そう自覚した。
じゃ何をするべきかと考えた時、
やりたい事はやり尽くさなくちゃいけないと、思った。
二十歳の頃、母の先生のところに連れていかれ、その先生から「お芝居は、虚業です。実業をしなさい」と言われた。母も実際、お芝居なんか続けられるわけがないと思っていて、先生に相談したのだろう。その前から、母には反対されていた。
「虚業」
それが、僕の芝居という仕事のイメージだ。
にもかかわらず、
いつも
お芝居は僕にとって、
観るのも、演るのも
面白く好きなものだ。
観る芝居の、活き活きとした生命。
創る時間の、世界が立ち上がっていく瞬間の連続。
そして終劇の明るくなった劇場内に、ただよっている混沌とした気持ちのかたまりみたいな興奮の跡。
どれくらいの
楽しい時間が流れただろう。
よく続いたものだと思う。
でも、なんでお芝居というものが
面白いんだろう。
たくさんありすぎて、ここでは書き尽くせないけど観るのと演るので共通する
その一つは
「心の圧力」かもしれない。
日常でもいろんな不安や葛藤、摩擦を抱えながら過ごしているけど、面白い芝居は色んなところに、それがちりばめられている。時にキリキリと縛り上げられ、時に解放されて快楽になる。
僕の好きな役者さんたちはみんな、見つけるのがうまいし、これが達者だ。稽古場なら、それを関心しながら眺めてしまうし、劇場では感動するのだ。
おもしろい芝居は
それぞれの矛盾した「心の圧」がからまり合い、色んなドラマや笑いが産まれる。
僕の好きな作業場は、ゆるい場所ではない。それはリラックスと緊張が交互にやってくるような場所だ。
観てる人たちはニコニコしているのに、演っている人たちは、必死。
そんな場所だ。
もちろん
今回のサンダース:コンビーフの現場も、そうだった。
宮本さんと村上さんの創り出す世界は、ドンデン返しのようなストーリーの仕掛けはないけど、登場する人物たちを、観ていると、だんだんと色んな事を考えていることが
想い浮かび、湧いてくる。
「心の圧」を大事にしているから
現れてくるのだ。
微笑ましくって、切なくって、
どこか懐かしい、人々。
よくテレビの
映画の番宣でやってる
「もう!!ものすごく感動しました。ズルズルズルッ(号泣)」ってのとは違う世界がある。
終わると、暖かい風が心に漂っている
そんな作品。
その最新作が
「せたがやフォリーズ」だ。
たいていの役者は
どこかで、あそこはまだまだとか、不安だなと思っていても、小さな瞬きみたいに、心の底の練炭が燃えていて
いいものができた
と信じている。
それが
おかしく、切なくもある業(なりわい)なのだろう。
そして
それがなくなったとき、一人の役者が死ぬ。
舞台は、
お芝居は面白いのだ。
できるうちに、多くの人に広げたいものだ。
「今ここで演りたいことが、この芝居」
それは、いつも変わらない。
この「虚業」を、続けてきて良かったと、今年が厄年の節目だからそう思うのかもしれないけど。
僕の「役付きのよいヤク年」
たぶん今年、最後の公演だ。
僕の内の役者は、
まだまだ生きたいらしい。
最後までありがとうございます。
劇場でお会いできたら、嬉しいですね
でわでわ また 涼
同じ事をする、しあわせ。
繰り返せる、しあわせ。
でも同じ日ではない。
====================
サンダース:コンビーフ
「せたがやフォリーズ」
下北沢ザ・スズナリ
11/10まで
====================