今は当たり前に思われていることも、その確立までには先人の様々な苦闘、工夫があったというものは決して少なくありません。
また、今は確定的なものであっても、近い将来、何らかの変化が起こる可能性の高い事柄も少なからず見られます。

例えば、わが国の損害賠償法において、家事従事者の休業損害・逸失利益の評価は原則として、女性全年齢平均賃金によるというのが確立した判例の規範ですが、最高裁で確定したのは昭和49年のことで、昭和40年代においてさえ、家事労働を経済的に評価せず、家事従事者の逸失利益を否定した裁判例が存在したのです。
家事労働を経済的に評価することが定着したのは、多くの先輩方の主張が裁判所の心を打ち、社会に波及していったことの成果といえるでしょう。
さらに、今後の議論としては、家事労働=女性という図式が当てはまらなくなった今日、「女性」全年齢平均で評価するのは相当か、ということがあります。
先人たちの精神を偲び、積極的に検討すべきでしょう。
1月下旬から大変寒い日が続いてきましたが、今日は少し暖かくなり、ひと安心しました。
日差しにも力強さが感じられ、一歩ずつ春がやって来ていることが分かります。

事務所の方でも、今まで遅れがちになっていた幾つかの作業をだいぶんまとめて進めることができました。

やはり、あまりにも普段より寒いと、心身の働きまで鈍くなりますね。知らないうちに余計な気力、体力を使うようです。

まだまだ寒の戻りもありそうですし、インフルエンザ等も流行っているようですので、用心しつつ頑張って行きたいと思います。

交通事故に遭われた被害者の方は、いろいろな症状を主張されることが少なくありません。特に、他覚的所見のはっきりしないケースではよくあります。
その原因としては、おそらく、①何が原因かいつどのくらいまで治るかが分からず不安であること、②そして実際にあちこちが痛く、ひとつの症状が和らげば他が気になり出すということであろうと思います。

そのような場合、正直に症状を主治医に話すこと自体は良いのですが、一番辛い症状、そして一番後遺障害等級として認定されやすい症状がぼやけてしまい、結局、本当は辛いのに等級非該当に終わってしまうおそれがあります。
ですから、核になる症状は一貫してはっきりと伝えること、そして等級認定されやすい症状(例えば頚椎捻挫、腰椎捻挫など)を中心に主張し、治療を受けることが大切です。

「図と地」といいますが、あまりいろいろな症状を主張することは、肝心の図を地に埋もれさせてしまうおそれがあり、注意が必要です。
金曜夜、難波で星光学院の士業OB会(星光士業の会といいます)があり、私も参加してきました。
私が参加者の中では最年少でしたが、母校の校歌に因む私の事務所の命名を、先輩方は快く受け入れて下さいました。有難いことです。

弁護士以外に、会計士、税理士の先輩方も来られ、今後の活動の方針などについても、少しお話をしました。
その中で、OBが現役の中高生の前で仕事のことを話す機会を持とうかという話もあり、私も興味深く思いました。
ともすると、中高生には社会人の仕事内容をはっきりイメージすることもないままに進路選択をしてしまうため(私自身、10代の頃を振り返るとそうでした)、そういう機会は大変有意義であると感じます。

先輩方とのお話の中で、大人が中高生にそのような話をするには、本質を外さず、深い話をやさしくすることが大切だということが出ました。
主題はやや異なりますが、最近話題になっています吉野源三郎氏の『君たちはどう生きるか』はまさにそれに成功した例だと思います。
そのような営みには、大変な知性を要すると思います。
亡くなった父がよく、「難しいことをやさしく話すのは至難の業」と言っていたのが想い出されました。


2月に入り、もうすぐ開業から1か月です。
感じとしては、もう3か月くらいやっているような気がします。全く勝手の違う働き方になり、慣れないことだらけで毎日がエクサイティングなためでしょう。

事務員も雇わずに、完全に一人で何年も事務所を運営しておられる方は、弁護士の中でも最近は少なくないようです。
一人で運営するのは、何役も同時並行になりますので、その点で精神的なエネルギーを結構使います。
一歩ずつ進めながら、より良いやり方を見つけていくように頑張ります。