こんにちは。あの本荘高校から来ました、梶原快星です。このブログを機に戸田で名前を轟かせたいと思います。自己紹介からさせていただきます。
出身地 秋田県由利本荘市
趣味 読書、音楽
宇多田ヒカルとクリープハイプがすきです
学部 経営学部
中学時代は卓球部でした。
この時までは色白キャラでやっていたんですけどね。
卓球は奥深いスポーツだと思ってるんですけど、飽きてしまい高校でボートを始めました。
なぜ僕がボートを始めたかって言うと、同じ本荘高校出身で東経の先輩である、鈴木漣に誘われたからです。

れんさんは言葉に表せないくらいなんかすごい人でとても面白い人ですね。いきなり踊り始めるし、言葉選びが秀逸ですね。今日も寮の狭いベッドで2人で一緒に寝ました。いや、寝させられました。あとれんさんはアイドル追っかけが趣味らしいです。れんさんと出会った経緯を話します。
その時は新入生勧誘期間でした。玄関にはいろいろな部活が看板を持って一年生を勧誘していました。話しかけられたくないなー思っていたのも束の間、「君、ボート部に入りたいってこと?」って話しかけられましたね。
それから、いろいろあって僕は本荘高校ボート部に入ることになりました。周りからはボート部きついぞーとか、休みないんでしょとか言われたんですが、僕はマイナス思考がきらいなので、無視していました。
うん、きついですね。休みないです。土日は2部練があるし、長期休みも毎日2部練でした。ですが、おかげで体はもちろん、メンタルも強くなったし、人間としてレベルアップできたかなって思います。遠征でいろんなところにも行けて、高校生でいい経験ができたと思います。入って正解でしたね。ですが、人生やり直せてまたボート部入るか聞かれたら、入らないですね。
本荘出身の先輩にはもう1人、長がいます。
佐藤圭翼です。
僕が高校一年生の時の高校三年生なのですが、体験入部のときに、「けいすけさん日本代表選考に出るんだよ」と聞いて、この人やばって思いました。確かにオーラがあって、怖い先輩なのかなって思いました。ですが、思っていたのとは違って、気さくに話しかけてくれるし、後輩思いで優しい先輩でした。昔の本荘高校は伝統校なだけあって上下関係が厳しかったらしく、けいすけさんが高一の時は、男子部屋で寝ちゃいけない?みたいな決まりがあったらしいんですが、けいすけさんが高3になってから、その決まりをなくしてくれました。そして、僕の恋愛相談にも乗ってくれたし、協力してくれました。そんないい先輩ですが、やっぱり本荘の血は流れているので、おかしいです。あの人が携帯を触ってしまうと自分の世界に行ってしまうようで、さっきまで話してたのにいきなり会話が途切れる、というのが日常です。あの人は今は、副主将を務めているということで、ちゃんとやっていけるかなって親目線になってしまう自分がいます。
この2人がいるので、僕は東経に来ました。この人たちがいれば、きついボートも楽しいって感じれます。れんさんとけいちゃんと僕とりょうとで、東経端艇部を本荘高校に染めていきます。
もう少し思い出を連ねさせてください。
そうですね、思い出に残った大会のことについて話します。
まずは、2年生の時の長崎インターハイ。
僕はクォドで、高校ボートで初の全国大会ということで、不思議な気持ちでいっぱいでした。九州の暑さって言うのは馬鹿にならなくて、たったの公式練習でさえ記憶がなくなるくらいきつかったです。そういう暑い日には、六平人先生が頭に氷水をかけてくれるんですよ。たまんないです。結果は散々だったんですが、3年間振り返ってみたらそれが一番楽しい遠征でしたね。
その次に楽しかったのが、三年生の時の国体東北ブロックです。
この話はアツいので、ちゃんと読んでくださいね。これも僕はクォドでした。最初の予選で僕たち秋田選抜は、全体4位でした。国体の枠は2枠までなので、僕たちはだいぶ焦っていました。そこで、コーチ陣がポジションを変えてみない?って言ってきて、困惑でいっぱいだったのですが、クルーみんなの意見で変えることになりました。決勝レースの前の日に決めた即席クルーで勝てるのか不安だったのですが、そのままレースが始まってしまいました。最初のスタートでブイパコしてしまって、負けを確信しました。しかし、諦めないことで有名な本荘はまだまだ食らいつきます。そして、ラストの250メートル、後ろから他のクルーの漕いでる音とCOXの声が聞こえてきました。そして、決死のスパートをかけ、並んでゴールしました。僕たちは負けたと思い、泣きながら帰艇しました。アナウンスが流れ、「1着、宮城選抜。2着、、、、秋田選抜。」嬉し涙に変わった瞬間です。2着でしたが、国スポの権利を自分の手で取れたことに感動しました。ボートがこんなに楽しいって思ったのは初めてだったし、ローアウトしたのもその大会が初めてで、自分の中で成長を感じました。
高校の思い出は、次また書くとして、大学生活について書きたいと思います。
大学ボート生活が始まってもう二ヶ月が経ちそうです。最初の1週間は全然慣れなくて、ずっと部屋のベッドにいました。ですが、部屋の先輩方のおかげで、いいスタートダッシュができたと思います。紹介したいと思います。
部屋4は明るい部屋です。人が明るいのはもちろん、夜中になっても電気がついています。そして、唯一4人部屋です。そのせいか、足の踏み場はありません。そこも良いところです。逆に片付いてたら部屋4は部屋4ではありません。常に音楽が流れているし、常に笑いが起きるし、自分はここの部屋で良かったなって思います。
四年生のそうたさんは、話の引き出しが面白くて、さすが四年生だなって思います。なんて言うんだろう、話に途切れがないんですかね。コミュニケーションが上手で羨ましいです。あとスマブラうますぎますね。ここで四年過ごせばあれくらい上手くなるらしいです。
三年生のりょうまさんは、最初は怖い人なのかと思ったら全然そんなことなくて、めっちゃ面白い人です。北海道特有の訛りがくせになります。やっぱ北の方なので、すこし本荘の血が流れてますね。笑いのツボが合います。この前は一緒に高円寺に行きました。僕らなら文化服装学院なんて敵じゃないです。東経をファッションで引っ張っていきましょう。
2年生のこうたろうさんは、僕をたくさん可愛がってくれます。こうたろうさんも怖い感じかなって思ったら、全然そんなことなかったです。後輩思いな先輩です。優しくて、悩みも打ち明けられます。いろいろな街を練り歩きましょう。目標は東京都制覇です。だけど、水曜5限に連れて行くのだけは勘弁してください。
あと何を話せば良いんでしょうか。本荘の長(けいすけ)に短いブログは書くなと言われたので頑張ります。
戸田に来てから自分が良い方に変わってきてるなって感じます。
まずは、都会に慣れ始めてきたところです。他の人からしてみれば戸田は都会じゃないって思われそうですが、秋田出身の僕からしたら都会です。駅の中にあんなにお店があることにびっくりです。羽後本荘駅には店なかったぞ。あとは電車の長さと頻度にびっくりです。地元の電車は2両だけだし、2時間に一本だし、乗り過ごした時にはもうだめですね。そんな田舎から来た僕は、もうちょい都会の方の駅だと、Googleマップなしじゃ何もできません。秋田にいた時は何番線乗れば良いかとか次は何線だとか考えたこともなくて、ここに来てからは結構苦労しました。でも、僕くらいになるとそんなものはすぐ慣れて、元々東京住みでしたよーって顔でいろんな駅を歩くのが日課です。電車間違えるけど。まだまだ慣れるのには時間がかかりそうです。
あとは、自分を律することができるようになったところです。高校時代はやっぱり怠惰な心があって、どうにか楽な方に持って行く自分がいました。しかし、大学ボートはそうはいかないです。限られた時間の中で、学業とボートを両立させることは難しいですが、そこで自分を甘やかして良いわけではないし、先輩方は、大学生活で忙しいのにしっかり朝起きて練習をしています。その姿を見ると、自分も頑張らなきゃってなります。でも、自分は朝起きれなくて、起こされるんですけどね。僕も来年は起こす側を経験したいので、まず自分がボートに真剣に向かい合って、周りからも良く思われる選手を目指します。
二ヶ月しか経っていませんが、先輩方や同期に恵まれて大学ボートが楽しいです。自分自身の課題はたくさんありますが、必ず自分の目標を達成させたいです。長々と失礼しました。







