1ヶ月ほど、ブログをお休みしました。

長らくお待たせいたしました、久しぶりの投稿は、今日開催された札幌コレクション…ではなく、渋谷パルコで開催された、森星(もりひかり)さん握手会!

別件を済ませて、15:20頃、会場入り。2年前の泉里香とは異なり、渋谷パルコの5Fから整理券を見せて入場し、下から順に列をなします。

最近でこそTVのワイドショーで見る機会が増えましたが、それでも仕事はモデル中心であり、並んでいるのはほとんどが女のコ。ほぼ全員がカジュアルで、しかも制服の高校生?までちらほらと。
ほぼレギュラーで出ている「25ans」を読んだことすらないコが8割以上と思われます。

並ぶこと1時間弱、いよいよ、ご対面!!

今年2月のランウェイで遠目には見られた、大きな目と長身美脚が、いよいよ目前で見られるときが…!

もはや言葉も出ず!

サイン入りスタイルブックを受け取り、その後渋谷をブラブラと巡りました。
突然ですが、皆さん!

あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む

百人一首の3番目に選ばれた、天才歌人・柿本人麻呂の名歌ですが、これ、どのように解釈されますか?

大多数の方は、独身中年おじさんの、長い夜の独り寝の嘆き節と取ることかと思われます。が、実は、そうじゃないんです!

…というわけで、今日、小ブログ主は、鎌倉で開催された「ねずさん」こと小名木善行さんの講演会「百人一首に学ぶ日本のカタチ」に参加してまいりました!

小名木さんによれば、百人一首とは、天智天皇以来、鎌倉幕府という初の武家政権に至るまで、権力の中心だった朝廷・公家が理想としてきた「国柄」を表した一大叙情詩であり、100首の和歌の配列は単なる年代順程度のものではなく、物語の筋に照らしてちゃんと意味があるのだ、そして個々の和歌の解釈も、字面だけでは理解できず、よみ人、配列順、作歌の経緯などを総合して初めて真に理解できるものだ、とのこと。

その詳細は、4月24日頃発売予定の新刊「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」にて、明らかにされます。

冒頭の「柿本人麻呂」の例に戻りますが、この歌を正しく理解するポイントは、以下の通りです。
(1)あしひきの・山鳥・ひとり寝る長い夜
(2)柿本人麻呂という人物
(3)その前の2首は、ともに天皇陛下御製(天智天皇、持統天皇)

(1)あしひきの→枕詞で「山」を導きますが、決して意味のない文言ではございません。足を引きずって歩くほどの険しい道、という、意味があります。山鳥というのは、今でいう孔雀やキジのような鳥で、それほどの苦労をしても、なかなか出会えない。山鳥に会おう、というのは、いわば宝探しです。そんなお宝を求めて、毎晩毎晩、長い夜を独り寝で過ごす。
実のところ、この文言の本旨は、「歌詠みとはこういうことだ」ということなのです。
また、天才歌人とされる人物の言であることから、「あれほどの天才でも、これほどの苦労をして、一首の歌を詠むのだ」と解釈できます。
(2)柿本人麻呂という人物は、和歌の才能には長けていましたが、実のところ、非皇族の人物で、身分は低く、宮廷でもさほど出世はしませんでした。
(3)その前の2首は、ともに天皇陛下御製であることを踏まえて、(2)の事実を解釈すると、この配列は、「身分、出自、その他属性にとらわれず、有能な者は、積極的に登用する」との表明であると解釈できます。

周辺情報を総合するだけで、31文字から、字面だけでは読み取れない、これだけの情報が読み取れるわけです。

こうした「言葉の裏側」を読み取ることを、我が国では、「明察考過」と言います。
「明察考過」とは、「和をもって貴しとなす」でおなじみ「十七条憲法」の第11条に記述があり、「察する姿勢」を旨としたもの。我が国の精神文化の基礎といえるもので、例えば、人が喜ぶことは先んじてやってあげたり、何か悪いことが起きそうなら対策を打っておこう、ということです。2020年の東京オリンピック誘致スピーチでおなじみの「おもてなし」などは、まさにその最たる例です。

大化の改新で我が国独自の年号を初めて導入し、朝廷の統治の基礎をつくった天智天皇から、承久の乱で流刑とされた順徳天皇まで、100首にわたり、延々これが続きます。(まぁ、文字通りに取って良い歌も、そこそこあるのですが…)
そこから、朝廷・公家が古来理想としてきた「我が国のかたち」が、見えてきます。

小ブログ主にとって、今回の講演会は、驚きと気づき、感動の連続、それと同時に、自身の無学を嫌というほど実感させられました(笑)
正直、あまりに凄すぎて、ブログに感想を掲載するのをためらいました(笑)

詳細は、来月発売の「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」をお楽しみに!
いよいよ春本番が近づいてまいりましたが…

この春は、パンツスタイルの当たりシーズンです!

ただし、各方面でイチ押しの「ガウチョ」などワイドタイプのものよりも、ベーシックなストレート、スリムフィットの方が、美脚見せ効果が期待できます。

ちょっと気が早いですが、生脚を見せるなら、スカートよりも、ショーパンです。

ダメージタイプよりは、無地のベーシックなデニム、センタープレスでメンズライクな素材がオススメです。トップスも、シャツ、ニット、フリルブラウスなど、合わせるものを選びません。足元も、ヒール高めで女っぽイメージにも、レースアップでメンズライクにも、よく合います。

出会いとデビューの春、ガールの皆さん、脚線美を魅せつけて、みんなの目を集めよう!


連日の激務のため、1日遅れましたが、昨日3月11日で、東北地方太平洋沖地震・東日本大震災から丸4年を迎えました。

この日になると、普段は黙っている人たちが、ぞろぞろと集まってきて「あの日を忘れない」「復興の程度は~」などと妙な盛り上がりを見せるのですが…

こんなことをしていたら、震災復興なんて永遠に夢のまた夢です。

3月11日前後にだけ気に留めるようでは、ただのイベントです。お祭り気分とさえ取れます。

以前、「震災復興は、現地の人々の思い、そして彼らがどれだけの知恵を出せるかにかかっている」と、小ブログ主は述べたことがあります。震災復興の実現に向けて問われているのは、国や自治体の予算でも、何かしらの事業を引き受ける事業者の技術力でもなく、ひとえにリアルに被災地に住む人々の熱意です。

被災地に安心で快適な暮らしを、平穏な日常を、一日でも早く取り戻そう、そしてそれを維持してより良くしよう、そういう熱意と、その実現のために絶えず知恵を絞り、日々行動すること、それが震災復興というものです。つまり、震災復興とは、これだけ道路が整備されました、これだけ住宅が復活しました、といった、具体的・物質的な目標ではなく、他ならぬ被災地の住民自身が、愛すべき地元をより良くしようとする習慣の定着なのです。

賢しらぶった一部マスコミなどによくある「国が○○してくれない!」「復興予算の使い方がヘン!」との物言いに、復興への思いは、皆無です。
これは以前お伝えしたかもしれませんが、小ブログ主が女性ファッション誌を読むようになったきっかけは、「ヘキサゴン」に出ていた木下優樹菜です。

が、実は、この時点では、まだ女性誌に触れることはありませんでした。というより、手に取る気さえ起きなかった。では、どこで彼女を見ていたかというと、大体はTV番組か、週刊誌の写真ページでした。千葉中央のユアエルムで行われたトークショーなんかも観に行ったりしています(笑)

そうこうしているうちに、彼女がモデルを務めていた「PINKY」は休刊。実際に「PINKY」を目にするのは、2010年夏に外資のアパレルメーカーと取引のある企業に就職してしばらく経って、保存期限を過ぎた古本が処分の対象になったときに、その中にあった「PINKY」をもらったのが最初でした。そのため、モデルとしての木下優樹菜を最初に見たのは、就職したその月に発売された「ViVi」でした。

そこで小ブログ主が担当することになったのは、クライアントのブランドの商品掲載を、雑誌をめくってチェックする仕事。女性向けの商品が主体なので、チェックする雑誌は、8割が女性誌です。そこで触れる情報は、それまで女性誌などただの一度も目を通したことのなかった小ブログ主にとっては、完全な「未知の世界」でした。

しかし、これでもまだ、女性誌に触れる機会は、仕事としてチェックしているものを除いては、たまにもらって読んだ程度でした。

これが大きく変わったのは、同年秋のこと。西野カナが表紙の雑誌を、複数購入して読みました。(CUTiE・Rayは覚えているのですが、他にあったかな~ 汗)
このうち「Ray」は、「赤文字雑誌」に分類される4誌のうち、唯一毎月クライアントから用意されないため、今に至るまで、毎月読み続けています。ちなみに、このとき「赤文字雑誌」という分類があること、その対象が4誌に限定されていることを知りました。ここから小ブログ主の女性誌ライフは始まりました。2012年夏からオフでコミュニティの読書会にも参加しています。

そして、「赤文字雑誌」を軸に考えると、テイストの違い、対象年齢の違い、モデルの人選などで、4誌以外に多数の雑誌が関連付けられることがわかりました。これに関しては、時折小ブログでもお伝えしております。「PINKY」休刊後の「赤いnon-no」はその最たる例です。

現在、小ブログ主は購読5年目の「Ray」のほか、1年ほど前から「Seventeen」を毎月読んでいます。キレイめで、モテ意識が高く、TV・ワイドショーとの相性が良い人気モデルが多いことから、「赤文字系」の体験版的要素が多いと言えるためです。最新号では、一度に6人のモデルが卒業しました。さて何人「non-no」へ内進するか、また「赤文字雑誌」に誰が来るか、見ものです。