地震などの災害が起こった時、必ずといってよいほどつきまとうのがデマです。
「何時に大きな余震が発生する」といったものから、「動物園から猛獣が脱走した」、「外国人が犯罪や暴動を企てている」などヴァリエーションは幾つもあります。
最近では、ネットを通じてものすごい勢いで拡散し、それがさらなる混乱を招くことが少なくありません。

そのようなデマが流れるのは、漠然たる不安の充満が主たる原因でしょうが、意図的にニセ情報を流す不心得者も残念ながら実際に存在します。
大変な時であっても、ふと深呼吸して考え直してみる必要がありましょう。

今回の大阪地震では,何人かの方が不幸にも命を落とされる結果となりましたが,亡くなったのが子どもさんとお年寄りだったということが,何とも痛ましく思われます。

 

犠牲になった小学生は,学校のブロック塀が倒壊し,その下敷きになってしまったとのことです。問題のブロック塀は,報道によれば高さ3・5メートル。1・9メートルの基礎部分の上に1・6メートルのブロック塀が積まれた構造だったといい,その高さや構造は建築基準法違反の状態であったようです(学校の設置者である高槻市が,そのような見解を示しています。)。

従来,安全点検で見逃されたままであったようですが,このような建造物は各地に幾つもあるのではないかと思います。

 

人はどうしても,まさかそんな大した事故は起こらないだろうと安易に考え,本当は危険なものでも見過ごしてしまいがちです。今回のブロック塀のように,一見それなりに頑丈そうに見え,これまで長い間,多少の地震や台風などでは破損することもなかったものについては猶更そうでしょう。

事案は異なりますが,例えば飲酒運転やスピード違反,違法薬物の摂取を繰り返す人たちの心理にも共通するところがあるかもしれません。

世には「幸にして免るるかな」の何と多いことでしょうか。われわれは心しなければなりませんね。

 

本日朝,私も住んでいます大阪府北部を中心に大きな地震が発生しました。

私の家とその周辺には,それほど目立った損害もなかったのですが,数名の方が命を落とされ,けがをされた方はさらに多数に上ったとのことです。

まずはお悔み申し上げます。

 

鉄道の多くが運休をしたため,私は本日,大阪市内の事務所に行くこともできず,また,断水もあり,普段感じることのない不便さも幾らか体感しています。

改めて,文明の脆さを考えさせられることとなりました。

開業から数か月,特に分野を限定していないこともあってか,幸いなことに様々な分野のご相談を受けることが多くなりました。

改めて,規定どおり,教科書どおりにいかないことが殆どであることを痛感させられます。だからこそ,法律家に相談に来られるのでしょう。

 

法的に通る可能性のある話か,実現可能性のあるケースかといったことは当然考えなければいけませんが,いろいろと悩みどころの多い話だからこそ相談に来られたのだということを再度認識したうえで,事件処理に当たっていきたいと思います。

疑問や迷いの生じたときは,原点に戻りつつ・・・

開業からもうすぐ半年、仕事とお金の計算に追われる日々ですが、最近、また漢文・漢籍を読んでいます。
読んでいると、気が鎮まり、一段階高い世界に進めるように思えるのです。
弱冠の頃一通り目を通した李白を読み返し、併せて杜甫、我が国の菅公や近代では漱石の詩を最近ではよく読みます。

王維の竹里館につき、只二十字のうちに優に別乾坤を建立している」漱石が言った気持ちが、百分の一くらいわかってきたように思えます。