『時たま山伏、いつもは音楽制作者』

『時たま山伏、いつもは音楽制作者』

クサリ一本で垂直な崖を登ったり、畳一畳もない岩塔の上で日がな過ごしたりする、山伏に憧れる音楽制作者のブログ。

『ライブ帝国』の制作に没頭しながら、僕は時折、タイムスリップしたかのような奇妙な感覚にとらわれていた。
なぜならTVK(テレビ神奈川)という放送局は、僕自身の音楽のアイデンティティを作ってくれた、いわば『人生の学校』そのものだったからだ。
中学・高校生の頃、ビデオもインターネットも身近にない時代、TVKはリアルタイムに僕に尖った洋楽やロックの情報をくれる窓口の一つだった。
当時、僕が好きだったのは『アナーキー』。当時のライブハウスは大人の夜の匂いが強すぎた。煙草の煙と酒、もみくちゃになるフロア。学生の身分でそこに飛び込むのは、どうしてもためらわれた。


そんな僕の救いだったのが、TVKの公開録画だった。 会場は蒲田の日本工学院ホール。席はちゃんと決まっていて安全だし、何より、ハガキを出せばかなりの確率で観覧券が手に入った。ヒットチャートのド真ん中にいるような流行りの歌手は出なかったから、応募者も少なかったのかもしれない。けれど、僕にとっては蒲田までの往復交通費だけで「本物のライブ」が観られる、文字通りの聖地だった。
あの蒲田の客席で、息を呑んでステージを見つめていた少年が、30年後、まさかTVKのレジェンドである住友プロデューサーからアーカイブを託され、『ライブ帝国』という歴史をパックするディレクターになっているなんて、誰が想像できただろう。
流行りモノではない、だけど剥き出しで、本物の牙を持った音楽を愛するスピリット。 僕が公録の客席で受け取ったそのバトンは、時を経て円を描いて僕の手元へと戻ってきた。
かつて僕を育ててくれたあのテレビ局に、今度は僕が、プロフェッショナルとして恩返しをする番だったのだ。

 

当時、テレビ局の倉庫には、膨大な「往年のライブ映像」が眠ったままになっていた。 二次利用の権利処理が複雑なため、細々と再放送されるに留まっていたその宝の山に、TVKのレジェンド・住友利行さんが強烈な光を当てた。
「ウチのアーカイブを使って、ライブDVDの商品化をやらないか?」


差し出された企画の凄まじさ、そこには日本のバンドブームの真っただ中、一番日本のバンドシーンが熱かった時代の映像がゴロゴロと眠っていたのだ。
そこから、商品化に向けての準備が始まった。 各アーティストの膨大なテープの詳細の調査、権利処理のための利害関係者の確認、住友さんの思いに応えるラインナップのコンセプトを練り上げていく。 

 

単に映像を売るのではない。アーティストの『生きた歴史』をパッケージにするのだからこそ、所属事務所やアーティスト本人たちとも完全に膝を突き合わせ、100%の信頼関係のもとで制作を進めた。同時にエイベックス・ディストリビューションにも営業体制の枠組みを準備してもらった。


記念すべき第1弾は、ジュンスカ(JUN  SKY WALKER(S))と、スターダスト☆レビュー。
この熱いパッケージを、全国のファンへ届けるために動いてくれたのが、エイベックス・ディストリビューションのセールススタッフたちだった。自社発売商品と同じ熱量で販売店へとプロモーションしてくれたおかげで、このシリーズは爆発的な売上をあげ、話題を呼び、のちに業界のスタンダードとなる「過去のアーカイブ商品化」の文字通り先駆けとなった。


リリースしたタイトルは合計約60タイトル。洋楽の『We Are The World』で世間を驚かせ、邦楽の『ライブ帝国』で日本のロックの魂を永遠の形にする。 傷だらけで集まったあの「年齢層高めの最強チーム」は、いつの間にか、誰も成し遂げられなかった新しい音楽の未来を見ていた。

 

We Are The World』のDVDリリースは、日本の音楽業界、そしてネット界隈を賑わせた。

リリース日にはプレス発表を行った。オリコンが大きく取り上げ、さらにはあの『Yahoo!』の検索トップにもランキングされた。話題が話題を呼ぶというような感じを肌で感じた。

そんななか、FM東京の午前中の生番組から、一本の取材依頼が舞い込んできた。
「ぜひ、生放送でインタビューをさせてほしい」

驚いたことに、オファーの相手はタレントではなく、制作ディレクターである僕だった。裏方の人間が生番組の電話インタビューに引っ張り出されるなんて、極めて異例のことではないかと思った。受話器を握りしめながら、僕はあらためて、自分が手掛けた『We Are The World』というコンテンツが持つ、圧倒的な破壊力を思い知らされていた。

この時、僕たちが世界基準の布陣で勝ち取った「本物の権利」の重みを、数年後、さらに大きな歴史の特異点で実感することになる。

『We Are The World』の特大の成功の裏には、僕たちの思想を100%理解し、背中を押してくれる強力な『流通の戦友たち』がいた。

僕たちのDVDを全国の店頭へと届けてくれていたのは、エイベックスの販売会社である『エイベックス・ディストリビューション』。この会社を率いていたのは、元ポリドールの営業本部長。ここにクラウンレコードの精鋭部隊がいるという組織だった。
キティの生い立ちを知る彼らは、僕たちの中にある『キティ・イズム』を、言葉にしなくとも深く理解してくれている温かい人たちばかりだった。

当時、エイベックスといえば邦楽の流通において圧倒的な強さを誇っていた。
「せっかくこの強力な販売網があるんだ。僕たちの手で、何か仕掛けられないか……」
社内にそんな新しい挑戦への空気が流れていた。
そんな時に、僕たちのオフィスに、一人の男性が訪ねてきた。
TVKの住友利行さん。

音楽を愛し、泥臭いバンドマンたちを愛し、「音楽番組なら、TVK(テレビ神奈川)」という、日本のロックシーンにおける絶対的な聖地を創業期から創り上げてきた、伝説のプロデューサーだ。

商業主義に魂を売らず、本物のアーティストを世に送り出すことに命を懸けてきた住友さんの佇まいは、僕たちがずっと大切にしてきたキティの血の匂いと、完全に一致していた。

洋楽の世界遺産を掘り当てた僕たちのチーム、キティのイズムを知り尽くした流通部隊、そして『音楽ならtvk』のレジェンド。
この奇跡的な出会いが、冷めやらぬ僕たちの新会社に、またしても誰も見たことのない、新時代の邦楽コンテンツという巨大な嵐を巻き起こしていくことになる。