自賠責保険の等級認定と、その後の訴訟での裁判所の認定が異なる結果になることは、多いとはいえないまでも、決して稀有とはいえません。
また、等級としては自賠責保険の認定を相当とするものの、労働能力喪失率はこれと異なる結果を出すという例もあります。

このような違いは、自賠責保険がいわば形式的・自動的な認定をするのに対し、訴訟では基本的に、実質的・個別的な審理をした上で認定をするために起こるものです。
実質的・個別的な審理の結果、当該被害者の後遺症の態様・程度が自賠責保険の等級とは異なると評価された場合、独自の認定を出すわけです。
ただ、自賠責保険よりも上位の等級認定を実現されるのは、非常に難しいのが事実です。
交通事故でもその他の人身損害でも、後遺障害といえば、基本的に一生完治しないものという前提で議論されます。
しかしながら、人の回復力というものはなかなか分からないもので、医学的には回復困難と思われた症状が、全快やそれに近い状態になることも耳にします。
交通事故の後遺症とは違いますが、戦前には不治の病と言われた結核でも、特に初期症状の段階なら、きれいに治った例も聞きます。医薬によらずに治してしまうことさえあるようです。

ですから、交通事故などで後遺障害を残した方々も、将来を悲観せずに新しい毎日を歩まれるのが良いと思うのです。
ただし、どこまでの回復があるかは極めて不確実であることもまた確かです。また、等級相当では評価され尽くせないほどの損失を生じているケースもしばしばです。
そこで、被害者の方々が、少しでも安心して新しい毎日を歩めるよう、適正な補償を目指して私たちは日々の仕事に励んでいるのです。
先日、「壮年老い難く業成り易し」などという漢詩モドキを書きましたが、中年以上でいわゆる「年を感じさせない」人は少なからずおられます。

生物的な年齢を重ねても知力・体力・気力が旺盛で若々しく、チャレンジ精神に富み、業績をあげる方々は、総じて人の目につかないところで努力を積み重ねておられるようです。そしてそのような努力の背後には、自分はまだまだこれから、という確信があるのだと思います。

人の寿命は120歳とも125歳とも言われます。40歳ならまだその3分の1、50歳でも4割生きたに過ぎません。70代でも6割程度でしょう。
ですから、若々しく活躍を続ける中高年、高齢の方々の努力・自身も正しい根拠があることだといえましょう。
65歳以上を高齢者と扱う、労働可能年数を67歳までとするが如き運用も、根本的に見直す必要があると思います。人の寿命から考えても、その半分が老齢とか、就労困難な心身の状態になるというのはおかしくないでしょうか?


後遺障害14級9号の場合、労働能力喪失年数は概ね、2年ないし5年とされます。

2年と5年では、金額的にも相当大きな差が生じますので、その年数を巡って一大攻防が繰り広げられます。
症状の重さ、仕事への影響の大きさ、収入の減少の程度などを主張立証していきます。
私も気が付けば今年の夏で満40歳となります。
中年、人生の折り返し点等と言われる年代ですが、私はまだまだ上昇途上、守りに入るつもりなど全くありません。

古今東西、中年以降に偉業を成し遂げた人物は決して少なくありません。その代表格は、わが国の伊能忠敬翁、西洋のハインリッヒ・シュリーマンでしょう。
伊能翁は全国津々浦々を自らの足で歩いて精確な日本地図を作成し、シュリーマンは神話伝説に過ぎないとされていたトロイの遺跡を発掘し、その実在を証明したのです。
伊能翁もシュリーマンも、当時としては画期的ー否、破天荒ーなことを40代以降に始め、世間的には老年と言われる年に至って完成させました。
若い頃からの確信と理想が絶えなければ、そのようなことも可能だと思います。

このような人物を偲ぶことで、40歳を目前に、したいことのまだ100分の1もしていない私も、心が揺さぶられるものです。

必成
壮年老い難く 業成り易し
一寸の光陰 是当に楽しむべし
実現す 池塘春草の夢
階前の梧葉 再び青青

朱熹の「偶成」からヒントを得た漢詩モドキですが、実は朱熹の本音はこうだったのでは、とも思います。
朱熹は世界最大級の哲学者の一人です。そんな男が、マンガに出てくる校長先生のお説教みたいなことを書き連ねて、それでよしとするでしょうか?