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KONCHAN音楽プロデューサ-のよもやま話

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岩佐美咲「初酒」発売記念イベント 稲川淳二サプライズ登場 

2015年4月29日マルイ渋谷・店頭特設ステージ

以下画像および文章はオリコンニュース、バークスさんお記事を参照一部引用

4月29日第4弾シングル「初酒」リリースを発売し、岩佐美咲がマルイ渋谷・店頭プラザの特設ステージで新曲発売記念イベントを開いた。詰めかけた約500人の熱狂的ファンからの「わさみん」コールが飛び交う中、「みんな、いままでどこに隠れていたんですか!というくらいたくさんの方が来てくださって、泣き出しそうになるくらいうれしいです。今回は、予約イベントをたくさんやらせてもらっていたので、まだ発売してなかったんだなみたいな気持ちで、喜びもひとしおです。皆さんに見守っていただけることは最高です」と笑顔であいさつ。

AKB48初の演歌歌手としてソロデューを果たし2015年で4年目を迎えた岩佐美咲だが、今作も秋元康が作詞を手がけ、2015年に成人を迎えた彼女の「初めてのお酒」がテーマとなっている。「秋元先生からは毎回お任せで、何も言われないんですけれど、今回は完成した作品を聴いてくださって、『聴いたよ。すごく歌がうまくなった』というメールをいただいたので本当にうれしいです。初めての明るい曲ですので、皆さんに笑顔になってもらえたらうれしいです」──岩佐美咲

その新曲「初酒」をはじめ、同カップリング曲「履物と傘の物語」(岩佐美咲バージョン)、「レット・イット・ゴー~ありのままで~」(演歌バージョン)、最後に再度、新曲の全4曲を熱唱した。途中、稲川淳二のものまねを披露しているところに、突然「怖いなあ、怖いなあ」と言いながら本人のサプライズ登場に、岩佐は「うぁーッ!」と驚きのあまりステージから逃亡する事態に。

「はじめまして。どうしたんですか!」と感激を隠しきれぬままトークを展開、稲川は「わさみんが『オールナイトニッポン』で私のものまねをしたというんだから感動しましたよ。67歳になるじじいのものまねをしてくれたんだから、うれしいじゃない。そっくりだねえ。私がよく使う風の音を入れたらもう怖いものはないですよ。怪談というのは、昔から美人しか出ないの。一番きれいな人が悲惨な目にあって怖い顔をすると、これが何とも魅力があるんですよ。今日は、たまたま渋谷に来ていてよかった(笑)」と語り、岩佐は「こうしてお会いできる日が来るとは思ってもいなかったのでうれしいです」とご機嫌なまま、2人で鏡開きが行なわれた。

なお、秋元 康から岩佐&稲川のデュエットという話も出ていたそうですが、稲川が断って実現しなかったそう。「実は、私は歌がひどいんですよ。みんなが驚いて倒れまくるくらいなんだから」「演歌って、難しいじゃない。でも、わさみんの歌は、素人が聴いてもうまいねえ。声がきれに伸びるし、聴いていて気持ちいい。あなたが一番ですよ」(稲川)とのこと。

 6月6日(土)に行なわれる〈AKB48選抜総選挙〉については、「今回も立候補させていただきました。今年は、自分のシングルの時期と同じだったので立候補するかどうか悩んだんですが、出てほしいと言ってくださるファンの方がたくさんいたので、自分を見つめ直すためにも頑張ろうと思って立候補させてもらいました。選抜には入りたいんですけど、その前にこの新曲をぜひヒットさせたい」(岩佐)と、力強く意気込みを寄せています。

 

岩佐美咲「初酒」聖地巡礼2 2025年10月31日

伏見のお酒 伏見稲荷大社~月桂冠大倉記念館 

 

岩佐美咲Xより

岩佐美咲&山崎あおいライブハウスツアー2025大阪公演が11/1にあり、私は前乗りし10/30夜行バスで出発、31日の朝に大阪に着きました。そして31日は京都で一日を過ごしました。今回の目的は、岩佐美咲さんのシングル「初酒」の聖地巡礼として、京都の嵐山や伏見を巡ることです。この地は何度も行ったことがある土地で行きやすいのですが、あいにくの雨ということで、なかなか大変な旅となりました。「初酒」のMV のロケ地は朝、嵐山の竹林の小径で行い、そこから伏見稲荷大の社の千本鳥居で、最後にお酒にまつわる楽曲ということで、伏見の酒で有名な月桂冠大倉記念館で行われました。今回の旅ではロケの日の行程と同じルートで聖地巡礼を行い、途中前からどうしても行きたかった桂離宮にも立ち寄りました。前回は嵐山竹林の小径→桂離宮などを巡りました。、そのレポートは以下にあります。午後は場所を伏見に移して伏見稲荷退社→月桂冠大倉記念館の聖地巡礼の旅です。それではよろしくお願いします。

 

岩佐美咲「初酒」聖地巡礼1

京都嵐山 渡月橋~竹林の小径~亀山公園~桂離宮

 

河原町の敬は祇園四条駅から伏見に向かった私は14:00過ぎ日沁み稲荷駅に到着しました。

駅から伏見稲荷大社までは歩いて5分ほどです。あいにくの雨でしたがメジャーな観光地でもあるこの場所には多くの海外からの観光客が訪れていました。

 

すでに紅葉が始まっている木々もあります。

 

 
 

宮司のご挨拶 HPより引用

私たちにとって、もっとも身近な神社といえる「お稲荷さん」。全国に30,000社あるといわれ、全国各地で老若男女を問わず親しまれています。その総本宮が伏見稲荷大社です。そして、稲荷信仰の原点が、稲荷山であります。当社の御祭神である稲荷大神様がこのお山に御鎮座されたのは、奈良時代の和銅4年(711)2月初午の日のこと。その日から数えて、平成23年(2011)に御鎮座1300年を迎えました。御鎮座以来、この長い歳月は単なる時間の経過ではなく、時代時代の人々の篤い信仰心によって「衣食住ノ太祖ニシテ萬民豊楽ノ神霊ナリ」と崇められ、五穀豊穣、商売繁昌、家内安全、諸願成就の神として、全国津々浦々に至るまで広く信仰されてまいりました。これからも伏見稲荷大社は人々が幸せを求める「庶民の信仰の社」であり、「神様と自然と人とが共生する社叢・稲荷山」であるということを大切にし、次の世代へと護り伝えていく使命が我々にはあります。敬神の念篤き各位にはなお一層、お山を含む環境保全にもお力添えを願い上げますとともに、御神恩光被のもと益々のご繁栄を祈念申し上げます。

伏見稲荷大社
宮司 舟橋 雅美

楼門

この建物は天正17年(1589年)豊臣秀吉の造営とされてきました。秀吉の母大政所殿の病悩平癒祈願が成就すれば一万石奉加する、と記したいわゆる“命乞いの願文”が伝来しています。しかし造営伝承と伝来文書との整合性については多少の疑問がありました。ところが昭和48年に楼門の解体修理が行われたところ、願文の年次と同じ「天正17年」の墨書が発見され、伝承の正しかったことが確認されました。神社の楼門の規模としては最も大きいものに属します。

 

「お稲荷さん」ときつねの関係は?

「稲荷大神様」のお使い(眷族)はきつねとされています。但し野山に居る狐ではなく、眷属様も大神様同様に我々の目には見えません。そのため白(透明)狐=“びゃっこさん”といってあがめます。勿論「稲荷大神様」はきつねではありません。「お稲荷さん」は稲荷神のことであり、狐は稲荷神の「神使(しんし)」として、その使いとされています。このため、お稲荷さんの社殿や参拝者が見守る場所に多くのきつねの像が置かれ、キツネの好物である油揚げがお供え物や「いなり寿司」の具として使われるようになりました。 

大社マップ
伏見稲荷HPより
岩佐さんMV撮影は主に千本鳥居で行いました。MVのメイキングで盛んにおもかる石と絵馬のことをおっしゃっていましたが、それらは奥社奉公所にあります。撮影時には時間がなくてそこまで行けませんでしたが、今回の旅では奥社奉公所までは行きました。

 

 

 
 
 

本殿

社記には「御本殿五社相殿ウチコシナガシ作四方ニ高欄有ケタ行五間五尺ハリ行五間五尺」とあり「稲荷造」と称されています。応仁2年(1468)の兵火により、境内の殿舎堂塔の全てが焼亡し、やがて仮殿の復興があったようですが、その後に諸国へ勧進が行われようやく明応8年(1499)に再興されました。社殿建築としては大型に属し、装飾、特に“懸魚”の金覆輪や“垂木鼻”の飾金具、それと前拝に付けられた“蟇股”等の意匠に安土桃山時代へ向かう気風がみなぎり、豪放にして優華な趣をただよわしています。重要文化財。

 

 

 

 

 

 

千本鳥居

「赤い鳥居」といえば、すぐさま人々は「おいなりさん」を連想するほど、赤という色が人々の心情に深く染みとおっています。元来、稲荷の鳥居は社殿と同じく「稲荷塗」といわれ、朱をもって彩色するのが慣習となっています。この「あけ」という言葉は、赤・明・茜など、すべてに明るい希望の気持ちをその語感にもち、その色はまた生命・大地・生産の力をもって稲荷大神の“みたま”の働きとする強烈な信仰が宿っています。崇敬者が祈りと感謝の念を奥社参道に鳥居の奉納をもって表そうとする信仰は、すでに江戸時代に興り今日の名所「千本鳥居」を形作っています。

 

 

 

 

 

MVより

MVより
 
MVより

MVより

奥社奉拝所

本殿の東方、千本鳥居をぬけたところ通称“命婦谷”にあり、一般には「奥の院」の名で知られています。この奥社奉拝所はお山を遥拝するところで、稲荷山三ケ峰はちょうどこの社殿の背後に位置しています。当社に伝わる明応の遷宮記(1499)には「・・・東ニハ当社奥院トテ命婦形マシマス也」とあり、その創建の古さが偲ばれますが、規模の子細については不明。江戸時代にはその名を封戸所・供物所ともいっております。寛政6年の罹災後、規模を幾分大きくして造営されたのが現在の社殿で、昭和50年に社殿を後方の今の位置に移し、前に拝所が設けられました。

奥社奉公所までは本殿から10分ほど。途中団体の観光客で混んでありましたが意外と近いですね。絵馬もキツネの形をしています。岩佐さんお土産に掘年のお面をもらい、ふざけて遊んだりしていましたが、とても気に入ったようです。
MVより

 

 

 

MVより

おもかる石

奉拝所の右側後に、一対の石灯篭があります。この灯篭の前で願い事の成就可否を念じて石灯篭の空輪(頭)を持ち上げ、そのときに感じる重さが、自分が予想していたよりも軽ければ願い事が叶い、重ければ叶い難いとする試し石です。岩佐さん字が下手なので絵馬は書きたくないとおしゃっていましたが、おもかる石には興味津々でしたね。試してみることができず残念でした。

 

 

 

 

 

 

伏見稲荷を後にした私は伏見桃山駅へと向かいました。こちらはレトロ感あふれる商店街が連なり地元の人たちの生活が垣間見れる場所です。駅前を西へと向かい左へ折れて商店街を抜けると竜馬通りに出ます。
京都伏見と坂本龍馬
豊臣秀吉が築城した伏見城の大手門から続く大手筋。町の中心を伏見大手筋商店街が貫き、それに伏見風呂屋町商店街、納屋町商店街、油掛商店会、竜馬通り商店街、中書島繁栄会、中書島柳町繁栄会などの歴史ある商店街が連なり、洛南最大の商業地区を形成、賑わいを見せています。
寺田屋で襲撃された坂本龍馬が、傷を負って避難した材木納屋、寺田屋の旧跡地、川べりからの酒蔵風景のながめ、鳥羽伏見の戦いの遺物を展示する月桂冠大倉記念館、伏見奉行所跡など、幕末の伏見を思い描きながら各所をご探訪ください。
 
坂本龍馬ゆかりの地を歩く 月桂冠HPより 位置関係が分かるので記載させて頂きます

スタート 桃山御陵前駅(近鉄奈良線)、伏見桃山駅(京阪本線)、桃山駅(JR奈良線)

B「坂本龍馬、避難の材木小屋跡」石碑

C「伏見口の戦い激戦地」石碑

D「伏見長州屋敷跡」石碑

E 旅籠・寺田屋と旧跡地

F 酒蔵風景・月桂冠内蔵酒造場

G 月桂冠大倉記念館

H 伏見夢百衆

I 「伏見土佐藩邸跡」石碑(月桂冠情報センター前)

J 「会津藩駐屯地跡(伏見御堂)」石碑

K 伏見奉行所跡の石碑

L 御香宮神社

ゴール 桃山御陵前駅(近鉄奈良線)、伏見桃山駅(京阪本線)、桃山駅(JR奈良線)

旅籠・寺田屋と旧跡地

蓬莱橋を北側へ出て、東西を走る南浜通りを西へ進むとすぐに「寺田屋」に到着します。寺田屋の旧跡地は、現在、史跡公園の趣となっており龍馬像も建っています。庭園西側の旅籠の建物は見学が可能です。

 

 

 

 

 

 

 

 

酒蔵風景・月桂冠内蔵酒造場
蓬莱橋の南詰・東側の階段から川岸へ下り、 宇治川派流沿いの遊歩道を東へ、道なりに進むと、昔ながらの酒蔵風景(月桂冠内蔵酒造場)を望むことができます。酒蔵は南側(右側)から、前蔵・中蔵・奥蔵と切妻屋根が連なっています。川沿いの道路に上がり、弁天橋を渡って北(酒蔵方面)へ進めば、月桂冠大倉記念館に至ります。

 

ここは川を下る船に乗って情緒あふれる風景を見ることができます。


 

 

 

 

 

 

 

 

月桂冠大倉記念館

ここが「初酒」のロケ地となった月桂冠大倉記念館です。歴史ある建物で、文化的な雰囲気と味わいを感じさせてくれる心から落ち着く場所です。お酒の資料館として、昔ながらの酒造りに用いられた用具類や明治期のびん詰め酒、広告ポスターなどを展示。月桂冠の歴史、日本酒産業の歩みを垣間見ることができます(開館:9:30~16:30、電話:075-623-2056)。 月桂冠大倉記念館から、酒蔵に沿って北へ進めば、江戸期建造の大倉家本宅(非公開、伏見区本材木町)へと至ります。酒蔵兼居宅として用いられた建物で、表構えには特有の酒屋格子が見られます。この本宅前には、遠見遮断(四辻の四当り)が残っており、伏見奉行所防衛のため街路がL字型に配されています。

 

 

MVより

MVより 色が変わっていたのでこれかなと思いましたが、上から塗装したようです。
月桂冠本社

 

それではいよいよ月桂冠大倉記念館の中に入ります。予約なしでも入れますが、団体さんなどが来て満席になる場合があるので。私は2週間前に予約しました。この日は空きがあったので予約した時間の前の回で観ることができました。色々酒造りに関する道具や書物などを展示していました。

 

 

 

展示物を見ていると月桂冠が日本における酒造りに多大な労力をつぎ込み、心血を注ぎこんできたかがわかります。色々展示物がありますが、ひとつひとつ解説する知識がありませんのでご了承ください。「初酒」初回盤付属のメイキング映像には岩佐さんが、館内を巡り色々お酒について学んでいる様子が収録されています。頭のしわが増え大変勉強になったとお話しされています。

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

アングルは違いますが場所は中庭です。MVではここで紙吹雪を吹かせて、美しい映像に仕上げました。

MVより

 
岩佐さんはこちらできき酒をしました。味が分かるのか、適格に味の違いを言い当てていました。お酒がわずかに入っているお饅頭を食べ、これは普通のお饅頭ですねと正直に答える岩佐さん、思わず大笑いです。。日本酒を飲む女性はかっこいい、私もそういう女性になりたい。岩佐さん二十歳になttあお誕生日のその日の深夜に初酒を頂いたそうです。初酒のお味はどうだったのでしょうか?
MVより

 
 

 

MVより

 

 
MVより

 

 

 

MVより

 
MVより

 

 

 

 

 

 

MVより

 

 

 
MVより
 

 
MVより

酒樽を3つ横に並べた場所の前を歩く岩佐さん、MVにおいて酒蔵を象徴する欠かせない場面ですね。
MVより

 

 

 

 

 

 

MVより

 

岩佐さんが伏見のお水を口ににする場面、メイキングでは「おいしい、緑色に見える」と、これは苔ですと言われて岩佐さん「苔か~い!」
MVより

 

最後に試飲をしました。度数の高い辛いものからフルーティーな甘いものへと順に3州類のお酒を飲みました。外国人も多くいて興味深そうに色々質問していました。年配の職員の方に岩佐さんのことを言ったら、ここでMVが撮影されたことを知っていました。他の人もYouTubeで確認するとお話しされていて私も嬉しかったです。
 
MVより
私は撮影できませんでしたが、因みにこの場面も大倉記念館の中にある場所だそうです。
MVより
 
京町おくど 十二屋
このお酒を飲む場面、撮影場所は「京町おくど 十二屋」でしたが2017年に閉店し、そのあと京町肉どころ 十二屋」として営業しておりましたが、2021年1月31日をもちまして京都伏見を閉店することになったとのことです。 
6/15 京都市伏見区 桃山 ディナー 『京町肉どころ 十二屋』
 
以下はオリコンニュースより一部引用 全文はこちら
 
――怒涛のキャンペーン中ですね。演歌歌手として、様々な場所にキャンペーンをされていますが、AKB48の握手会との違いを感じたりすることはありますか?
岩佐AKB48ではCDショップで握手会をすることがないので、新鮮ですね。演歌歌手としてはまだまだなんですけど、同じように感謝の気持ちを持って握手させていただいてます。「近くに来たから」って初めての方とお会いできたり、前作「鞆の浦慕情」の舞台の広島県福山市に行ったときは、「お帰り」と言ってくださったりする地元の方がいて、すごく嬉しかったです。

――デビューして3年経ちますけど、自分なりの歌い方はつかめてきましたか。
岩佐ポップスでは明るく弾む感じだったんですけど、演歌は感情を深く込めて、ズッシリした感じで歌うように心がけています。1人1人の方の心に届いて、染みるような歌をうたいたいですね。(デビュー曲の)「無人駅」のときは演歌の経験がなかったので、歌詞も難しくてうまくつかめていないまま歌ってしまった部分もあったんですよ。でも今は当時よりリラックスできるようになったと思います。

――AKB48グループで歌っているときにも、あ、これ岩佐さんの声だ!ってわかるときがあります。
岩佐自覚はないですけど、ビブラートが強く出ちゃって、ファンの方に「あそこのパートを歌っているでしょう? すぐわかった」と言われたりしますね。見つけてもらえるなら、それもいいかなって(笑)。

――そんな岩佐さんですけど、もう20歳なんですね。
岩佐そうですね。中1でAKB48に入ってから、もう7年経つんですよ。着物を着て演歌を歌っていますし、「まだ若かったんだ」って言われることのほうが多い気がします(笑)。自分では、20歳はもっとシャキッとしたイメージでした。私は周りに甘えちゃうタイプなので。
 
――大人になったなぁと感じることはありますか。
岩佐タイトスカートをはくようになりました(笑)。あとは、だんだん外に出なくなってきましたね。以前はもっとアクティブで、休みがあると「何をしよう?」と予定を立てていたんですけど、今は家で借りてきた映画のDVDを観たり、録画した番組を観たり。友達と過ごすのも楽しいんですけど、家でのんびりする時間も大切なんだなって気づきました。

――「初酒」はタイトル通り、“初めてのお酒”という、20歳にピッタリの曲になっていますけど、最初の印象はいかがでしたか。
岩佐今までもらった曲調よりも新鮮な感じがしましたね。今までは大人の女性の恋の物語で、等身大の自分ではなかった部分もあったんです。でも、「初酒」は20歳の歌なので、より共感できることも多かったですし、リアルだなって思いました。でも、主人公は男性かなって。初酒を<二人でやるか>って女性からはなかなか出てこない言葉だと思うので。だから男うたっぽく意識しつつも、自然に歌えた気がします。

――ちなみに 岩佐さんご自身の“初酒”はどんな状況だったのでしょうか。
岩佐20歳の誕生日の0時ピッタリになったら、お酒を買いに行くと決めていたので、近所までビールを買いに行って飲みました。炭酸みたいで意外とスッキリしてるなぁって思いましたね。もともとジンジャーエールが好きなので、シャンディ・ガフが美味しいなって思いました。

――歌詞に<涙流して弱音吐く夜>というフレーズが出てきますけど、 そんな夜はどうします?
岩佐イヤなことがあって落ち込んで帰ってきた夜は、すぐに寝ちゃいます(笑)。寝るって素晴らしいですよね。「ダメだ。1週間は引きずる……」と思ったことでも、寝て朝起きたら、「なんであんなに悩んでいたんだろう? たいしたことじゃなかった」ってなるので。悩んでいる方は寝てください(笑)。
 
今回は大阪でのライブに参加する機会に京都を巡り、岩佐美咲「初酒」の聖地巡礼の旅を行いました。今も変わらない美しい京都の情景をバックに展開される「初酒」のMV、実際にゆかりの地を訪れ今一度見返してみて、改めてこの曲の良さがわかりました。岩佐美咲さんが二十歳を迎えて初めて飲むお酒の喜び、希望に満ち満ちた若々しい歌声と明るい表情と共に、いつまでも心に残る名曲として歌い継がれるでしょう。岩佐さんにとってこの記念碑的な作品をどうか皆様もお聴きください。これからも岩佐美咲の応援をよろしくお願いいたします。ありがとうございました。