あけっぴろげな、のれんを潜(くぐ)ると
手前のカウンターが空いていた。
奥は、大学生だろうか。
二人は料理のない皿を重ねてグラスの酒を煽りながら、ご機嫌にしゃべている。
シャツの男が聞き役で、袖なしの肌着を着たあさ黒い肌の男の威勢のいい話に、ウンウンとニコニコ頷いている。
ここではみんな立ち呑みだ。
僕はホッピーセットを頼んだ。
呑み終わっても、中の焼酎を頼まなければ、
そんなに酔わずにすむ。
すぐあと劇場に行かなければならない。
朗読の公演の予約をしている。
そういや昨日も、この赤坂に向かったが
劇場はすぐ先なのだ。
そして今日も最寄りが、この街だ。
となりの角では、男らがトランプ遊びに興じていた。
四角い和皿に食べかけのレバー串。
手持ちのカードをにらみながら、場に出ている数字と絵札を合わせて積み上げると、
すべて場へ戻し、集めてシャッフルする。
(あれ、旨そ)
カードの側に置かれたネギ盛りの赤身肉の皿が気になった。
「あぶりレバー刺しください」
メニューに書いてある、
たぶんこれだろう。
ホッピーがきた。
瓶を焼酎の入ったジョッキに傾けると
氷と混じって白い泡を立ち上げた。
トランプ男は、うれしそうに賭け棒のつま楊枝を
相手から受け取り、銀の皿に落とした。
それにしても酒を呑みながら昼下がりに
カード遊びとは、なんて優雅な週末だ。
80年代アメリカ映画なら場末のBARのシーンに
そんなのがありそうだ。
少し呑んでいると、通り側にのれんを潜り、
熟年の男が入ってビールを頼んだ。
男は、白髪まじりの短髪に鉢巻を締めて
短い襦袢と、太ももを露(あら)わに白い股引き姿だ。
なんだか今度は、江戸時代から抜け出た感じだ。
「おじさん、どっかで祭り?」
アメリカ映画のトランプ男が言った。
「表の(通りの)山王さんの」
「へー」
関心はなさそうだ。
さっき歩いているとき、
ゆるい笛の音と止まない太鼓が外堀通りから聞こえてくるので、誘われるまま通りへ向かうと大通りを挟んで向こう、赤坂の小山の下をお神輿しが次々と過ぎていた。
こっちのわき道から来る車を警官が、
スイマセン先の反対車線から向かってください
と、一台一台誘導していた。
赤坂の神社は、今日が祭りだ。
江戸のおじさんはひと仕事を終えて、ここに入ったのだろう。グラスのビールをおいしそうに飲んだ。
昨日は、満月だから
今宵は、十六夜(いざよい)のお祭りか。
十六夜は月が出るまで遅いから
「いざ、宵(早よう、暮れよ)」の「いざよい」だ。
白いのれんは風に吹かれて、まだ明るい。
早よう、暮れよのいざよい祭り。
月の出までには、さらにある。
「はーい」
焼き台に乗せられた丸々としたレバーは、炭の匂いの焦げ目をつけ、まな板に移されると細身の肉切り包丁で小気味よくスライスされる。多めの刻みネギを盛られて、皿ごと僕に出された。
あぶりレバ刺しだ。
やはり旨そうだ。
山盛りの青ネギから恥ずかしげに顔を出している
赤身レバーが、まだしっとりとみずみずしい。
炙られた表皮が炭の香りを彩り、
その熱の時間をゆっくりとたどるように
醸し出される桜色のグラデーション。
これがまた、食欲をそそるのだ。
さっそくネギを添えて
ひとつまみ口に入れる。
酢醤油だろうか切り身にまぶされた
すっぱ味がツンと舌を刺すと
噛むたびにレバーの甘みが柔らかく広がり
そこに刻みネギの歯ごたえと清涼感が合わさるやいなや
臓肉の臭みを旨味に変えてしまうのだ。
こりゃ酒がすすむ。
ホッピーをぐぐっと飲んだ。
奥の大学生たちは、店の人と盛り上がっていた。
となりのトランプ男らは、そろそろ時間のようだ。
お代を払って、空き皿の食べ跡を残した。
つま楊枝の賭け棒は、銀の皿そのままに
とくに精算はしていない。
ささやかな賭事の勝ち負けが、
笑いと悔しさの起伏となって二人をつなぎ
言葉のいらない会話になっていたのだろう。
向かいの祭り男が
串から引き剥がすように
焼かれた小肉を頬ばる。
デンと立ちながらビールをあおる姿は
さながら御門の仁王さんが、
ちょっと抜け出して
休憩しているみたいだ。
「祭りは境内でよく繁盛している。
あとは神官らや巫女に任せよ。
我は日々、御門を守っておるわえ」
相方が、まだ神社にいると思うと、
ニヤケてしまう。
早よう、暮れよの十六夜祭り
山王様のお祭りだ
月の出までには、さらにある
いざ酔え
いざ酔え
「あのう、ちょっとお祝いしてください」
カウンター越しに焼き台を越えて職人からグラスを
受け渡されると一升瓶を持ち上げた。
「日本酒大丈夫ですか?」
「ええ、はい」
「今日で店長が最後なんですよ」
と奥の大学生が、言った。
突然だったので、大きな声で反応してしまった。
店長の知り合いだろうか気分良さげに、
グラスに入った酒で乾杯の用意をしている。
「あ、辞めちゃうんですか」
「神保町に店を出すんです」
「どこなんです」
大学生としゃべっていたその店長がこっちにくると
僕のグラスに日本酒をそそぎ名刺を渡してくれた。
この店の名とは違う。聞くと独立のようだ。
「めでたいですね」
いつの間にか向かいの仁王様にも酒が渡されていた。
そして「乾杯」と一斉に掲げた。
口を付けたとたんスルスルと天然の井戸水は
濃厚な酸素を含んで喉ごしを過ぎていく
しかし胃に到達の知らせを聞く前に
その常温の水が、本性を現す。
米の名残りとまろやかな甘さ
ほのかに熱い呼気を発して
いい酒だ。
店長と話しているのをみて大学生が、
「お兄さんなにしてる人?」
と聞いてきた。
僕が話やすそうな雰囲気だからか、機嫌がいいのか。
「お芝居です」
「え、うちの兄貴もやっているんですよ」
「へー」
「関西なんすけどね」
「こっちでは、やってるの」
観にいけたら見たいもんだ。
劇団の名前を教えてくれた。そして僕も伝えた。
なんだか、楽しい。
しかし
そろそろ劇場に向かわなくてはならない。
「知り合いの公演を見に
すぐそこの劇場にいくんですよ。あ、お勘定」
焼き職人にお金を渡す。
大学生は残念そうに、
でも楽しそうだ。
のれんをくぐると
外は、まだ明るい。
いざ寄え
いざ寄え
早よう暮れよの十六夜まつり
トランプ遊びに興じれば
仁王様もいらっしゃる
焼きの囲炉裏に
炭火もけぶり
山王様のお祭りだ
月の出までには、さらにある
いざ酔え
いざ酔え
最後までありがとうございます。
そして今回の立ち飲み屋の十六夜と
「月しばり」で
三部作を綴ってみました。
アンデルセンの「絵のない絵本」
あれは月がその風景を眺めているという短編ですよね。
僕は、その中でも十六夜の話が大好きで、
「いざよい」というとその話を思い出すんです。
恋人が亡くなった悲しい夜に
最高の舞台を演じたピエロの風景
欠けはじめた月が、その夜を静かに眺めている。
だから十六夜ってどこかもの悲しい印象なんです。
でも
その話とは
まったく関係ない楽しい立ち呑み話に
なってしましましたが笑
まあ、そこは
人柄ということで…
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メッセージなどありがとうございます。
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ひとつひとつ大切に読ませてもらっていますよ。感謝です。
ではまた。涼
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