「不幸にする親」 という本を読みました。 まだ読み込めてはいませんが。
この本のカバーに書いてある言葉は、
「自分の家に代々伝わる「親が子供を不健康なやり方でコントロールするパターン」を
調べるのは、あなたの家で代々行われてきた責任転嫁を、あなたの代で
初めて止めようということなのです。それこそが、あなたの親ができなかった、
またはしようとしなかったことなのです」
この本は、作者は違うのですが、「毒になる親」の続編とされているようです。
不健康で過剰なコントロールをする親とは、子供の成長をはぐくむためではなく、
自分(たち)を喜ばせ、自分(たち)を守り、自分(たち)のためになるように行動する
親をいう、とのことです。
私がカウンセリングを数回重ねた後に、『私は母親が人生をうまく生きてきていることの証明である』という
言葉が出てきました。
私は母の気に入るように行動し、または行動させられ、
母は私の罪悪感をうまく引き出しコントロールしようとしていました。
母は「息子(私)のためを思っている」と主張していました。
今はやっと罪悪感をほとんどなく生活できるようになってきましたが、それまでの葛藤は
とても辛いものでした。
コントロール下にあったころの記憶はどうもあまり詳しくは覚えていないようです。
当時の気持ちの表現は割りとできるようになりましたが、どうも記憶が断片的なようです。
(親戚の方々から話を聞かないと思い出せないことが多かった)
「不幸にする親」には「毒になる親」と違い、対決以外の具体策が書かれている点で続編と
されているそうです。 ここはまだ自分の中で未消化なので、うまく伝えることはできないのですが、
自分の気持ちを最優先で、無理のない現実的な対策を考えることが肝要のようです。
物理的な距離をとる、時間を十分にかける(数年以上でも)、自分自身を労わる、など。
「代々続いてきた」ということを掘り下げることは難しいですし、重要でないとは思いますが。
どうも母方の祖父は過剰なコントロールか過剰な放任で子育てをしたようです。
私は祖父を責める気はありません。
母は過剰な放任の中で、何か傷を負ってしまったと思います。
具体的には、母は未だに人との健全な喧嘩ができません。これは私もできなかったため、
気がつきました。
母は(おそらく)子供のころから、少しでも喧嘩モードになると、一切を無視します。
その無視は諸刃の刃で、自分の気持ちもズタズタしていきます。
それでも無視は続き、相手の気持ちも自分の気持ちもボロボロにし、
相手に罪悪感を残し、関係性を破壊します。母は罪悪感を持たせることで、無言で
「ほら、私と喧嘩しないほうがいいでしょ」と伝えるわけです。
母の人間関係性は万事がこのように行われます。
そのため、母には友人は皆無です。母の友人??は、自分のことで頭が一杯の助けが欲しい方か、
母のことを賞賛する人だけです。
また母は他人の幸せを妬むようです。
他人さんが楽しく笑っている、他人さんが贅沢をしている、そのような時
「あんな意味の無い会話は聞きたくない」 「私は服も買わずに上手く家計をやりくりしている」
などを子供である私に言い続けるわけです。
私はよく自分が無くならずに、サバイバルできたな、、、と思います。
それには一つ心あたりがあります。それは小学校3年生のころです。
週末に体操服を学校に忘れてしまい、母が猛烈に怒り
「学校まで取りに行け」 というのです。もちろん私は
「体操服な臭くなるけども、それくらいいいじゃない」と反論したのですが、
母の「取りに行け」は強烈でした。
しかたなく夜8時9時くらいの中トボトボと小学校まで歩き、真っ暗な校舎から体操服を持ち帰った
時、母は泣きながら子供の私を抱きすくめました。
私は混乱しました。啼きながら抱きしめるくらいなら最初から夜の学校なんぞに行かせなければ
いいのにと思いました。 自分でも怖いくらいに、白け切ったのでした。
とりあえず今日のところはここまでにします。
まだまだ現在進行形なので、自分が思っている以上に疲れるようです。