世の中は、「あちらが立てばこちらがたたず」だと本当に思う。
何かと引き換えに何がなりたったいる。
何かを得るために何かを手放している。
人生はその繰り返しで、常に選択を強いられる。
結婚して得られるものは、寂しさからの解放や、世間からの一定の評価や、子供、共同生活による家事負担緩和、結婚という経験値による大衆価値観の理解、が思いつく。
逆に失うものは、自己の時間、自分に使えるお金のコントロール権限、生き方の選択肢の広さ、選択肢がある恋愛、が思いつく。
結婚による得られるものと失うものについて、他にどんなものがあるのか、世の中の意見も知りたい。
結婚しても、自己の時間を待ち、お金のコントロール権限があり、生き方の選択を自由にする相手を選べばよいという意見もありそうだが、その条件で結婚してくれる人は極めて少なく思う。結婚して得たいことを限定すればマッチングしないこともないと思うが、まぁなかなか難しいと思う。
結婚する時は、盲目的になるんだと思う。恋愛とは盲目的で、没入的で、世の中トレードオフとか、関係なく、ただその時はその人と一緒にいたいという価値が勝るんだと思う。ゆえに、結婚後に、本来の失う部分を得ようとする意思が働き、夫婦はぶつかるのだと思う。
結婚は、人間の思考を盲目的にする恋愛の上に成り立っていることが多いので、トレードオフをコントロールしきれていないことが多いと思った。
お金を稼ごうと思ったら、何を考えるかは、人がお金以上に得たいことを提供することにある。
雇われる側であれば、人がやりたくない仕事をするか、他の人ができないことをやることで、その希少価値が高ければ高いほど価値が上がる。
経営者は、他の会社より良い製品やサービスの提供である。企業の場合は、その前に選択肢としてあがるかという、「認知」という壁がある。認知して選択肢に上がれば選ばれるかどうかはそのものの価値で決まる。そのモノの価値は、信頼性というブランド価値と、そのモノ自体の価値の積み上げで、ブランド価値は歴史と実績が物を言う。ブランド価値がない新興企業は、物自体の価値を高め、認知活動に重きを置く必要がある。
このそのモノの価値ってやつも、トレードオフで高める。値段が他より安いことは、企業側で実行しやすいトレードオフによりモノの価値を高めることだ。得られるお金の一部を捨てて、その商品をたくさん売ると言うことになる。
ここで考えたいのが、捨てる側の量と拾う側の量がマッチしてるかだ、トレードオフでは、捨てるものがあれば、捨てるものと同じくらい価値があるものを得られなければいけない。ここの合理性が大事で、企業運営の場合、経済合理性の話となる。
これをミスると、捨てるだけ捨てて、得られるもの少ないと言う状態になり、トレードオフじゃなく「ただアホ」の状態になる。
自らの人間的価値を高めるためのトレーニングや勉強は、時間を引き換えに自らの見た目や能力を得る。ただ、そこには単純に目の前に起こる自由に使えない時間と、目に見えない継続した先にある遠い理想像をトレードオフした時、目の前の自由な時間に選択するストレスの解放を選択しがちになる。
短くて小さい利か、長くて大きい利か、どちらを得た方がよいかは、人の価値観によって決まるが、自分は将来的な選択肢が広がる利を軸にして選択していきたい。