稽古中、携帯の着信なんて気にしないのだが、夕方のご飯休憩までの時間、そわそわしていた。
真昼から稽古で、お腹が空いていたのもある。
さいわい僕の出番は、もう少し先なのだ。
そろそろ約束の時間になる。
茶沢通りから入った道は、車を止めておくには、せま過ぎる。
壁ぎわに置かれたペットボトル、私物の小さなバッグに入れた僕の携帯のランプがピカピカと点灯していた。
急いで取れば、
着信は、ついさっき電話があったことになっている。
稽古の邪魔をしないように、稽古場外の階段に出て、かけ直した。
「あ、お弁当の」
やはり、稽古場近くを巡廻しているようだ。
弟の声ではない。配達の業者さんに受け渡しているのだ。
「今どこにいますか、そうですか。すぐに下に降りますね。」
ひと月くらい前、弟がやっている焼き肉屋にいってきた。
(その「仙牛」の「融(ゆう)」のことは、
ずいぶん前に書いたことがある◎
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)
狂牛病、震災での流通麻痺、ユッケや生レバ禁止と波乱に満ちた焼肉業界の年代記に加えて融のお店は駅周辺の区画整理のために、二度の店舗移転をさせられ
今年8月、三度目の新装オープンをしたばかりだ。
それでも炭火焼肉「仙牛」は地元のお客さんに支えられ、もう10年になった。
店では仕事をしない店長として有名だが(話し好きなのだ)、ファンも多い。なんせ肉が美味いんだから。
「切るのが仕事、焼くのはお客さん」
なんて笑う。
融は、僕のいるS.W.A.T!の芝居を昔から観に来てくれている。
ただし、店が休みの日だけだ。
そして「My Boy」の公演は水曜日が初日で、月曜日が千秋楽。つまり定休日の火曜日だけ演ってない。
「今回は、行けないんだけどさ、相談したいことがある」
相談?珍しい。いや悪だくみか。
「仙牛」は最近、副業で仕出し弁当を始めたのだ。開店する前、昼の空き時間に仕込んで業者さんに、運んでもらつている。
それを稽古場に差し入れしたいというのだ。
「弁当だから焼き立てには、かなわないけど、肉はいいの使ってる」
それも、病院や役所の来賓とかに出している高級焼肉弁当だ。
「…え、うちのメンバー20人くらいだよ」
「いいの、いいの」
お代は、いらないという。
仕込みの空いた時間だし、安いランチを出していた頃より割りがいいんだよ、と。
「こんなこと、ぐらいしかできないからさ」
ただ、一つ弟からの注文は、みんなへのサプライズにしたいということだ。
僕も驚かすのは大好きだ。
「そっか、稽古の進み具合もあるから、その時がきたらまた、連絡するよ」
すでに僕の頭の中には、その日が浮かんでいた。
それは台本ができて3日後。
これから本番に向けて盛り上がって行くには、一番いいに違いない。焼肉弁当が陣中見舞いになれなば、融の気持ちも伝えられるに違いない。
だだし、今回は思いのほか台本の完成が遅くなった。タイミング的にみんなの余裕がない時期だ。
僕はヒヤヒヤして、台本完成から注文した3日間を待っていたのだ。
階段下の鉄扉を開けると、狭い通りには、小さなワゴン車が止まっていた。
「あ、仙牛の」
「注文された」
「はい」
荷台には、ここが今日最後の配送であろう、ダンボール二つがあった。
お弁当の入った大きい箱を僕が抱えて、缶のお茶の入った箱を業者のおじさんが持った。
開いたダンボールから、肉のいい匂いがする。
「サーロインステーキ弁当✖11」
と白い紙にサインペンで書いてある。
じゅう(=゚ω゚)ノいち。
じ11…11、じゅういち⁈
たしかに発注したのは「21個」。
大変だ。メンバーの半分も足らない!
「アレ、コレダケですか」
多少、焦っていたかもしれない。
「渡されたのを、届けたんですけど」そりゃそうだ。
どうしょう。じつは当日のサプライズにしょうとは思っていたけど、稽古の夕食はお弁当を作ってくるメンバーもいるし、前日に「用意はしないでいい」と伝えてしまっていたのだ。
腹を空かせた「残念ダメージ」というのは、途轍もない疲弊をともない途方に暮れる。
それどころか、後半の稽古のテンションにかかわる。
弁当のダンボールを下ろし、混乱する僕に、おじさんが伝票を見せてくれた。
合計22個。
サーロインステーキ弁当✖11個
…そうか!「松坂牛焼肉弁当」がこの下に入っている。
融は弁当が二種類あるといっていた。僕は喧嘩(?)になるから、どっちか一つでいいと伝えたけど融としては、どっちも食べてもらいたかったのだろう。
おじさんもホッとして階段を登った。
稽古場はちょうど、カーテンコールをつくっているときだった。
ダンボールを靴箱で下ろし、おじさんに「ありがとうございました」と伝え、急いで僕の並ぶ位置に、入る。
役者1人1人が演出の指示でそれぞれの位置に、立つ。
全員が並んで音楽に合わせて架空のお客さんに頭を下げる。
その間にも、ダンボールからは熱のこもった弁当から焼けた肉汁の匂いがあふれ漂い、カーテンコールの盛り上がる音楽の中、飽和した空腹を否が応でも刺激する。
カーテンコールで夕食かと思いきや、そのあともシーンの抜き稽古があった。
そして演出助手的な若手のカナイ君が、頃合いを見計らって、「食休(食事休憩)を告げた。
僕から
「えっと、弟からお弁当の差し入れが来ています」
少し照れくさい。
ダンボールから出された弁当が、舞台セットの長テーブルに積まれると、低い歓声が上がった。
サーロインステーキと松坂牛焼肉の弁当だ。
どちらとも選び難い。みんなテーブルから少し距離を取りながら、しばらく弁当を囲んでいた。
僕は、ステーキ弁当にした。
一人がとればもう一人、躊躇と選択をしながら、次々と手に渡っていった。
木箱に似た簡易的な重箱の蓋をあければ、朱色のプラスチックに肉が、乗っている。ご飯も四角く山盛りだ。そりゃそうだろう。
来賓に出しているこの高級弁当は、普通に注文したら2000ウン円はする。
稽古場の床や、舞台セットのテーブルで弁当を広げていた、そこかしこから「旨そう」や「おおー」という囁きが聞こえてきた。
まず肉だ。
融の店では、焼き肉は喰っているが、ステーキは食べたことがない。カットしてある肉を割り箸でつまむ。千切りキャベツが隙間から顔を出し、僕を覗く。
小柄ながら厚みのある肉が歯に触れると一気に汁が溢れて、溶けてゆく。噛みごたえというより、牛肉の座布団でフワフワ遊んでいるようだ。
口の中で肉汁が踊る。
スマートな肉塊にしっかりと味がしみているは、弁当が冷めても旨味を失わせないためだ。
彩(いろど)る塩のはるか向こうにステーキソースの甘味がほんのりとする。
ご飯を放り込む。
まだ少し温もりのある「つぶ」の感触に肉の汁が混じると、独特な味の輝きとなる。
やはり肉にはコメだ。うまい。
添えられたうす切りカボチャ煮は、鮮やか黄色のほろ甘さ。
白菜キムチの漬け物は店で出している、そのまんまだ。
つんと発酵した臭みが唐辛子の赤い辛さをやわらげれば、歯ごたえの裏にある白菜の酸味が、深く濃く舌に染み渡り、鼻腔の底をほころばせる。
これがまた、コメと良く合う。
ナムルのモヤシもごま油とガッシリと腕を組んで、やさしく味を盛り上げる。
みんな黙って食べていた。
こんなに静かな夕食は、珍しい。
まるで囲んで蟹を剥いている家族みたいに黙々と、弁当に向かっている。
さて松坂牛焼肉弁当はどうだろうか。
せっかくだし、ステーキと交換条件で近くのタムラさんに松坂牛焼肉をヒトキレ分けてもらった。みんなも隣同士で「肉おかず交換」をしていた。
松坂牛の、ひとかけら。
噛むたびに繊維から溢れる脂に炭焼きの残像がほの走る。
肉のエキスが
灼熱の金網に滴り落ち、七輪の炭に弾けて蒸気となって、この旨みを纏(まと)ったのだろう。
「切るのが、仕事」
と言っていた
焼肉職人が焼いた、
ひとひらの贅沢。
香るのは、炭の芳ばしさだ。
またコメを口に運んでしまう。
メンバーの鈴木が、食べ終わって真っ先に言ったのが
「タキシタさんキムチすごく、おいしかったです」だ。
え、お前、肉は?
当然、美味しい。
だから鈴木なりに気を使ったのだろう。
それにラーメンを食べれば、白い豚骨スープを、辛子高菜で真っ赤にして、しかも飲み干す鈴木だ。
いわば辛さグルメのエキパートだ。そんな鈴木が仙牛のキムチを褒めてくれたのだ。
有り難いじゃないか。
空っぽになった山積みの弁当箱を片付けて、夜の稽古が始まった。
稽古を終えた帰り電車に乗る前の下北沢南口で、融の店に電話をした。
みんなからの感謝を伝えた。
「そう」
そして鈴木が真っ先にキムチを褒めたこと。
嬉しそうな安堵が聞こえた。
静まり返った夕食の稽古場の報告すると、携帯の向こうで融が大笑いした。
もちろん、僕も笑った。
「オレも鼻が高いよ」
と僕が言うと
融が、また大笑いした。
「そう」
僕もまた笑った。
満たされたのは、
この腹だけではないはずだ。
「My Boy」無事おわりました。
来場のみなさまありがとうございました。
そして、ここで応援してくださるみなみなさまに感謝。
劇団のHPでも記事になっていた
弟のお弁当の差し入れのことを僕目線から文章にしてみました。
関東周辺でないと劇場って足を運ぶのが大変ですよね。そんなみなさまにも
稽古場の雰囲気が伝われば、いいなぁと。
でわまた 涼
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一応宣伝。
東京都調布市・京王線国領駅徒歩4分
炭火焼肉店「仙牛」(調布市国領町4、TEL 042-499-6800)
仕出し弁当は一般には下ろしてないそうです。
この8月から移転リニューアルしてます。
(ぐるなびの地図古かったな)
「りょーさんのブログみました」っていったらちょっとサービスしてくれるかも(笑)
よろしくどーぞ
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