『ライブ帝国』の制作に没頭しながら、僕は時折、タイムスリップしたかのような奇妙な感覚にとらわれていた。
なぜならTVK(テレビ神奈川)という放送局は、僕自身の音楽のアイデンティティを作ってくれた、いわば『人生の学校』そのものだったからだ。
中学・高校生の頃、ビデオもインターネットも身近にない時代、TVKはリアルタイムに僕に尖った洋楽やロックの情報をくれる窓口の一つだった。
当時、僕が好きだったのは『アナーキー』。当時のライブハウスは大人の夜の匂いが強すぎた。煙草の煙と酒、もみくちゃになるフロア。学生の身分でそこに飛び込むのは、どうしてもためらわれた。

そんな僕の救いだったのが、TVKの公開録画だった。 会場は蒲田の日本工学院ホール。席はちゃんと決まっていて安全だし、何より、ハガキを出せばかなりの確率で観覧券が手に入った。ヒットチャートのド真ん中にいるような流行りの歌手は出なかったから、応募者も少なかったのかもしれない。けれど、僕にとっては蒲田までの往復交通費だけで「本物のライブ」が観られる、文字通りの聖地だった。
あの蒲田の客席で、息を呑んでステージを見つめていた少年が、30年後、まさかTVKのレジェンドである住友プロデューサーからアーカイブを託され、『ライブ帝国』という歴史をパックするディレクターになっているなんて、誰が想像できただろう。
流行りモノではない、だけど剥き出しで、本物の牙を持った音楽を愛するスピリット。 僕が公録の客席で受け取ったそのバトンは、時を経て円を描いて僕の手元へと戻ってきた。
かつて僕を育ててくれたあのテレビ局に、今度は僕が、プロフェッショナルとして恩返しをする番だったのだ。



