マハロのブログ

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Mahaloとはハワイの言葉でありがとう。
神様、今日もたくさんありがとうございます!

甲状腺の病気を患ってるルーク 15歳

お薬が効いてるらしく

落ち着いています。

お薬が効いてるからだと思うのですが


☆ あまり興奮せず走り回ったりレイアを攻撃する事が激減

☆ 夜鳴きもほぼない

☆ 玄関にわざとしていた💩もあまりしなくなり

☆ 体重が増えた‼️👍👍👍


今のところ順調のようでひと安心です〜




義母もケアハウスに入居でき、落ち着きました。


↓ 爪研ぎ 兼 ベッド

ルーやんはここで寝るのがお気に入り


↓ この脚が可愛すぎる❤️ ウサギみたい🐇


るーちゃん この調子だとあと何年も長生きしそうです。

16歳は間近〜!

頑張れるーやん❣️





父は87歳の時、最後の運転免許更新に行きました。

認知症のテストもパス、
普段メガネをかけない父ですが視力検査もパス(この歳で目がどれだけいいんか?)

免許の更新は出来たものの、ひとつの事に注意を払うと他のことが頭に、目に入ってこず、
家族から危ないからもう運転しないでくれと言われていて、
確か89か90歳になる前に(しぶしぶ)免許証の返納に行ってきたようです。

父は65年くらい運転したでしょうか。


私や妹弟が小さい頃は、よく車でいろんな所に連れて行ってくれました。

キャンプ、草スキー、山や川、鍾乳洞などなど。

その当時日本はシートベルトをする規則はない時代で  ← こわっ
遠距離の時は車の後ろにお布団を敷き詰め
寝っ転がって窓から空を見ながら到着地まで行くのが好きでした。

当時の車はカセットテープ ← そんな時代です

父はなぜかラテンの音楽をかけていて
ルンバ、マンボにチャチャチャなど

コーヒールンバにマンボNo.5とか
ひと通りの有名なラテンミュージックは
大体小学生の時に制覇🤣
繰り返し流れてるもんだから、次の曲が何かまで全部覚えてしまっていました。🤣


今思えば、父は家族をいろんな場所に連れて行ってくれて、思い出を沢山作ってくれました。


里帰りの時は私の片付けが恒例で
断捨離祭りみたいになるのですが、
今回片付けていたら、
運転免許証返納の証明書みたいなのが出てきました。

「これは取っとかんと‼️飾っとかんと‼️」
「今まで運転お疲れ様でしたー」と言って
今回壁のコルクボードにバーンと貼りました。👍


父は今90歳
よく90まで生きれたーー😄

父は自分が死んだらお祝いしてくれ〜♪っと。
なので、うん、お祝いするよ〜!お坊さんも呼ばんけんね〜♪  と答えておきました。

これから先は、おまけと思って☺️
もう少し長生きしてほしいです。






この椿の木も50年位になる❗️すっご〜


3月上旬にシアトルへ行ってきました。



今回は初めてベルビュー地区だけの滞在でした。

いつもはシアトルに夜に着く便で行き、ホテルに着くのが10時すぎるので、ハワイから持ってきたおにぎりを🍙食べて直ぐに寝て
翌日からフルに行動するー。

一度早朝に着く便でシアトルに来た時に、
1日中眠くて仕方がなくきつかったー

今回はスケジュール的に余裕がなく
娘の夜のクラスが終わって直ぐに
ホノルル空港に直行し
早朝6時に着く便となってしまいました。

ホテルのチェックインは午後の3時
あーきついな〜と覚悟して行きましたが、
一応、「すぐにチェックインできるように」
「バスタブ付きのお部屋に通されますように」と
神様にちょっとだけ祈っていました。

シアトルの空港で1時間ほどぶらぶらして
朝9時前にチェックイン迄荷物を預かってもらおうとホテルに行きました。

早いチェックインが出来るか聞いてみると
何と1部屋だけ空いているとのこと!

障害者専用の部屋でもいいですか?
との事でした。


良く聞いてみると

最上階
普通の部屋より広い
バスタブ付き


即答でそこでお願いします〜‼️ 本当に感謝でした。


と言うのも、部屋を予約する時に
バスタブ付きの部屋が空いておらず😩

家ではシャワーだけなので
ホテルに泊まるときだけはお風呂に浸かりたい‼️


なので、お風呂に浸かれる!
直ぐにお部屋に入れて、2時間ほど寝る事も出来
スッキリしてお昼前には行動スタートする事が出来ました。
祈りは聞かれた🙌🙌🙌



3月のシアトルは初めてでした。

もう寒すぎて、寒すぎて

ホッカイロを背中に2個貼って

首周りを完全に暖かくして外出

それでも寒すぎましたーーー!




こんなに寒いのに
シアトル住人は
素足だったり、薄手のジャケットだけだったり
どうなってるんじゃ?と不思議ーーー
見てる方が寒い😵🥶


今回娘はお友達のブライズメイドをさせて頂くこととなり、着いた当日午後からリハーサル、
翌日は結婚式当日で
ホテルを朝7時前には出て
帰ってきたのは夜10時半

超ハードなスケジュールでした。

私はのんびり、いつもとは違うシアトル旅行となりました。




美味しいと有名なケーキ屋さんのポップアップストアが出ていて味見❣️
値段は1つ10ドル位、旦那がビックリしていました。🤣



いつもいくお店、安定のおいしさ。




このラーメン屋さん
ハワイに来てくれないかな〜❣️









2年に渡りマスク着けて
コロナ感染を防いでいましたが、

ついについに

マスク解禁〜🙌🙌🎉🎉 

エンデミック?



Happy no mask day👏と喜び
マスクを建物内でも着けない人
まだ恐いからと着ける人、
様子を見てからと、
個々の判断で皆行動しているようです。

まだつけてる人の方が多いです。習慣ですね。

さて、今後の感染者数がどうなるか?!












色々ありまして、1ヶ月ぶりの更新です。🙏

色々ありました〜。


義母はICUと普通部屋を行ったり来たり
人工呼吸器付いたり外れたり

1日1人 面会がOKになったので、
家族にこれが最後になるかもしれないから
行っておいでと言われ、
仕事の前に30分だけ行けたのですが、
痩せ細っているし
ずっと寝ている。。。。

看護婦さんが、今朝方も呼吸困難になったと教えてくれました。


肩を叩いて起こしてみたけど、一瞬目を開けてすぐに閉じてしまい
会話も出来ずでした。


これが最後なのかな〜と
悲しくなりましたが、今思うとこれが
神様の最善だったと思えるのです。

寝てる義母の頭に手を置いて、
祈ったり賛美したり
30分ずっと出来ました。

帰り際、もう一度起こしてみると、
義母は目を開けて、今度はわかってるよ〜っと言うような目をして直ぐに閉じました。


私達家族はその週末、シアトルに行く用事があり
その間も義母が生きててくれるように祈りつつ
行ったのですが、
その間に急に病院から退院の許可がおり、施設に移動がなされました。

シアトルから戻ってすぐに会いに行くと、その施設は病院の延長のようで、スタッフの人が忙しげに行き来していて、建物は古いし決して綺麗ではないけれど、
病院よりは明るいし、スタッフの方々も明るくて感じも良く安心しました。


しかし
✋ご飯は美味しくない by 義母


痩せたままの義母でしたが、頭もしっかりしていて、話す事も出来、ほっとしました。


私はその翌日から一時帰国で
義母はちゃんと私が行く事をわかっていました。

マハロ「10日ほどで帰って来るからね!
お母さんのこと祈ってるからね。牧師さん達も祈ってるからね!」と言うと
うんうんと頷いていました。


これが最後かもしれないと思ったあの時、義母が目を覚ます事がなく会話も出来ずに部屋を出たけれど、代わりにずっと頭に手を置いて祈ったり賛美したり。。。

この時きっと神様は何かしら義母の深い部分に働いてくれたのだと後になって思いました。
もし起きてたら祈ったり賛美したりは出来てなかった。


神様は最善しかなさいませんから!


ちょっと長くなったので、この続きはまた〜








順調に回復していた義母でしたが、1週間ほどで急に弱くなってきて

まず、車椅子にまっすぐ座っていられない。
コアマッスルが弱くなってる証拠だそうです。
階段のエクササイズまで進んでいたのに
ベッドの上で出来るエクササイズに逆戻り。

とがっかりしていたら、
翌朝には呼吸困難となっており、話すことも出来ず
また救急で運ばれました。

ヘモグロビンの値も2とかで、輸血もなされ
人工呼吸器が付けられました。

Drからはもし心臓がとまって、電気ショックや心臓マッサージをしても生き返る確率は1%以下だと言われ、
それでも家族の了解がいるらしく、
もしもの時は電気ショックや心臓マッサージをするかしないかの返事を迫られました。

体重もこの1ヶ月で更に減り35キロ程の義母、
もうすぐお別れが近いと思いました。

コロナ禍の為、病院側は面会も受け付けてないので、このまま病院で息を引き取るのはいたたまれない、せめて家に戻してもらって、家族が見守る中、お別れが出来たらいいと、そう祈りました。


が、ICUに入って4日目の朝、義母は目覚め
人工呼吸器が外され、
電話越しに主人と少し話し


えええ? 話せるやーん‼️😳😳😳

脳へのダメージも奇跡的にないようで
ICUから違う部屋に移されました。


もう生命力にびっくりしています。

きっと家に戻って来れると思います。





さて、去年の12月に緊急で運ばれて2週間入院した際、ありとあらゆる検査がなされました。
これといって原因がわからず、退院となったのですが、

また今回もCTスキャンやらMRIやらまた1から
お決まりのようにまた検査。

治療に携わるDr達は、メディカルスクールを卒業後の経験の浅いDr達がやっているようで、もちろんその上にスーパーバイザーもいるのでしょうが、マニュアル通りやってる感が拭えず、
患者側の家族としては、不信感が出てきてしまい
主人は「この前の2週間でいろんな検査をしたのに原因は何もわからず、また同じ検査を繰り返しするのか❓‼️」と文句を言ったようです。

そして前回の入院時12月もコロナの感染者が増えた事で面会が出来ず、
家族とも会えない中、病院で孤独を感じ
気分が落ち込んでしまったようでした。

そんな時心のケアをしてくださる専門の方がいてくださるといいのですが、
精神科医がきて鬱と診断し
病院の中で鬱病の薬まで飲まされていたのです。

ただでさえ病院の中は気分が沈むし、絶望感だったり落ち込むのが普通です。
そういうのでも不信感を感じてしまいました。

病院は病気を治すところなのに、
なんだかな〜。。。。



アメリカは医療費が高い事で有名で、保険がなくては病院に行く事もできません。

12月の2週間入院時の請求書が病院からきましたが
金額見て
もうビックリです。




日本円にすると

¥17,000,000でした。

170万ではなく

1700万円です。。。。。



絶句。。。







退院後4週間目の義母は
家の中では車椅子に座ってテレビの前で過ごしています。

トイレに行くときはウォーカーを使い
自分でトイレに行けるようにまで回復。
しかし、トイレから立ち上がるのが出来ないので
誰かが持ち上げてあげる。(笑)


週に何度か病院から派遣されて
フィジカルテラピストやスピーチセラピストなど
数人のテラピスト達が自宅に来てくれます。
リハビリをやってくれたり、家の生活空間をチェックし、手すりを付ける位置などをアドバイスされたり、必要な助けを受けることが出来感謝です。

自宅は1階がガレージ
2階が生活空間

階段の上り下りが出来るようになるのが最終目標で
今はまだまだですが、筋肉をつけれるように
やり始めています。

フィジカルテラピストの女性が義母に
「なんでこのリハビリをやってるか、わかりますか?」との問いに
義母は「No choice 」と(笑) 

するとテラピストも「yes! No choice!」
だってこの家は階段があるから選択の余地はないからね〜っと ノーチョイスが2人の合言葉になってました。

テラピストは自分が高齢になった時の事を考えて2階建ての家には住まないようにするーっと冗談で言っていました。



食欲が出てきた義母、
順調に回復してはいますが
膝下が象の足のように浮腫み、片足は紫色になっていて、見るからに痛そうです。
足がこうなので、リハビリも思うようには出来ません。
今はこの足の浮腫みが取れるように祈りつつ
過ごしています。


介護ど素人ですが、
今の時代 ネットで調べるといろんなことがわかるので、とても助かる〜


歯茎で食べれる献立や
寝たままでシャンプーする方法など
ネットに全てのってる〜

便利な時代になったもんだ。




不定期のブログ、1週間に1度は更新しようと思っていましたが、随分と間が開いてしまいました。

クリスマス前に家の中で3度転んだ義母を
イマージャンシーに連れて行き、そのまま検査入院となりまして

するとオミクロンの勢いで、病院が面会者をシャットダウン。

入院して、あれよあれよと義母は歩けなくなり食べれなくなり、一気に弱くなりました。
それに面会者 家族とも会えない、
病院の中で孤独感と絶望感で
恐らく鬱状態になっていたのだと思います。

義母は、
93歳まで充分生きた。
これから先、介護施設や病院でこんな風に生きたくない。
もし私を愛しているのなら
薬を入れて死なせてほしい

っと言って、
説得しても意思は固く、気持ちは変わりませんでした。

回復はしなかったけれど、病院側も検査や
やれる事はやり、退院となりました。

家に帰れると思ってなかった義母は
家に帰れて、やっと死にたいという気持ちから解放されたようで、まずは一安心でした。

ここから家族の介護がスタート。
車椅子やオムツなど必要な物を調達、
最初は2人が付きっきりでした。

口内環境が最悪だったので、
ストローで吸えるものしか食す事が出来ず、
とてもじゃないけれどこのリキッドダイエットだけで栄養を取るのは不十分でした。
これが退院後2週間続くー。
これじゃ健康な人でも衰えてしまうじゃないかーっと心配でした。

3週間目から、口内環境が少し改善していき、
少しづつ、歯茎で食べれるような柔らかい物を食べれるようになりました。

ここでまた一安心でした。

その2に続く〜








今日は泣いたり笑ったりの日となりました。

夕方は綺麗な虹が出て🌈励まされました。







ハワイはコロナ感染者が過去最高1800人越えとなり、
ハワイの人口からして、東京に置き換えてみると
1日2万人超えの数字だそうです。

感染者数が増えたことで、病院は入院患者の面会を1日1人までから完全にシャットダウン!
先週から義母が入院しているので、なんか不安で仕方がない。

家に残された義父は義母がいないと何も出来ず、
こっちも心配です。なんたって97歳!
義母は93歳なので、この高齢の2人で生活出来てた事が奇跡的!

義父が飲んでる処方箋の薬のRefillなど、Drの名前やら聞き出すのに悪戦苦闘する主人に義弟。
聞き出したDrの下の名前が薬の名前だったのが後でわかって大笑いになったり、
冷蔵庫に残ってるパンが少なくなってるので、買い足しに行く前にストレージの大型冷蔵庫を見に行くと、食パンの予備が6斤あってびっくりしたり。
請求書の支払い等、義母がやってたことを
どこに何があるか等、義父に聞き出す主人達。
耳が遠いので補聴器を付けていても、会話がチグハグでそれがまた微笑ましくて可笑しい。
普段大人しくてあまり喋らない義父が今までで一番喋った1日でした。


年末年始無事に過ごせるように!
義母が退院できますように!

今日の虹は希望の虹🌈 アーメン