前回書いたように、私は――正確には私が経営する会社は――この事件によって約5億5,000万円を失いました。
これだけの金額を書くと、
「なぜそんな取引を信用したのか」
「途中で怪しいと思わなかったのか」
そう思う人も多いと思います。
今の私が第三者としてこの話を聞けば、たぶん同じことを思います。
しかし、当然ながら最初から5億円を超えるような取引をしていたわけではありません。
そこに至るまでには、いくつもの経緯がありました。
私は神奈川県で、住宅設備の販売や工事などを行う会社を経営しています。
2017年の春頃、昔からの友人であるD君の紹介で、同じく神奈川県内で事業を営んでいるE社を紹介されました。
E社のM社長は私と年代も近く、新しいビジネスに対する発想も豊富でした。
初めて会ったとき、
「面白い経営者だな」
という印象を持ったことを覚えています。
実際、横浜の一等地に自社ビルを新築するなど、傍から見れば事業も非常に順調で、まさに勢いに乗っている経営者に見えました。
当時、私の会社では水処理に関連する事業も行っていました。
そんな中、M社長との間で、
「家庭用の炭酸水サーバーを作れないか」
という話が持ち上がりました。
今では珍しくありませんが、当時は家庭で必要なときに必要な分だけ炭酸水を作れるようなサーバーは、まだほとんど見かけませんでした。
私の人脈の中に、中空糸膜などの水処理技術を持ち、必要な量だけ炭酸水を供給する仕組みを開発できそうな会社がありました。
そこで私がその技術会社をつなぎ、E社などと共同で炭酸水サーバーの開発に着手することになりました。
ビジネスモデルとして考えていたのは、ウォーターサーバーではよくある仕組みです。
サーバー本体をレンタルで家庭に設置し、天然水を定期的に配送する。
毎月の水の販売によって継続的に利益を出していくモデルでした。
そのため、事業として成立させるにはサーバー本体の製造コストをできるだけ抑える必要がありました。
国内外のメーカーを検討した結果、最終的には台湾の家電メーカーが、コスト面でも炭酸水製造装置を組み込む技術面でも現実的ではないかという話になりました。
実際に私、D君、M社長、技術会社の担当者などで台湾まで行き、現地メーカーを訪問したこともあります。
単なる「こんな商売がある」という話ではありません。
実際に人が動き、技術会社も入り、海外メーカーまで訪問し、商品開発を進めていました。
結果として、この炭酸水サーバー事業自体はコスト面やその他さまざまな事情から途中で中止となりました。
しかし、このプロジェクトを一緒に進めていく中で、私はM社長と話をする機会が増えていきました。
そして当然、M社長が行っているほかの事業についても耳にするようになります。
そんなある日、M社長から話を持ち掛けられました。
「今、力を入れている家電量販店向けの卸売事業に参加しないか」
というものでした。
話を聞くと、中国や韓国などの家電メーカーの商品を商社C社が仕入れ、それを大手家電量販店へ販売しているとのことでした。
最初に私へ持ち掛けられたのは、その商流の一部に入るという話でした。
流れとしてはこうです。
私の会社が月末にC社へ商品の仕入代金を支払う。
その金額に数%のマージンを乗せてE社へ請求する。
E社には約2か月後、大手家電量販店から販売代金が入金される。
その入金後、E社から私の会社へ支払いが行われる。
つまり、一般的な意味で商品を仕入れて自分たちで販売する「卸売業」というより、
商流の途中に入り、仕入資金を一時的につなぐ代わりに数%の利益を得る。
そんなイメージの取引でした。
取引は、最初から大きな金額で始めたわけではありません。
まずは会社にあった数千万円の手元資金を使って始めました。
そして実際に取引をしてみると、予定された時期に入金があり、利益も出る。
次の取引をしても、また入金される。
少なくとも当時の私から見れば、取引は順調に回っていました。
さらにM社長に誘われ、飲みに行く機会も少しずつ増えていきました。
そうした席に行くと、第二地方銀行などの支店長クラスの方がM社長と一緒にいることが何度かあり、私も紹介されるようになりました。
もちろん、その人たちが今回の取引について何かを保証していたわけではありません。
今考えれば、M社長と金融機関の人たちとの付き合いと、私が参加していた取引の安全性はまったく別の話です。
しかし当時の私には、
「これだけ金融機関とも普通に付き合っている経営者なのだから」
という感覚が、少なからずあったのだと思います。
そして、私がこの取引への信用をさらに深めることになる出来事がありました。
E社から、ある銀行を紹介されたのです。
その銀行は、E社が行っている家電量販店向けのビジネスモデルについて説明を受けたうえで、私の会社がその取引に参加するための資金を融資してくれました。
もちろん今になって考えれば、銀行が融資をしたからといって、その取引の安全性を銀行が保証しているわけではありません。
そんなことは経営者である私自身も分かっていたはずです。
しかし、人間の心理とは不思議なものです。
普段から金融機関の支店長クラスの人たちと付き合っている姿を目にしていた。
そして実際にE社から紹介された銀行が、このビジネスの内容を聞いたうえで、私の会社に融資をしてくれた。
こうした出来事が一つずつ積み重なり、私の中では無意識のうちに、
「銀行も内容を理解したうえで融資しているのだから、この取引はきちんとしたものなのだろう」
という安心感につながっていたのだと思います。
決して銀行から「この取引は安全です」と言われたわけではありません。
それでも私は、周囲にいる人たちや金融機関との関係まで含めて、M社長やE社そのものを信用する材料として受け取っていました。
今振り返ると、これも私の警戒心が少しずつ薄れていった大きな要因の一つだったと思います。
今なら、
「なぜ自分の会社が間に入る必要があるのか」
「なぜそこに数%の利益が発生するのか」
「実際の商品はどこからどこへ動いていたのか」
「大手家電量販店との取引を自分自身でどこまで確認したのか」
いくらでも疑問を挙げることができます。
しかし、当時の私の目の前にあったのは、それとは違う景色でした。
昔から信頼していたD君から紹介された相手。
一緒に商品開発をし、台湾まで足を運んだM社長。
横浜の一等地に自社ビルを建て、事業を拡大しているように見えるE社。
金融機関の支店長クラスの人たちと付き合っている姿。
実際に家電量販店の店頭に並んでいるC社の商品。
実際に繰り返される入金。
そして、このビジネスの説明を受けた銀行からの融資。
一つひとつを見ると、それぞれが決定的な安全の証明になるものではありません。
しかし、それらが重なっていくことで、私の中では少しずつ、
「この取引は大丈夫だ」
という確信に近いものが出来上がっていきました。
そして取引が正常に回れば回るほど、次の取引に対する抵抗感も薄れていきます。
今になって思えば、この**「信用が少しずつ積み上がっていく過程」**こそが、この事件で最も怖かった部分なのかもしれません。
最初は数千万円だった取引。
それがこの後、少しずつ、そして確実に大きくなっていくことになります。
この時の私はまだ、その先に何が待っているのか知る由もありませんでした。
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