聖子ちゃんブーム真っ盛りの頃、お隣の国で起こっていた事 | 『時たま山伏、いつもは音楽制作者』

『時たま山伏、いつもは音楽制作者』

クサリ一本で垂直な崖を登ったり、畳一畳もない岩塔の上で日がな過ごしたりする、山伏に憧れる音楽制作者のブログ。

先日、昨年の韓国映画の動員数でナンバーワンになった作品「タクシー運転手」を見に行った。



韓国の民主化に大きな影響を与えた光州事件を取り上げた作品。事件をモチーフにしながらもアクションや韓国映画お得意の人間臭い娯楽性を少し加えてのドキュメンタリータッチな作品。主演がソン・ガンホだからこそ見る人の心を強烈に惹きつけること出来たんだろうなという作品だった。ノ・ムヒョン政権の時にこの事件を題材にした作品がいくつか製作されたけど、ムン政権になった今だから再び製作・公開される動きになったのだろう。


光州事件が起きた頃、僕は高校に進学したばかりで、そういう動きや活動に敏感で少し傾注していた。というか、学校の知り合いにそういう活動をしているヤツがいたり、かつてそういう活動をしていた先生がいて、僕に登山の楽しさを教えてくれたその先生を尊敬していた事もあったから傾注というよりも興味とさまざまな問題意識を自然と持つようになっていったというのが正しいかもしれない。


ネットもない時代だったからテレビや新聞やその他機関紙などで知り得ることしか出来なかったし、事件の顛末はかなりあとになってから少しずつ明るみになることだけれど、光州があった全羅道が差別の対象になっていたこともあって、僕の事件への興味と問題意識はかなり後まで引きずっていたように思う。けれど、大学に入る頃には折に触れて思い返すくらいだった。


大学の先輩が韓国に留学するだのなんだので事件を思い出すことはあったが、そのあとに僕が光州事件に触れるのはキティレコードに入ってからのこと。

白竜さんのアルバム「光州City」のレーベル原稿を見つけた時、40歳を過ぎても横に潰れたような可愛らしいギャル字を書いていた僕の上司の筆致で作詞作曲者欄に田貞一と書かれていた。当時僕は白竜さんのことを知らなかったけれど、その本名とアルバムタイトルから光州事件のことをいやが応にも思い出した。


そのアルバムのオープニングソング。




当時のキティのコンサート制作セクションのスタッフたちが箱根のロックウェルスタジオでこの曲のカバーをレコーディングした。もちろん福利厚生の一環、まぁ、お遊びであった。


そのレコーディングでギターを弾いた先輩の事を入社当初の僕はすごく恐れていた。顔や風貌がすごく怖く、慇懃な雰囲気がその昔彼が芸能事務所のマネージャーだったという経歴と相まってそっち方面の人だと信じて疑わなかった。


けれど、その先輩の弾くギターフレーズはフェンダージャガーの独特のアーミングを使ったりしてものすごくアグレッシブで渋く、そして70年代のロックフレーバーに満ち溢れていてカッコよかった。白竜さんのオリジナルレコーディングより熱量があった。あとで知る事になるのだけれど、無類のギターコレクターだそうで。


その先輩とはお互いにキティを離れた後に一緒にいくつかの仕事をすることになるのだけれど、恐ろしいのはその鬼瓦のような風貌だけで、本質はとても気のいいおじさんという感じ。酔うと狂ったように人が変わるけれど、それはおじさんなら誰でもそういうことはあるだろうと範疇内だ。

"ガソリン"のことを"ソリンガ"という彼。

"スーガー"とかは聞いた事あるけれど、"ソリンガ"というのは彼の口から以外は未だに聞いた事がない。

そんなことを映画を見に行く道すがら考えていた。



一昨年の年末、僕はソウルにいた。当時の大統領の罷免を求めた"ろうそく集会"で都市の機能が一部マヒする事態になっていたのを目の当たりにした。そして昨年一年間に大統領経験者が二人も逮捕されてしまうとかちょっと民主主義が行き過ぎてるんじゃないの?とは思う。



けれど、今の日本を見てみると、政権の不祥事が次々と明るみには出るけれども閣僚が辞任することもなく、それに呼応した有権者たちのデモも大きなうねりにはならない。

日本の民主主義はちゃんと機能しているんだろうか、とふと考えてしまう。