたり、先生役にコードを言って先導してもらったり、工夫して、普通に近く楽しめています。
殆ど毎日来店される一人暮らしの心疾患の方がしばらく来店されないと、気になって電話をすることはありますが、ご本人には余計なお世話の気がして謝りますが、余計なお世話と思わず気にかけてもらって嬉しいと思ってくださる人間関係ができています。
脳梗塞経験者の方が、どういう事がいやだったかを話してくださるので、いざという時の参考になります。黒と言いたいのに白と言ってしまう事があるなんて、気をつけて聞き耳を立てねばと思いました。主語が抜けがちという事もありますが、いちいち主語が抜けているよと言わなくとも、長い付き合いですので、かなり察してあげる事ができます。思い通りに話せなくても、じゃんじゃんおしゃべりすることで、どんどん普通に話せる状態に近くなっているのがわかります。みなさん笑顔で聞いてくれる人達です。
癌宣告をされたばかりの人はとてもショックを受けていますが、癌ってすぐ死なないよと教えてあげます。特に早期発見の場合、術後5年も10年も経過している人達が沢山いることも教えてあげます。痛くも苦しくもない間、楽しい計画を一つ一つ実行していくのみだよと教えてあげます。その点、ねこの手には、いろんな大病経験者や難病の方達が何人もいて、普通に来店して普通に食事をしたり講座に参加したりして対等に過ごせている様子を見て、大病になってもそういう生活ができるんだ!と思えてくるでしょう。もっとも、あのお休み処で、大笑いしたり、コーヒーを淹れたり講座や同好会に参加している人達の中に沢山病気経験者がいるとは言われない限り、わからないでしょうが。
ねこの手は介護する場でも面倒を見る場でもなく、対等に楽しむ場ですから。
少なくともねこの手まで歩いて来れる人に、当たり前の気遣いはしても、特別扱いはしたくないものです。対等が何より。


























