歌声喫茶中、初めてらしい男性が入って来られて本間さんに話しかけていました。何かの依頼らしく、本間さんからバトンタッチされて、表で話を聞きました。20代らしい。
初めて飲酒したのは小学生の時で、親から家を追い出されたとか、何とか組の何とかと言うと知らない者はいないとか、シャバと務所を出たり入ったりしていて最短は1週間だったとか、入院していて、退院したらそれまで通っていた居場所に通えなくなっていたので、ここ、ねこの手ハウスて働かせてほしいと。なんでもやると。表で本を売っていましたが、それを盗む奴がいたら捕まえてやると言われるので、そんな事しなくても良い場なんだよと伝えました。
どこかに電話をしながら、表の本の書名を誰かに伝えて、次々お買い上げ。読書会なんですね、と言うと、独房に入っている時はすることがないから本ばかり読んでいたと。
友達もいないしと言われるので、表のテーブルにお連れらしい男性がいらっしゃったので、いるじゃないですか!と言うと口を濁して、友達じゃないと。
目つきの鋭いニコリともしない方です。
携帯ラジオのニュースを一生懸命聞いていらっしゃるので、理由を聞くと、マル暴対策だかの法律が厳しくなるというニュースで、自分に関係があるからと。
ねこの手ハウスは無償の場だと伝えましたが、それでも良いから来させてほしいと。来る時は長袖を着てタトゥーが見えないようにして来るからと言われます。確かにタトゥーだらけです。 
障害者手帳を持っていて、ヘルパーさんに来てもらっていると。誰が来ても良い場とは言え、大丈夫か?話される内容は過激ですが、憎めない感じではありました。
一応土曜日に来てみるように伝えると喜んで帰られましたが、
土曜日に電話があり、ヘルパーさんが来ることになったので行けなくなったと。ねこの手ハウスは怒ったり怒鳴ったりしない場だからね、と伝えたからでしょうか?それきり来店されませんでした。
ホッとしました。
山口百記

今日はカラオケの日でした。11名の参加者で、皆さん慣れて楽しめています。
今日、いつもと違ったのは遠藤さんが自費出版した本を沢山持って来て皆さんにくださったことです。まだ読んでいませんが、ねこの手ハウスの事も書いてくれたそうです。
色んな老人ホームに慰問に行って入所者を楽しませていらっしゃるそうですので、その活動の集大成として出版されたのです。凄い!
 カラオケが終わってから、近くの居酒屋に行くパターンが定着してきましたが、その際、次の予定を確認し合えるので良い感じです。
ねこの手ハウスが無くなってもねこの手は続くと皆さん実感できているのではないかと。

2005年のクリスマス頃、弘明寺商店街を歩いていると、ホーミーハウスさんから携帯に着信がありました。大変な事になっている。すぐねこの手ハウスに来てほしいと。
ねこの手ハウスの出窓側の壁の上から下まで、幅広いシミができていたので、冬休み中にシミの上からベニヤ板でも打って隠してほしいとお願いしてあったのですが、、。
ねこの手ハウスに行くと、壁がスカスカ。カッターで切っても良いかと言われました。
目の前で、カッターで壁をサーっと切り裂くと、バタバタと沢山のゴキブリが飛び出してきてビックリ!
その後ホーミーハウスさんが調べた結果、家を建てた時点で出窓の施工が悪くて両方の窓とも雨が沁みて柱が腐っていたそうです。修理に費用がかかるだろうと思うと、これでねこの手ハウスは終わりだと覚悟した記憶があります。
ホーミーハウスさんに見積もりをお願いして、金額を聞いて大丈夫かも知れないと思いました。値段は忘れたのですが、当時会員が100名位居て、会費と入会金ももらっていたので何とか間に合う金額だったのでしょう。両面の壁と柱4本だか6本だか、思った以上に大事でした。
当時、毎週日曜日朝から夕方まで健康体操運営に部屋を貸していたのですが、柱がスカスカだったと伝えてからは、体操指導をしながらドキドキだったと言われたので、その時の部屋代は無料にしてあげました。その後鎌倉に移られたのでご縁がなくなりました。
確か工事中に、ホーミーハウスさんが、何処かを補強しておきましたと言われました。その補強のおかげでしょうか?東北地震の時にも、黒板消しが落ちた程度で、何も落下しませんでした。
ただ頭の片隅に柱崩壊事件の事が頭の片隅にあって、12月の最後の晩餐の日、7,80人が集まるわけで、床は大丈夫だろうか?柱は新しくしてもらったけど、床は補強してないし、と晩餐会が終わるまで心配しました。
何人もの人に、そんなに沢山入れて床は大丈夫なの?と聞かれるたび、修理したから大丈夫と言いつつ心配でした。
無事楽しく終了して良かった良かった。
画像の出窓右側の壁に大量のゴキブリが住んでいました。
山口百記

どういう経緯でしたか、背の高い男性がねこの手ハウスに連日来店されるようになりました。

最初は店の前でしゃがみ込んで、ブツブツ独り言を言い、時たま大きな声でぶっ殺すぞ!と言うので、公園を通る人が怖がっていました。ねこの手ハウスに来店されるようになってからはそれはなく、穏やかでした。


その後店内でランチを注文して毎日食べていましたが、中には彼が怖いからもう来ないと言う方がありましたが、大柄なだけで怖がるなら、それならそれでも良いと思いました。大柄なのでノッポさんと呼んでいました。


ランチを食べるだけではつまらないかと思って、たまにランチの材料を買いに行ってもらいました。野菜の仕分けの助手みたいな事もしてもらったこともあったようです。私は忘れていたのですが、だいぶ後で、ノッポさんが、野菜の仕事をさせてもらったと言っていました。
音楽を聴くのが好きで、ねこの手ハウスで開催したミニコンサートや学芸会にも聞きに来てくれました。ウィリングで開催した総会にも参加されました。

ねこの手ハウスの常連である事をとても喜んでくださっていたと感じました。お母さんにも弟さんにも、以前入所していた施設のケースワーカー?にも来るように伝えて、お母さんが来られる日には、ひどく落ち着きなく店を出たり入ったりして、来店されて一緒にランチを食べたのですが、いつも完食のノッポさんが、話しばかりして、殆ど食べず残されて、お母さんに来てもらって嬉しかったんだなあと、かえって感激した記憶があります。


ケースワーカーの女性は2回来店されました。ノッポさんが楽しそうにしている様子を見て安心されたようです。
その頃がノッポさんの一番幸せな時期だったかもしれません。
礼儀正しい方で、賀状を毎年いただきました。
ヘビースモーカーで、禁煙外来に通って努力されましたが、ギブアップされてから徐々に体調を崩されたようです。
亡くなられた後、弟さんが菓子折りを持って来店されましたが、ノッポさんが借りていたアパートの部屋がタバコのヤニで酷い状態で綺麗にするまで返せなくて何ヶ月かかかったそうです。

ねこの手ハウスの常連さん時代には店内禁煙でしたから、そんなに吸われなかったし、イベントにも参加されることが多かったのですが、ランチもなくなり、ねこの手ハウスから足が遠のき、タバコの量が増えていったのでしょうか。

山口百記


先月大岡地区センターで開催した時14名の参加者で、今回は少ないはずと言う人がいて、こじんまりとセッティングをしました。
ところがところが、次々と参加者あり、最終的には24名になりました。関さんが前日にもお誘いラインメールを送信してくださった効果かも。
初めて見る人もあったようなので、簡単に自己紹介をしてもらいました。
参加者が多かったので歌集が足りなくなりましたが、二人で一緒に見ました。
初参加の人も多かった。初参加の信田さんが楽しかったと言ってくれて良かった!初参加の田麦さんは、伊勢崎町の自宅から歩いて来たそうで、皆んな歓声!
これまでで一番沢山集まったのは、ねこの手の人達に会いたい気持ちが集まったからかも。
次回から30名近く参加しても席があるようにセッティングしておきますので、皆んなに会いに、皆んなと歌いに、皆んなとお喋りしに来てください。
山口百記

まだねこの手ハウスを借りていない頃、どういういきさつか忘れましたが、輿石さんという90歳の男性から電話があり、えらく長く話されました。

その後ねこの手ハウスを借りることができるようになってからは常連さんになられました。当時管理栄養士の岡本さんが殆ど一人で20名位の料理を作ってくれて、2階で毎月食事会を開催していました。その時、輿石さんは歌集を印刷してきてくれて皆んなで歌うように音頭をとってくれました。

そのうちキーボードを持って来てくれて、尾城さんのお母さんが弾いてくれて、輿石さんはハーモニカで伴奏してくれました。

歌集を沢山作って来てくださったので、次回は作らなくて大丈夫ですと伝えても毎回作って来られるので、言うのをやめました。

寒くなると沖縄に行き、暖かくなると横浜に帰って来られました。沖縄からサーターアンダギーを参加者全員に渡るくらい沢山送ってくださったり、沖縄の模様の入った扇子を人数分お土産に買って来てくださったり、月一回の食事会を大切に思ってくださっていました。沖縄から時々電話もありました。

歌集の中に自作の歌もあって、参加者を指導してくれて皆んなで歌いました。沖縄の海に浸って空を見ていると涙が出てくると言うような内容でした。

沖縄の服を着て頭にはちまき?を巻いて踊って見せてくれたこともあります。

暖かくなったのに来られないと気にして電話をすると、沖縄で交通事故にあったと。

その後、小林さんが電話をすると娘さんが出られて亡くなったとのこと。

背の高い感じの良い方でした。息子さんが鹿児島だかで、自給自足のコミュニティを運営されていると朝日新聞に大きく載ったことがあります。輿石さんに話すと、



そこに滞在することもあると言っていたような。

写真正面に左手に尾城さんのお母さん、輿石さんは私の左手。皆んな若かった。

山口百記

富田さんについての逸話は沢山あります。
ねこの手ハウスがオープンして何年か経って常連さんとなった富田さんが、近いうち誕生日だと言われて、誕生日会をしてほしいと。まだ常連さんが多くなくてゆとりがあったのでしょう。運営委員に呼びかけて誕生日会をすることにしました。メンバーは7,8人いたでしょうか。

彼にも時間を連絡して、鍋を用意して待ちましたが時間になっても現れないので2回電話。連絡がつかないので仕方なく鍋をつつき始め、結局現れなかったので、皆さんで用意したプレゼントを持って小林さんと二人で大岡川沿いの彼のマンションに行き、不在でしたので、お祝いメッセージとプレゼントをドアノブに掛けて、マンションの出口まできたところで富田さんが帰ってきました。


お孫さんが来られたから来れなかったの?と聞くと、一人二人で祝ってもらえるかと思ったら、多人数というからいやだったと。私からの電話だとわかったらしいけど出なかったと言うので、驚き悲しくて駆け出しました。前もって好きな鍋の具を確認して、いろいろ準備してすっかり実施できる気になっていたのに。


それから、富田さんは部屋に戻ろうとして、ドアノブに掛けられたプレゼントとメッセージを読んで、酷く申し訳ながったようです。
後日菓子折りを持って来られました。それから1年間、ねこの手ハウスに現れなかったのです!

一年位たっていつものように弘明寺公園内を通ってねこの手ハウスに向かっていると、何と先の方から富田さんが歩いて来るではありませんか!感激のハグ!


それからねこの手ハウスに招き入れていろいろ話を聞きました。ねこの手ハウスの時間を知っているのでその時間に合わせて連日弘明寺公園の山に登り、野菜の仕分けをしている様子をいつも見ていたそうです。


また、ねこの手ハウスの屋根が錆びているのも見えて、気になったと言ってくれたので、業者に頼んできれいにしてもらいました。山の上から見てくれた富田さんのおかげです。
それからは以前のように常連さんとして連日来店されました。

その後胃がんになり、落ち込まれていましたが、皆さんに気にかけてもらって、特に和子さんに優しく声かけてもらって、余程嬉しかったようです。大切にしてきた調理器具をくれたようです。


彼独特の美学がある人でした。
山口百記

何年も前の話しです。
身なりがちゃんとした中年の男性がねこの手ハウスに来店されました。店内には数人の常連さん達がいました。その男性は新聞の切り抜きを皆さんに見せて
賑やかに盛り上がっていました。
私がパソコンデスクの前にいると、覗き込んで何か声をかけられましたが、えらく馴れ馴れしいなと思いました。
しばらく居て帰って行かれました。後で聞くと、その日の新聞に皇室関係の人の写真と記事が載っていて、彼はその親戚だと言ったそうです。
常連男性も居て、聞くところによると夫婦で弘明寺観音にお参りに来たけど、奥さんとはぐれて、奥さんが財布を持っているので帰りの電車賃がないから困ったと言われて、お金を貸してもらえないかと。貸したの?と聞くと、貸したと。いくら?五千円貸したと常連男性が答えました。えーっ!

帰り際、もうすぐひな祭りだから、お嬢さん達に良い物を持って来てあげますよ、と言っていましたが、皆さん少し期待しましたが、まさかね。やはり何事もないひな祭りでした。

これを寸借詐欺と言うのでしょう。


画像は2014年2月27日に大島さんが下さったハガキです。
山口百記

ねこの手ハウスがなくなると、常連さん達と会う機会がなくなるかと思いきや、今まで以上に密度濃く常連さん達に会えている。
一昨日は鎌倉歩こう会で、今日はオカリナ教室で、オカリナ教室が終わってからはカラオケの人達と合流して早い夕飯。
それも25年の繋がりがあるからこそ。

介護施設に勤めている本間さんの娘さん宏子さんが、たびたび言います。ねこの手はイベントが多い。しかも毎回大勢が参加しているのが驚きだと。彼女の働く施設の方達もねこの手は行事が多くて参加者が多いことに驚いていらっしゃるそうです。


確かに施設に入所されている方達と年齢は似た感じだと思いますが、後期高齢者でも中年意識の人ばかりかも。

楽しい事に参加する毎に、寿命が延びる気がします。

山口百記

何年も前の話しです。利用券を使って援助活動を始めた頃、若い女性がねこの手ハウスに何回か来て、身の上話しをされました。そのうち、家事援助をしてほしいと言う話になり、尾城さんが対応しました。
当時は入会金をいただいていたんですね。で、入会金と、家事援助のための利用券を購入してもらうべく、尾城さんが、金額を提示すると、お金が足りないので郵便局で下ろしてくると言われたので、テーブルに出していらっしゃったお札を一旦おさめるように伝えたそうです。
郵便局から帰って来て、お札を一部渡したと主張されるけど、お札をおさめてくださいと伝えたと、尾城さんから聞いて対応をバトンタッチしました。
話しを聞くうちに結構きつい人だなと思いながら、お札は引っ込めるように伝えたと聞いていますと繰り返し言うと、お金を渡したと言ってんだよ!と叫んで、テーブルに置いていた利用券を丸めて私に向けて投げつけました。ビックリです。
こんなきつい人が入会されたらトラブルの元だと判断して、申し訳ないですが、入会をお断りします。ヘルパー援助は利用できませんが、入会されなくても、ねこの手ハウスに来てお茶を飲んだりお喋りしたりはできますので、と伝えると、やっぱり入会したいのですがと言われてまたまたビックリ。

丁寧にお断りして帰っていただきましたが、その後一度も来店されませんでした。

身の上話しの内容から公の機関と戦ってきた人らしいとは感じましたが、当時の私には荷が重かった。


画像は、だいぶ後、ワンちゃんを連れてねこの手ハウスの前を散歩していて、三味線教室開催のご縁ができた福島さんとワンちゃん。


山口百記