「センセイの場合、優しみは公平であろうとする精神から出ずるように見えた。わたしに優しくしよう、というのではなく、わたしの意見に先入観なく耳を傾けよう、という教師的態度から優しさが生まれてくる。ただ優しくされるよりも、これは数段気持ちのいいことだった。ちょっとした発見だった。理由なく優しくされるのは、居心地が悪い。しかし公平に扱われるのは、気分がいい。」
「よくわからないや。 わたしはつぶやいて、センセイの家を後にした。 もう、どうでもいいや。恋情とかなんとか。どっちでもいいや。 ほんとうにどちらでもよかった。センセイが元気でいてくれれば、よかった。 もう、いい。もう、センセイに、何かを望むのはやめる。 そう思いながら、わたしは川沿いの道を歩いた。」
「センセイのてのひらからは、催眠物質でも出ているんじゃないだろうか。眠りたくないの。センセイに抱きしめてほしいの。そうわたしは言おうとしたが、うまく舌がまわらない。」
還暦を超えた老教師と40歳を間近に控えた女性の淡い恋愛物語。
恋愛と言うには淡すぎる恋模様は、ひどく穏やかで優しい。
小さな種が育っていくその過程を、そっと辿っていくようなお話です。
センセイとツキコさんはひょんなことから居酒屋で再会し、美味しい食事をとりながら少しずつ関係を深めていきます。
その行程がとても甘く切なく、大人の女性の抱える寂しさや、行き場のない愛情の持っていき場を彷徨い探すようなもどかしさがまるで自分のもののような錯覚すら覚えたり。
最後はどうにもやるせないですが、それが人間という生き物で、センセイとツキコさんの関係は優しく幕を閉じるのです。
決して、ストレートな恋愛小説ではないのです。
恋愛小説とすら呼べないかもしれないこの淡さを、どうか体感してほしい。
穏やかな春の日差しの中で、ふと気づけば泣いてしまっているようなそんな感じの一冊なのです。