







ブログネタ:今年前半を振り返ろう
参加中
[あまりに想いを込めてしまった言葉は
どうしても、過ぎてしまうものだ。
よけいな回り道をして、伝えたいことの
本質を見失ってしまうかもしれない。
だから、なるべく簡潔に記すことだ」
煮えきらない曇天の小雨が止んで、
折りたたみ傘をコンビニの傘立てにつっこんだ。
…天沼陸橋。
ここ天沼って地名が、なぜか日本神話の天地創造の風景を思い浮かばせるのは、
「天沼」が日本神話の「天地(アメツチ」と「傘」のつながりからラショウさんが作った初期Macゲーム未発表、幻の作品
「私の傘のアメツチは」
という名前を連想したからかもしれない。
混沌の中に油の浮いたような世界。
雨と沼にかかる橋。
荻窪の駅を南口に降りてしばらく左の方へ歩いていくと
右側の下り高架と合流する、コンビニの先で手を振るの女子は、中山だ。今夜、役者として参加する。イタチョコ浄瑠璃にも、二回出演してくれた。
「おうナカヤマ、水とかいいの?」
「久しぶりです。あ、大丈夫です」
まだリハーサルまで時間がある。
買い物もせず
コンビニの前で、煙草を吸う。
横断歩道の信号機の向かいはラーメン二郎のY字路。
ここは
天沼陸橋前。
なにか不思議な地名だ。
「アメツチの橋」
ま、ラーメン二郎のむこうの陸橋の坂道を登ると荻窪駅北口があるのだが、
今日は雨粒が、降っては止む。
リハーサルは、ほとんどやらない。スズキさん以外はミュージシャンの方とも、
ほぼ初めて会う。
バンド名「手打ち麺製麺機のようななにか」のメンバーはラショウさんと
この荻窪ベルベットサンで二月にもやっているようだ。
バンマス的存在のスズキさんがラショウさんの指示を、
ギターを弾きながら合わせる。
青木さんは、初期からの浄瑠璃メンバーだが、
僕と同じで突然決まったという(笑)
今回はウクレレで、おもに僕と同じ演劇部分に参加するのだ。
ラショウさんに
「今回は歌舞伎っぽくいきたいから」
と青木さんは指示された。
しかしウクレレで、歌舞伎って…。
さっきラショウさんから配られた
手書きのコピー紙に今日の進行が書いてある。
僕らは三番目の浄瑠璃の段だ。
楽譜の枚数が足りないので。
ナカヤマがコピーに出たりする。
あともうひとり、Arishaさんは女性だ。最近ラショウさんのライブを見ていて、今日呼ばれたらしい。
舞踏と唄だろうか
本人はいきなり出演に驚いている。
彼女はプレステーションの段というくだりで、即興の踊りと劇をやる、らしい。
「わーできるかな」
人生は大喜利だ。
お題には、面白く答えたい。
それは、僕も同じだ。
20人も入ったら一杯になるライブハウスに30人を越えるお客さまが来てくれた。
僕のやる「板猪口浄瑠璃ういるす二千本桜(いたちょこじょうるりウイルスにせんぼんさくら)」
は、言わずとしれた「義経千本桜」のパロディ。
弁慶が関所で白紙の文を読むというアレである。
弁当ゲームを売っているゲーム補佐 通称「弁ゲー」(笑)が
「酢、おふとばんく」のゲーム担当の判官に
用意できてないゲームの説明をするという話。
ちなみに
弁ゲー って言うのは、
「あの素晴らしい弁当を二度三度」という初期イタチョコシステムゲームの出世作品からの命名であり、
しかも最近、
iPhone用アプリでリニューアルされ、空前のスマッシュヒットを
飛ばしたという旬なゲームだ。
「弁当ゲーム」で「弁ゲー(弁慶)」
そういうタイムリーなリアルさと虚構の曖昧な世界でラショウさんのライブは進む。
ところがだ。
直前にPCメールで渡された、この台本。
僕としては10分くらいの余興のつもりでいたのだが、
読んでみれば20分弱の大作で、
ほとんど僕の役が物語を進行していくという…無茶ぶりな本だったのだ。
「りょーさん、この短い間に、覚えられるかな。ふふふ」
というラショウさんからの、心の高笑いが聞こえてきそうだ。
もちろん覚えようと意気込んだ。
「…プロの役者でしょ、でしょ、でしょ、しょ、ょ~」
ラショウさんの幻の声が、響く。
が、なんとまぁ難しいせりふ回し。
しかも、ラショウさんの役、弁ゲーは、いつも通り(!)台本を読んでいる体(てい)で、僕は(当然)せりふを覚えて、それをツッ込むというギャグもある。
完全に挑戦状である。
…や、覚えたい。
覚えたいが、時間がほとんどない。
んが、しかし。
さすがに無理だろう、降板も考えた。
いや
…そうだ
いいことを、思いついた。
そうなのだ!
そうか覚えなきゃいいんだ!!
??(笑)
暗記を捨て、人形の演技に集中することにした。
つまり譜面台を借りて、台本を置きその手前で人形操作をするのだ。
それも堂々と、読むのである。
いつものラショウさんのように(笑)
ただし、ツッコむ台詞をいれてもらう。
ラショウ(弁ゲー)
「なんだ、しかしそれは、おまえ読んでいるではないか」
僕(判官)
「何のことをいっておるのだ。私は読んでおらん。人形シテ(役者)が読んでおるのだ!」
ラショウ(弁ゲー)
「むむむ…」
これは人形劇なのだ!
ほほほっ
我ながら
すばらしい思いつきだ。
写真は、判官(瀧下)の前で、弁ゲー(ラショウ)が
開発者らしよう(ナカヤマ)を黒綿棒で打つの場。…下らない(笑)
お客さんも楽士さんたちも笑ってた。
それにしても
「最期のイタチョコ浄瑠璃」
たぶんラショウさんのお父さんが最近亡くなったのだ。
確かなことは知らなかったけど、公演のあらましを説明する文章に、
もしかしたらと思ったのだ。
このシーンをやりながら、
この判官という役がラショウさんのお父さんじゃないかと思っていた。
もちろん勝手な解釈だが。
その尊大な台詞まわし。
僕の操る人形の判官が読み上げるゲームの名前に
弁ゲー役のラショウさんがアドリブの説明で答えるシーンが見せ場である。
「野犬ロデム」「へなちょこダービー」「難しい本を読むと眠くなる」
これらはラショウさんがMac時代歴代の変なゲーム達だ。
それを、ひとつひとつ説明する弁ゲー役ラショウさん
ひとつひとつ、厳しく査定しうなずく、僕の判官人形。
まるで、今までのラショウさんの活動を厳しく見守りながらも、
肯定するように思えた。
判官「あいわかった!実はよくわかんねえんだがよくわかった」
判官「おぬしらは、迷惑を含めそのように世界に関わらんとするものなのだ。」
「迷惑を含め」ってところにやさしさがあるように思えた。
「やるまいぞ」「やるまいぞ」と締めくくる。
きっと、このライブは一つの区切りなのだろう。
イタチョコ浄瑠璃で歌われた曲を中心に、
ラショウさんがゲームを含め、
今までにやってきた活動の歴史を振り返りつつ
これまでの集大成をやろうということなのだ。
仮面をつけて、唄を歌い、また別の仮面をつけ
楽士さんの曲に、ラショウさんが舞いを踊る。
Arisyaさんがハモリを入れたり即興の振りで彩ったりする。
ナカヤマは、ラショウさんが
着替えているところで演目のナレーションだ。
二部構成で、なんと休憩中もラショウさんはアオキさんのウクレレで唄う。
実際、これではお客さんも休めないし、
一部のラストに唄った「イザイセ」という曲が激しすぎて
息切れしたまま続けられたのもあり、
ラショウさんも途中で断念して、普通の休憩となった。
とにかく、渾身で濃厚なLIVEなのだ。
進行表は、第二部の最後に
「総論」
というくだりがあった。
僕は気になっていた。
これまでの歴史を振り返って何をするのだろう。
僕は、その段を、
すぐそばの袖で見ていた。
金色の仮面の
ラショウさんが踊っている。
手指の躍動は
ギターの震えた響きと
サックスの泣くような旋律を
くねらせた、打楽器のリズム
にそわせ空間に刻んでは、
消えていく。
動きは、
コンテンポラリーのエリートな格式より、
もっと原始的な太古の呪術を思わせる。
仮面が上を向くと、
涙を流す。
いや、
微笑んでいるのか
息吹くように
ゆれる。
僕は振り返った。
ラショウさんの発表してきた、変なゲーム達。
クリエイトしてきた異形の小物の数々。
耳に残る楽曲と唄の幾多。
仮面、浄瑠璃の人形たち。
奔放な舞踏は、
放たれた光のように
鮮やかに悲しく
肉体の表情となり
漆黒の波が
ゆらめき消えていく。
すると、曲の盛り上がりで
動きがゆるりと引き締まる。
お面の下の声が、
か細く発音する。
「ゲェムは舞いだった」
沈黙。
「舞いは、ゲェムだった」
笑うような鳴くような
おさな子のひとり遊びのつぶやきか。
そうか
ラショウさんにとってすべての活動は、
この今、踊られている
即興の舞いそのもの
なのかもしれない。
そうだ
ラショウさんの創るゲームは、
プレイヤーの意にそぐわない
ゲームのキャラクター達が
勝手に、その世界で活動しているのだ。
僕たちは、それを見てあきれたり、空想する。
その混沌とした
先の読めない活動は
まさに「舞い」なのかもしれない。
それは、ラショウさんの生き方に
つながるように。
僕は静かに情熱をそえるだけだ。
ライブが終わると、
お客さん達はラショウさんを囲んで、
その場を惜しむみたいになかなか離れない。
ラショウさんは
ひとりひとり時間の許す限り言葉をかけ
手作りの記念の小品を渡していた。
お疲れさまのビールのミニボトルを片手に
僕もお客さんと話したりした。
「最近、宮益坂心中のDVD見て」
「ああ、渋谷のコラボカフェでやった一番最初のヤツ」
「たっきー(僕)若かったね」
「それまで劇団の芝居じゃ見ない、感じだったよ」
「へー」
「アレかっこいかった」
「ほお」
僕には自負がある。
もちろん人形劇をやる前からラショウさんは歌をつくっていた。
ライブもしてきた。
でも僕と人形浄瑠璃というカタチをとってから、
作品の範囲が広がったことは、確かだ。
演技と舞踏と歌と人形と、
この数年間はある種の密月でもあったのだ。
そして僕もその間に、劇団でも当たり役の悪魔役をもらったり、
それがシリーズ化になったりもした。
自分への挑戦だったし、そのご褒美にありつけたのだ。
それが、終わりをむかえた。
お客さんもはけて、
楽士さんたちの楽器がひとまづ片づき、出入り口で記念品を配っていたラショウさんのところにいった。
「それひとつ貰えますか」
ナカヤマも来た。
小品に一言そえて配っていたから、なんて書いてもらおうか。
ナカヤマは、考えたすえ、
「ローマは一日にしてならず」
…って、長ッ!!
でも、その狭いスペースに書き入れてもらった。
僕は、どうしょう。
そうだ。
「卒業」
と、一言いれてもらった。
裏側に Rashoという名も添えられた。
楽士さんたちと別れ。ナカヤマは終電だからと先に帰って、
荻窪ベルベットサンを出ると
残されたのは、大きい荷物のラショウさんと僕と青木さんの三人だけだ。
思えばイタチョコ浄瑠璃を立ち上げた三人組だ。
おつかれさまといいながら、
これからの後先をなんとなく語り、始まりのカラオケ屋での徹夜稽古をなんとなく語り
コンビニの信号機のところで止まった。
僕らは荻窪駅へ、
ラショウさんは神戸に帰る明日の始発までマンガ喫茶で一夜の宿だ。
ここは「天沼陸橋」か。
横断歩道の信号が変わり
じゃあ、といいながら
ラショウさんは陸橋のほうへ歩く。
ひとつのことが終わった。
天と地を分つ油の浮いた世界。
モノゴトの始まり、
また混沌へ還るのか。
天のぼる坂道
僕らは土を踏みしめて
路面が濡れた雨のあと
笑いながら
アメツチの橋のたもと
ともに満ち行く。
最後まで、ありがとうございます。
【後記】
ちょこちょこ書き溜めていた、
こないだの「打ち止め イタチョコ浄瑠璃」のコトをやっと書き終えました。
何故かこの「打ち止め」記事へポチポチ訪問してくださるようでして、
どうにかこの日のコトを自分なりに文章にできないもんかと、
勝手な使命感があったりしました(笑)
ライブの様子が少しでも垣間見えたら、幸いです。
そして
いつも訪問やコメントくださる皆々さま感謝しております。
ありがとう。涼
涼デス!
朗読劇ニ出マース‼ (≧∇≦)//
松田太紀プロデュース朗読劇(リーディングシアター)「タチヨミ」第0巻
日時:2013年7月24(水)~28(日)
場所:千本桜ホール(http://www.senbonzakura.jp/senbon/
)