平日の昼、稽古前に
下北沢の駅前劇場へ芝居を観に行った。
実際にあった事件を元に書き起こしたもので、一人の女の周りで次々と男たちが死んでいく。
作家さんが若い女性だからか、自分の中のどうしようもない女らしさ「根本的母性」と向き合っているような作品だった。
現代の女性の抱えている「そもそも女らしさって、なんだろう」という考察を描き出していて、劇は重かったが、興味深く観ることができた。
僕の知り合いは、仕事ができる二枚目の役をやっていた。自信家で仕事に熱くとても優しく、そして弱さを持つ男の役柄が、本人とかさなって微笑んでしまう(彼自身が亭主関白な気質だけに笑)
ま、彼は最初に死んじゃうんだけどね。
まさに一人の女に翻弄されて行く様を好演していた。
客出しをしていた彼に芝居の寸評を伝え、駅前劇場を出た。
作家の人と少し話がしたかったなと思いながら。
それにしても稽古の前に、
少し声をだして台本を読みたい。
人の芝居を観たのも、あるかもしれない。
さすがに街中はアレだし、カラオケボックスでは、お金がもったいない。すぐにウチの稽古場に向かってもいいけど、個人的作業がしたくもあり、しかし北澤神社は、ここから遠すぎる。
そうだ。
スズナリ劇場の裏側に、
教会の駐車場がある。あそこなら普段、人もこないし
車通りもあまりない。少し声を出してもよさそうだ。
スズナリのわき道から急な坂をのぼると、劇場の裏口から一人芝居のリハーサルの音が聞こえてきた。今日の夜が初日なのだ。劇場のポスターに書いてあった。
案の定、人はいない。
去年の12月スズナリで出演した「せたがやフォリーズ」の千秋楽。そのスズナリの裏にある駐車場では、月に一度であろう教会が開いているバザーで賑わっていた。手作りのクッキーやジャム、採れたての野菜、フォーみたいなあったかい麺類、おこわ、皮のカバンなどが小さなテントのお店で売られて、広場は人々でごった返していた。
本番までの空き時間、小さなマリアの像でもあったら買おうと思っていたのだが、あいにく、そのときには見つからなかった。
今は、誰もいない。
車も置いていない。駐車場の真ん中にある植木のところに
腰を掛けられそうな大小の御影石がある。よさそうだ。
すこしの間、お邪魔してこの場所を借りよう。
ほら。
レミゼラブルのミリエル司教もバルジャンに、言ってたじゃないか
「教会の門は、誰にでも開かれている」
カバンから台本を出す。
しばらく読んでいると
砂利道を踏んで、向こうから
男が二人歩いてきた。
すこし恥ずかしいので、台詞を細めて読んでみる。
「へーそうなんですか」
「この辺の建物はね」
古い町並みを探索している散歩マニアの人かなと思った。
たぶん一番街商店街の方から、現在は無くなった踏切跡を通ってきたのだろう。
地下化した小田急線の開発で、駅前は高層化が進んでいるここ下北沢だが、まだまだ古い建物が残っている。
ナップザックを背追った二人は
教会のわき道から敷地へ入っていった。
もしかしたら、この教会の人なのかもしれない。
男たちの声が遠くなり、また台詞に集中した。
曇り空だが、雨は降りそうもない。
劇場裏の壁からは、かすかにリハーサルの音楽が聞こえる。
しゃべり声が近づいてきた。さっきの二人組だ。
「あんなのが残っているんですね」
「耐震構造からいうと、認可はおりているのか」
「ええ、ええ」
この教会が、かなり古い建物なのかもしれない。声色に驚きと、ちょっとした感嘆があった。
二人は僕を気にしているのか、いないのか、まったく関係なくスズナリの坂道を茶沢通りへと降りていった。
それにしても教会の人では、なかったようだ。
台本を一通り読み終え、
背伸びをすると、正面の教会が気になる。
少し探検してみようか。
稽古前に体を動かすウォームアップの時間までにはまだある。
古い建物をみるのは、好きだ。
さっきの二人が入っていった
木々の茂みのある教会のわき道を登ってみる。
急な勾配をあがると、庭のような芝生がひろがっていた。
しかし、
向こうにみえたのは、
思いもしない光景だった。
なんと
切り立った崖のような岩肌が
突然、目の前に現れた。
その黒い洞(あな)には、小さな祭壇とひかえめな十字架が鎮座している。
もう一つの穴蔵から見下ろしている白い像は、
石膏のマリアかもしれない。
人がいる。教会の人だろうか。
金色の髪をした一人の女性が、
祭壇の脇で、たぶん花を生けている。
思わず登っている足を止めて
それ以上、入るのを遠慮した。
その一瞬、
異国の地に迷い込んだ
錯覚に、圧倒された。
僕は、遠くから眺めることにした。
ここは、聖なる場所だ。
鳥も鳴かず、静かに湿っている。
若いころから幾度となく足蹴く通った劇場の裏側に、こんな場所があったなんて。
下北沢ザ・スズナリという小屋は、演劇をするものならば、
どうしても立ってみたい劇場だった。
学生の時に観た華々しい舞台の数々。
一番前のベンチ椅子にぎゅうぎゅうに座り、お尻が痛くても感動したお芝居の演目。
先輩役者から聞いたいくつもの伝説的な舞台。
新しい表現が生まれて、
有名も無名も、いろんな人々が通り過ぎていった。
震災のあった翌日も、
公演をしていた劇場。
それに劇団に入って、初めてこの舞台で演った時の感動。
そのあとも、客演した公演で何度か立つことができた。
そして去年の12月にも縁があった。
いつでもスズナリは魅惑的だった。
時代はめぐり、都内に劇場が増え、古びたものは無くなり
かつての威光は、消えたとしても
焦がれて止まない、いまだ劇場の中にただよっている空気。
真っ暗な舞台を、シーリングライトが照らすと柔らかい光につつまれる。
それは、演るもの、観るもの、創るものにも。
「なにか、宿って居(い)る」
いい小屋は、
そう、語られる。
劇場の裏には
聖洞がある。
楽屋で交わした会話には
一度も話されていなかったけれど
その土地に
人を惹きつける磁場というものがあるとすれば
この聖洞が
なにかしらの影響をあたえていると思わずにはいられなかった。
それも
人に知られず
ひそかに、花をそえるように。
お辞儀をし、
その場所を離れ
教会をくだり降りた
茶沢通りは、
なに食わぬ顔をして
いつもの街並みだ。
静かに踊る
秘めた魅力を
隠しながら
スズナリを背に、
稽古場へ向かう。
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本日も訪問ありがとうございます。
6月下旬の
「S.W.A.T!のとれじゃーぼっくす」
朝霞・川口公演無事終了いたしました!ご来場の皆様、感謝です。
いつも劇団を観てくれているお客様も、はるばるいらしてくれて、とても嬉しかったです。
親御さんたちが、劇を見てお子さんの笑っている姿に、また楽しくなったり、
終わったあとに、
「あの宝箱に、なにが入っているかな」と話したくなるような
そんな作品になっていたようですよ。
また演りたい演目だなぁ。
(写真は川口の方に舞台からメンバーと客席全体を撮ってもらったものですよ)
僕は8月前田耕陽さんの客演に向けて活動しますよ。
マイペース更新にもかかわらず、みなさんのコメント、メッセージ大切に読ませてもらっております。感謝。
では、また