昨日、コミュニケーションには、ドライとウェットがあると言うことを書いた。

今日のテーマは、ウェットなコミュニケーション。密なコミュニケーションとも言える。

中堅中小企業において、仕事を円滑に進める上での重要性は高いし、上場大手企業でも、関係構築がうまくコミュニケーション技術が高い人の方が評価されやすいと思う。


密なコミュニケーションは、信頼関係が強ければ強いほど生まれる。信頼関係を強くするためには、お互いがお互いを信頼している必要がある。

それでは、相手に信頼してもらうためには何が必要だろうか。それは自己開示だ思う。

得体の知れない何かは、怖いもので、そのものがよりよく理解できるとその怖さは薄れ、理解できる範疇に入ってくる。


こんな話がある。


虫嫌いの人が多いのはなぜか。

これは、虫が予測不能な動きをすること、姿形が人間と大きく違っていること、どこでどのように生きてるかわからず汚そうなこと、コミュニケーションが取れないことに起因している。要は得体の知れない何かだからだ。


人と人においても同じことが言える。故に自らのことを相手に知ってもらい、相手にとってよくわからない人からよく理解できる人に変わる必要がある。

それには自己開示が必要と思う。

自己の開示は、基本雑談から生じる。雑談力なんて言葉はあるが、これは、どのように雑多な話の中で自らを理解してもらえるかでもあると思う。

自己開示は、自分の生い立ち、家族構成、趣味嗜好、座右の銘、休日の過ごし方、尊敬する人等を開示すれば、大方の人となりは理解してもらえるように思う。この話をしている時の表情や口ぶりや、ストーリーを相手側は見て聞いて、この人ってこんな人なんだなという理解が進む。

ビジネスシーンにおいては、自らの仕事に対する向き合い方、日々の仕事における悩みや気持ち、自らの立ち位置や役割に対する理解が伝われば、どのような仕事ぶりの人が理解いただけると思う。

これらの自己開示は、表層的ではいけない。いいことだけ並べるのではなく、側から見て良いと思われる部分や悪いと思われる部分双方があって良いと思う。相手方が、この人は正直で、裏切らなそうだなという印象を提供することが大事だと思う。


わたしはそう言うスタンスで仕事に臨んでいる。


一方で、現代の世の中においては、減りつつあると考える。

あらゆる情報が見える化され、良い情報も悪い情報見える。リスク情報は、より強く人々の印象に残る。自らの個人情報の重要性や、積極的に開示すべきではないと言う考え方が広がっているように思う。これももちろん時と場合によるが、物騒な事件が起こる中で身を守る上では必要な考え方でもある。

こういった状況が故に、自己開示は憚られる。


とはいっても、人間誰しも信頼できる相手を求めている。

自己開示が憚られ、密なコミュニケーションが取りづらい環境だからこそ、自らのパーソナリティを包み隠さず開示し、相手に自らを理解してもらう行為自体の希少性は高まり価値につながっていくと思う。

誰だって仲良い友達が欲しいはず、気兼ねなく付き合える相手が欲しいはず、そんな希望を抱き、関わる人と接していきたい。それには自らの殻を破り、相手に知ってもらうことが大事。

ただ、自分が受け入れられるか?自己開示したら嫌われるかも?と言う不安は付きまとう。

ここについての考え方はまた明日記事にします。