みなさん初めまして、

1年生の小林都和(とわ)です!


自己紹介

コミュケーション学部メディア社会学科

出身 茨城県 潮来(いたこ)高校 

生まれは和歌山県です。(中2まで)

女です。よく名前で男と間違えられます。

誕生日3/18

血液型AB

MBTI なんちゃらかんちゃらだった気がします。

中華料理が大好きです。

最近 BAD HOP と Yvng Patra と エヴァの曲を聴きながらエルゴするのにハマっています。

あ後阪神が好きです。猛虎魂でがっつきます。🐯


そろそろ本題入ります。


1「ボートとの出会い」

私は元々中学2年の3学期まで和歌山県に住んでいました。中学3年というめっちゃ受験期に茨城県に引っ越してきましたがもちろん進路が決まってません。

とにかく私は勉強が嫌いすぎてほぼ自習や予習もやってません。近くの私立高校を受験しましたがもちろん落ちました^_^

私は普通の授業を受けるのがあまり好きじゃないので何か特別なことを学べる学校に行きたかったのです。


そこで潮来高校という高校を見つけました。

そこには人間科学科という家庭科や福祉、被服、料理などを学ぶ学科がありとても興味を持ちました。家族に「潮来高校に行きたい」と相談しました。

するとお父さんが「潮来に行くならボート部に入ること」と条件付きで言われました。


ボート競技自体、地元和歌山の高校生が住んでいるところの近くの川でボートに乗って漕いでいるところを何度か見ていたのでなんとなーく

「あー、あのボートかー」って

思って潮来高校のボート部を調べてみたところ、

県内に潮来高校しかボート部がなく全国大会に出れる。そしてめっちゃ強い。

         私は思った。

「 すんげぇな。あかん、めっちゃやりたい。 」


そして私は潮来高校の人間科学科を受験して合格。入学式が終わった後に当時1学年の学年主任であったボート部の顧問の先生に声をかけて「ボート部の先生ですか?私、ボートがやりたくて潮来にきました。」と言い。次の日から練習の見学に行きました。次の日、ボート部の艇庫に見学に行くと3年生の男子の先輩2人、顧問の先生2人が暖かく迎えてくれました。私の一つ上の学年の先輩はおらず、3年生の先輩2人と私1人 計3人で活動を始めました。


2「ボート生活すたーてぃん⭐︎」

入部する前ブクブクと太っていた私の体重は70kg 🐷ゴロゴロしすぎですね^_^

顔パンパン腹ブニブニのブヨブヨの(今もですが泣)腕パンパンの私は3年生の先輩と2人でダブルに乗りました。



明らかに私の方がでかいです。特級呪物ですね。

バウに乗っていた先輩は、筋肉もりもりガッシリでスタイルがめっちゃくちゃいいのに私はぶっくぶくに太った豚が1名ストロークに乗っていました。

「このままでは沈むのでは…?」

そして大減量期に突入しました。

毎日1時間ぐらいチャリを漕いで登校し、エルゴにウエイトに水上でバンバン漕ぎまくりトレーニングしまくった私は58キロまで減らすことができました‼️


初めてエルゴを漕いだ時は死ぬぐらいきつかったし、顧問の先生や先輩がとっっっっても丁寧に指導してくださって色々トレーニングを積み上げて夏にはシングルに乗れるようになっていました。

もちろん同期がいない私は1年生でクルーボートに乗ることもできず、ほんとにシングル練習でした。部員も少ないことからほぼマンツーマンで先輩や顧問の先生に水上練習、陸トレその他もろもろ教えてもらえました。そして私の先輩が夏の北海道インハイでシングルで3位を取り、鹿児島国体でシングル優勝…私は思った。「なんじゃこりぁああすごぉおおお」もうその時はこんなにすごい先輩が身近にいる、そういう環境がこんなにも近くにあるってやっぱりすごいなって思いました。

私も先輩みたいに頑張りたい、全国で活躍したいと思うようになりました。

初めての公式戦の関東選抜では準決勝敗退でボコボコにされました。

そして1年の戸田ロング(3000m)でまさかの優勝でした。その時優勝するなんて思ってもいなかったのですごく驚きました。そこから自信というかなんだかとても楽しくなってきました。






2年生からは経験者の後輩が入りダブルを組んで関東大会でボコボコパート2、関東ブロックは体調不良で棄権、インハイでボコボコパート3。戸田ロング2冠、最後の関東選抜「なんとしても関東選抜で勝たなあかんやろ、いや勝たなあかんのや!」そして迎えた関東選抜ではシングルで2位入賞し全国選抜への切符を手に入れました。ちなみに初めて自分の力で手に入れた全国大会なのでめっちゃ嬉しかったです。そこから全国選抜の練習をめっちゃ頑張りました。選抜へ向かう時もう1人の顧問の先生に「8位以外は論外」と言われ「こりゃやったらなあかんなと」

そして出発前日の夜私は体調をほんのちょーーーっとだけ崩した。(ほんまなんしてんねん)

選抜出発当日、出発ギリギリに艇庫に到着し「いつもは30分前にくる小林が来ない、何かあったのか、何も連絡がない」ととても迷惑をかけてしまったまま顧問と天竜へ。どうにかして体調戻さんとほんまに8位以外の論外に入ってまうと考えた私はホテルにつき顧問とミーティングが終わった後、ご飯をたくさん食べ、どうも喉の体調治らねぇなと、、

そう私は考えた。

「クラフトコーラって生姜入ってるよな…炭酸で喉刺激したら治んじゃね…?ウィダー飲んだら治るのでは…?」と

そしたらホンマに治ったんですよ…

「えらいこっちゃホンマに治ったで」って何回も言ってました。

そして迎えた予選は3着で通過準決勝も3着で通過し決勝には行けなかったけれど順位決定に残ることができました。「8位以外は論外」が確定される。

順位決定アテンションゴー…元々1000mぐらいまでは7位だったのに横からの突風に流されて8位に…

漕いでる私の心境「えらいこっちゃ!差されてもうたやないかい!とにかく追っかけて9位から離れるぞ!」

そしたら9位の選手がどえらいあげてくるんですわ。「いかんせ!いかんせ!早よ逃げなあかなして!」多分バウボール差ぐらいでギリギリ8位入賞。もう少しで論外になるところでした。




3年で2年の時に組んだ後輩とダブルで関東2位、インハイでボコボコパート4 関東ブロック3位で本戦に進むことができました。危なかったです。迎えた本戦は自分的には最高潮でレースができ5位入賞することができました。なかなかいいレースができたのかと思っています。(これについてはめっちゃ話長くなるのでこれぐらいにしておきます。)

こうして私の高校ローイングは無事終了しました。


それにしてもめっちゃ書いた気がします。読んでて疲れちゃった方ほんとにすみません。でもほんとにいい環境でボート生活を送れた気がします。当たり前じゃない環境で、日本一の利根川で漕げて、艇庫があって艇があって道具やオール、艇を担いで階段登って降りたらすぐ色々なコンディションで漕げる川がある。スペシャリストの顧問の先生がいて、めっちゃ強い先輩が沢山いて、地域の方の支えがあって、県のローイング協会の方にもたくさんお世話になりました。 

それより、一番感謝しているのは家族です。

こんなにも応援してくれていて、毎日お弁当や部活の練習が終わった時に迎えにきてくれたり、全国大会に直接応援に来てくれたりなどめっちゃくちゃ感謝しています。最後にかっこいい姿を見せられてよかったです。


3「 東経に入寮して 」

最初の2つでめっちゃ書きすぎたので手短にいきます。

入寮してもうすぐ2ヶ月です。

念願の同期がいる生活。集団生活。すんばらしい寮や艇庫。監督をはじめ、コーチやOB.OGの方にたくさん支えられている部活だととても感じました。

大学初レースのグリーンレガッタでは念願のクォドでレースができてとても嬉しかったです。

まだシーズンが始まったばかりですが、この東京経済大学端艇部でたくさん漕いで活躍できるように頑張ります。

意外と手短に書けるもんですね。びっくりしました。


長々と書いてしまいましたが、全部見ていただけた方に感謝してこれからも頑張ろうと思います。

まずはエルゴベスト更新。

こんなやつですよの写真と寮生活⬇️