感動のジャケット

 

高校の同級生に誘われて教会に足を運ぶことになるが、昔の自分なら誘われても行かなかったと思うが、教会はいいところだという感じがあったし、悪い生活から離れるのにはまたっく違うところに自分をおかないと周りに影響されてすぐ元の生活に戻ってしまうだろうと思っていたのである。礼拝は後ろの方に座り、なるべく当たり障りのない人の近くに座った。牧師の説教はよく分からなかったが、神様に祈ると、神様は聞いてくれて、答えてくださるんですと話し始めたのである。普通なら、何を言っているんだということになるのだが、不思議とそんなことが本当なら自分も神様の声を聞いてみたいと思ったのである。それは祈りのようであったと今は思う。その答えは、その後やってくるのであるが、礼拝では罪と十字架の話をしていたが、どう聞いても、罪と十字架が分からなかった。勉強もしてこなかった人間だから、皆んなとは違うからだと思っていた。それが分からないと真からの解放が受けられないことは知らなかった。その後、教会生活の中に入っていくのであるが、自分にはちょっと気に入らないことや、問題があるとすぐにその場からいなくなるという癖があった、せっかく午後コーヒーでも飲みに行きませんか?と誘われたのであるが、「コーヒーを飲みながら、仕事の話をし始め、進路のことを言い出したのだ、一流企業に目標を持っている者たちの話しは、自分をいじけさせるいい材料だった。用事があるのでとあいつらとは違うと心の中でいいながら、自分はいくつだって道はあるさと思って、また飲みにいくのである。心が硬くなだったのだ。