これも何年も前の話です。大柄で腕にジャラジャラアクセサリーをつけて、派手な服を着た坊主頭の男性が来店されました。
看板に自立支援の会と書いてあるが、職を紹介してくれるのか?と言われるので、それはないけど、精神的支援よ、と内心ビビりながら答えました。その答えを聞いてもう来られないかと思いましたが、間も無く再来店されて、ギターを2本くれると。ありがとう!と喜んでいただきました。その後のギター教室で役に立ちました。
それからも時々来店されました。聞くところによると、アルコール依存症から立ち直って7年?と言われたか。持参の小冊子のカバーを作ってほしいと言われ、縫い物上手の誰だったかに作ってもらいました。薄っぺらい冊子になぜ?と意味不明だったのですが、よく聞くと、アルコール依存症から立ち直った人のためのバイブル?のような冊子で、とても大事な物でした。
家がねこの手ハウスの近くだったようで、度々来店されました。居酒屋ねこ助をやっていた頃で、参加したいと言われるのでアルコールを口にされるのではないかと心配しました。
若い男性と一緒に参加されましたが、お二人共一滴も飲まず、料理を食べ、他の参加者にお給仕を一生懸命していました。
その後もその若い男性は二回くらい来店されたでしょうか、それきり来られなくなったので
聞くと、あいつはダメだと。立ち直りかけていたのにアルコールに戻ったのだと察しました。
その後も若い女性を連れてきたことがありましたが、続いて一緒に来店されることはありませんでした。アルコール依存症から立ち直るのは難しい。
ある日、可愛い子犬を連れて来店。そのワンチャンの名前がりょうくんと言うので、彼の事をりょうくんのお父さんとよぶようになりました。
そのりょうくんと一緒に来店されなくなり、聞くと散歩中車に轢かれて死んだと!ショック!
昔話をいろいろ聞きました。横浜球場の側でホームレス生活をしていたら、寿町の会に声をかけてもらって、アルコール依存症から立ち直れたと。
その後亡くなった小林さんの知り合いでアルコール依存症の方達を支援しているUさんがねこの手ハウスにたまたま来られる機会があり、りょうくんのお父さんを見て、別人かと思う程、表情が穏やかになっていると驚かれていました。
その後彼は西区だかに引っ越しされて、そこにねこの手ハウスのような場を作ると言って張り切っていましたが、アルコール依存症から立ち直ろうとしている人達対象の居場所なので、なかなかうまくいかなかったようです。
引っ越しされても薬をもらいに弘明寺の医者通いをされていたので、何回か来店されましたが、コロナ禍頃からでしょうか?来店されなくなり、電話も通じなくなりました。
閉店頃来店されたので、もっと早くおいでよと言ったのが最後だったような。
お元気でしょうか・・
山口記
