さて、フォロワーが諭吉diedでgetしたのは、流石の国書刊行会の書籍でありました。

知的インテリアとしても抜群の効果を発揮しますが、読破する事により、もれなく知的ブルジョワジーになれる出版社の書籍でもあります。
堂々諭吉に負けていません。

ワタクシは知的ラインで行くとフォロワーにはかなり劣るので、漱石ーズか一葉の犠牲を以て一~二冊getだぜ状態となります。

ましてや現在は療養中、新刊なんぞ購入している経済的余裕のある筈もありませんが、これがやはり病気と言うか、こんな時に限っていつも品薄な近所の書店で心ときめく出逢いがあったりするのです。


一葉died!


諭吉に比べるとかなり軽い事件、やや軽犯罪寄りな雰囲気が漂いますが、個人的にはヒジョーに良いお買い物でした。

町田康 『ゴランノスポン』
秦真紀子 『バルのスペイン語』

オラー・アミーゴス!と、単純なワタクシは脳内マヨール広場状態になってしまうのでありますが、特に町田氏の本には以前から探していた『町田訳・源氏物語 末摘花 』が収録されており、爆笑源氏物語をたっぷり堪能したのでありました。

光源氏は嫌いだが、この光ちゃんなら許せるかも(笑)
既にオチはお分かりかと思いますが、
類似の事件に「夏目漱石殺人事件」と「福沢諭吉殺人事件」があります(^o^;)


この表現を使われたのは、ワタクシではなくて、Twitterのフォロワーなのですが、あまりにも事件チックなそのツイートにシビレてしまいました。

「諭吉が死んだ」

まぁ、この場合の死に方、つまり諭吉さんの使い途が第2のポイントで、
基本的に「文芸書」か「洋画のDVDまたはBlu-ray」か「CD」の為にお亡くなりになるのです。

食べ物とか洋服とかお洒落グッズとかでは決してありません。

ぶっちゃけ「生きて行く為には無くても構わないが、心と知性の為には絶対に欠かせないもの」に散財する事なのです。

世の中には、漱石の死で手に入る書籍から、時には諭吉ーズの命を要する書籍まで、それはもう様々な価格帯の書籍が、書籍には限りませんが存在する訳で、漱石クラスの死であれば、申し訳無いのですがさして気にも留めなかったりするのであります。

この場合、一冊の価格で話が進行しておりますが、フォロワーが熱く望む書籍は殆どの場合が「一葉プラス漱石」か「諭吉」の死を以てミッションコンプリートとなる訳で、彼等の魂に相応しい書籍との出逢いと言う名の戦いの幕開けでもあるのです!


諭吉died!


どうです?

書籍を購入してやったぜ!
分厚さに腱鞘炎を起こしてでも読了してやるぜ!
何で今頃翻訳刊行なんだノーベル文学賞作家作品がぁぁぁ!

usw.魂のたぎる様な叫びと共に、それらの書籍は地となり知となり智となるのであります。


…嗚呼、でもお腹空いたなとなるのが、悲しい哉現実ではありまするが(T_T)
「CMS」は「クリスタ・マリア・ジーラント」の略で、旧東ドイツの女優の名前だった(映画『善き人のためのソナタ』)。

「J.M.G.」は「ジャン・マリー・ギュスターヴ」の略であるが、こちらには続きがあって、

J.M.G.Le Clezio (lの次のeにはアクサン記号付き)

日本では「ル・クレジオ」の名で知られている、おフランスのノーベル文学賞作家である。

ちょっとしたきっかけがあり、ル・クレジオの『パワナ』を読んで感動したのだった。
しかし、ワタクシはおフランス語はさっぱりだし、それが為に親切で簡単でハンディな『メルシー教授のフランス語レッスン』も購入したのだが、実は12ページ目くらいで頭痛を起こして以来放置プレイ(笑)

ドイツ語版の『ダンケ教授のドイツ語レッスン』は、ワタクシが最初に購入したドイツ語入門書なのだが、こちらは分かり易かったと言うか、一年後に年甲斐も無く大学に凸ったので、おバカなりにも読破したのであった。

たまたま、簡単なドイツ語の本は購入していると言うか、本来ドイツ語を習い始めた動機が「原語で原書を読む(なんと『ファウスト』)」であるからして、お気に入りの短編は欲しくなるのであった。

数年お世話になった授業で、最も苦労したのが『星の王子さま』のドイツ語訳だったにも関わらず、性懲りも無く原書がおフランス語の『パワナ』のドイツ語訳を購入し、またしても悶絶中なのでありました(>_<)


それにしても、長ぁーい名前よね。