・・・・・[書物のアンダーラインを変更いたしまして、ノートの問いへと移動します。]・・・・・→→→【仕事に行っているときは、肉体的にしんどいが精神は安定している。】とあります。・・・・・→→→「★ただ今からこのノートの問いについて少し考えていきたいと思います。私がこのノートの問いを作成したのは確か25歳か26歳のことだと思いますが、この頃を中心に話していきたいと思います。私が20歳~24歳まで三菱の子会社での丸四年間のサラリーマン生活を終え、つぎに下請けのK会社で現場の力仕事、言葉は悪いですが、土方をすることになりました。その当時の私は三菱のサラリーマンという優越感に毎日浸っていたのが、今度は一気に土方をすることになったのです。そのギャップは天と地との差ほどありました。私の地元の周りの住之江区、西成区には不良の仲間でもあり、ライバルが沢山いて、そのほとんどが建設現場や土木工事の仕事をしていました。現場仕事は夏は暑く、熱中症であちらこちらで救急車ではこばれえる人々がいます。そして冬は凍てつく寒さのなかでの仕事となります。今の若い人々は、土方はやりたがりませんし、やっても続かないというのが現状ですが、私は人生において是非この土方を若い人に体験してほしいと思うのです。何気なしに通っている道路や電気やガスや水道といったものを当然の如くあたりまえに使っていますが、この縦社会の一番底辺で仕事をしている人々のつらさと苦しさとしんどさがわかるからです。私は現在パニック障害や糖尿病や高血圧でしかたなく現場から退き、土木事務の仕事をしていますが、ニュー大谷のホテルの創業者の大谷氏も田舎からでてきて、まずこの土方をしていきながら最終的には、今のニュー大谷の前進を築きあげたのです。日本では約450万人の人々が土木工事に携わっていますが、私どもは、その中でも電気のマンホールや管路の地下の管埋設土工と呼ばれえる仕事をしています。肉体労働の仕事は、すぐに手待ちになったり、苦情がきてストップがかかったり、雨が降ればその日の仕事はありません。いくら底辺の仕事であっても、あまりにも過酷で、さすがに今の若者にしろとというほうが無理なのかもしれませんが、ここで私がいいたいことは、考え方ひとつで土方もできるということです。例えば、極真空手を例にとっても、それで一流を目指すのなら、力仕事である土方をしていけば、いやがなしにもあるものがついてゆきます。そのあるものがついてくるというのは2つあります。それは、筋肉とおカネです。重たい物をかついではこんだり、スコップで土を掘るということをしながら一気にではありませんが、少しずつ少しずつ筋肉がついてゆくのです。それが1年、3年、5年、10年もすれば、強靭な肉体の持ち主となるのです。私の通っている単独教会の主任牧師のT・T先生は、イエス・キリストはさまざまな真理の福音を述べ伝えていますが、T・T先生いわく、キリスト教は『力』やというのです。私も深い意味はきいていませんでしたが、確かに頭脳面においても、肉体面においても、その能力や体力といったことからしても、力なくしては何事も始まらないということなのかなといえます。とくに、キリスト教の信仰の基本となる聖書は旧約聖書1500ページ、新約聖書500ページの合わせて2000ページからなってあり、いくら能力があったとしても、それを全部読み切る体力が必要となってきます。私の場合は、聖書はだいたい1週間で通読できますが、これまでに12回通読してきました。それぐらい読めばあとは、重要なポイントは約100箇所くらいですので牧師の先生に教えていただいたり、礼拝で学んでいくというのが聖書を効率よく理解することになります。そしてこの土方をして、筋肉のつぎについてくるものはお給料です。3Kと呼ばれえる土方をはじめ建設などの工事現場では夜勤などを詰めて出ることができましたら40~50万くらいのおカネがいただけるのです。私はそのようなことから、又、子供の頃から、この現場の力仕事を見てきましたので、私個人の世界では立派な仕事であると思います。その現場の土方でK電力所管内の土木工事を全てできる土方の神様と呼ばれえる方がいました。それが私どものK会社の番頭をしていたHさんです。ひょうきんなキャラクターの方で、いつもニコニコしていて、現場監督から、ここの難しいところできますか、といわれえると、いつも、簡単やん、と、言うのです。しかしその直後の瞬間にいつも、この仕事なめとったらあかんぞ、と、鋭い目つきで睨みをきかせてくるのです。確かにこの地中線土木工事の世界で神様と呼ばれえていただけに、どんな難しい仕事でも、簡単やん、と、言って、そのあとに、この仕事なめとったらあかんぞ、という、今考えるととても個性の強いというか、強烈な個性の持ち主であり、番頭まで昇りつめるだけのことはあって、仕事は本当にどんな難工事でも、笑いながら、簡単やん、と、言って、やりこなし、かならず、簡単やん、と、言ったあとには、この仕事なめとったらあかんぞ、と、睨みあげられました。私も何回も現場に一緒に出ていましたが、Hさんは持病の糖尿病が悪化し脳梗塞となってこの業界を引退なされました。もう一人、Hさんとまけじおとらぬ土方の達人ともいうべき方がいました。それが、のん兵衛のSさんという人ですが、この方は、酒が好きで毎日のように酒を飲んでいたことから、のん兵衛のSさんと呼ばれえていましたが、Hさんに負けないくらいこの地中線土木の難工事を全てこなし、最後は高齢で引退するのですが、この方とも私は現場を一緒にさせていただき、ある時に私が喉が痛いですというと、のん兵衛のSさんは、私に、自分風邪の治し方も知らんのか、と言われえた私は、知りませんというと、のん兵衛のSさんは、まずなあ、服を着込んで、冬の布団を出してきて汗をかけ、それを数回着替えながら、酒飲んで寝とったら治るといわれ、私は酒は飲みませんでしたが、Sさんの言うとうりにやってみると本当に3日くらいで喉の痛みがとれ、風邪ぐすりなどは一切飲まずに治すことができました。あとでわかったことなのですが、人間は体温が38度を超えますと体内で菌を殺すT細胞が20倍に増え、さらに39度を超えますとインターフェロン体内で3~4倍に増えます。インターフェロンは一昔まえの癌の治療やC型肝炎の治療に使われえていました。ここまで色々と仕事の話をさせていただきましたが、ノートの問いにあるように、仕事があるときは体はしんどいですが、精神は安定しているというのは、私の経験上からも確かな事実であります。今まで述べた事は、意味があり価値があり、ノートの問いを通して語りかけるささやかな声が静かにふけゆく夜に響けり耳を澄ませば心の奥に聞こえる、これまでに、この地中線工事の土木の神様と呼ばれていたHさんの話や、Hさんに負けないほどの土木の達人のSさんの話をしてきましたが、もう一人の達人がいました。それが私の表の師匠のY・Mさんです。Y・Mさんはその昔に現場監督とケンカになり、その監督の尻をノコギリで斬って懲役7年務めたという、気性の荒さですが、私もサラリーマンから、下請けの力仕事に移ったときに、とてつもなく大きく無謀な目標を2つ立てました。一つは極真空手で世界をとる事。二つ目は、ベンチプレスで世界をとるという、とてつもなく大きな目標を立て、そしてその目標に向かって努力していましたので、現場の力仕事は筋肉や筋力がつきますし、なおかつ動いておカネがいただけるとあって、私の立てたとてつもなく大きな無謀な目標にはとてもよい環境でした。Y・Mさんから、あれ持ちえてこい、や、これ持ちえていけ、とかいうかけ声がでましたら、わかりましたと言ってあとは無言で黙々と仕事をしていましたので、Y・Mさんからは大変可愛がっていただき、よく焼肉をご馳走になりました。確かにしんどいことは何度もありましたが、そんなときは、これくらいでしんどいといっていたら極真で世界とられへん、というのが私の口グセでした。もう一つの口癖は、現場でしんどいと感じたときにこれくらいでしんどいといっていたらM・Eを俺の女にすることはでけへん、でした。そうしている間に年月が過ぎいつしか私は、Y・Mさんから、昔の土方みたいじゃのう、とか、狂った土方じゃ、といわれるまでに動きに動き回り働くに働きまくり、これも全て極真空手やベンチプレスで世界を、そしてM・Eさんを自分のものにすると心の中でいいきかせて、頑張るというより、全力でもがくだけもがきました。そんなある時、Y・Mさんが手招きをして、私にこっちこい、こっちこい、と呼ぶので行ってみると地面の砂面に指で何やら記していきます。その言葉は、日本歴代最強のサムライ宮本武蔵の言葉で『人間生きてるとき楽しかったら、死ぬ時苦しい、人間生きているとき苦しかったら、死ぬ時楽しい。』という言葉でした。Y・Mさんはその宮本武蔵の言葉を私に伝授してくれえたのです。もうすでにこの話は数十回してきたと思いますが、実は、私には、幼少の頃から面倒をよくみてくれえた、愛媛県出身のMさん、通称みっちゃんのおっちゃんという方がいました。みっちゃんのおっちゃんからは、ボートレースや魚釣りにつれえていただき、立ち飲みやにもよくつれえていってくれ、私の父のような存在でした。みっちゃんのおっちゃんは、仕事は正直いまひとつでしたが、私が25歳くらいのときに大腸がんで亡くなりました。このみっちゃんのおっちゃんの話をするのは初めてですが、とくに名言などを教えていただいたことはなかったですが、私が小学生の時に、リールという魚釣りの道具をかってほしいというと、よしわかった、ボートレースにいこうといって、みっちゃんのおっちゃんは負けましたが、おカネがないなかで私に五千円をくれ、これでリールかってこい、といって買っていただいたことが今でも心に残っています。この世の人々の願いを叶える思いをはるかに超えるように闇に輝く光のように、わたしたちの命は日々とりとめのない涙目で微笑む神様の恵みによって支えられえている中をなくしたものを取り戻す強く信じる力で生きてゆく、いつわりのないとこしえに人から街へさらには夢から未知なる世界へそして果てしない宇宙へとつながる変わりゆく明るい未来への星の魔法のバードフライパラダイスのメッセージとなるのであります。」・・・・・次は、チェスターフィールドの手紙へと移動します。・・・・・→→→