2007・3・25 山本コータロー、亀戸サンストリートライブ | KONCHAN音楽プロデューサ-のよもやま話

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「朝起きて台風のような状況で、今日はライブ難しいかなと思ったんですけど、リハ-サルをやっている時晴れ間が見えました」「私は大変な晴れ男でして、昔、嬬恋のコンサ-トで拓郎とかぐや姫だけが出演予定だったんですけど、誰か晴れ男がいないかと言う事で急遽私が出演することになり、拓郎とかぐや姫がバスに乗って、私が外でカバンを持って立っているというすごいポスタ-が出来上がりまして」「”走れコータロー”と”岬めぐり”たった2曲で36年、山本コータローです!」と自己紹介があり、3月25日、山本コータロ-亀戸サンストリートライブが始まった。


「今日は40分と言われているけど、乗ったら朝までやるぞ!」と気合い十分。サイドギタ-を引きつれ、ウィ-クエンドの終わりのころの曲で「青空と土と緑と」をじゃんじゃんと元気よくギターを弾き鳴らしたが、あまりに元気よすぎて絃を切った。「1曲目から絃を切るのはこの男しかいない」とコ-タロ-が絃を張る間、話をつないだ。新しいウィ-クエンドでレコ-ディングの予定とのこと。


そして、ファンファ-レとともに「これから始まる大レース・・」。しかし、これは速い。「昔はこのテンポでやっていたけど、これでは死にます」と「走れコ-タロ-、高齢化社会対応バ-ジョン」を歌う。急にトーンが落ち、「ちょっと寂しくなっちゃった」とコータロー。「体を温めるために皆さん手拍子をしましょう」やっと程よい速さになった。「走れ走れ~」(コ-タロー)、「コータロー」(観客)と掛け合い。「心なしか雨も上がってきました」と観客席に張られた微妙な高さのテントを覗き込む。


「ここで懐かしのフォ-クソングをやってみましょう」
「走れコータロー」と同じ年の曲。はしだのりひことクライマックスの「花嫁」。 
「花嫁は夜汽車に乗って嫁いでゆくの~」とここでもお客さんと一緒に歌った。
「走れコ-タロ-」のすぐ後に出た歌。これが売れなかった。「鼻毛の歌」「最低ですねェ」
その代わり大ヒットした歌。チロルの「戦争を知らない子供たち」を歌いましょう。
「大人になぁって」「なぁ~て」「この追っかけコーラス、皆さんでやっていただきましょう」。
亀戸混声合唱団による「戦争を知らない子供たち」でした。


「この曲、私が歌わせてもらっていいのかなあ。ほんの少しだけ」とあの「神田川」。
「あなたはもう、かんだがわ~」とほんのワンフレ-ズ。これは宴会芸に使えそうです。
「物足りない方もおられると思いますのでワンコ-ラス」ギタ-のアンサンブルも美しく、
「若かったあの頃何も怖くなかった。ただあなたの優しさが怖かった」。


「懐かしい歌を歌っているといろんな友達の顔が浮かんできます」「こうせつとも親しくして年に1度くらいは会っていますが、皆が頑張っているといい仕事が来たりします」「中には陽の目を見ずに頑張っている人もいます」という友にも思いを込めて「ミュ-ジシャン」という歌を歌う。

 「私は好きな音楽にどっぷり浸かって、団塊の世代たちと新しいウィ-クエンドで歌いたい」
そしてよみがえった「岬めぐり」。「岬めぐりのバスは走る。窓に広がる青い海よ」

「山本コ-タロ-!」そんな呼び声のなか拍手とともに「コ-タロ-」コ-ルが起こった。


この曲はフォ-ク歌手の集まりでよくフィナ-レに歌うという「あの素晴らしい愛をもう一度」
「最後もみんなでいっしょに歌いたい」とコ-タロ-を囲んで集う様に拍手とともに歌った。 

それなりの歳と思われる人が目を輝かせ、懐かしい思い出の名曲に浸ったこのライブ、
雨もあがり、なぜか心洗われるようなすがすがしい気分になりました。
「また、よろしくお願いします」ステ-ジが終わってコ-タロ-さんと握手をし、
ぎょろっとした目と出っ歯からのぞく笑顔が印象に残りました。
またお会いしましょう。皆さん、山本コ-タロ-さん、この感動をありがとうございました。  


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