
先日、奈良県の橿原市に所用で出掛けました折、久米寺にお詣りさせていただきました。
久米寺には、「久米仙人」の話が伝承されています。
飛鳥時代、神通力を得て空中を自由に飛行していた大和国の久米仙人はある時、川で洗い物をする若い女性の脹脛を目にし、この女性に心を奪われて神通力を失います。
彼はその後、その女性と結婚して普通の男性として生活しますが、平城京造営(藤原京造営、或いは東大寺の大仏建立という説もあります)に際会し、一介の人夫としてこれに参加しました。そうしたところ、監督の役人から「お主も仙人ならば、山から材木を都まで飛ばせぬか?」とからかわれ、そこで一念発起、七日七晩の修行の末、ついに神通力を取り戻します。
そして、その神通力を利用して吉野地方から材木を奈良の都に飛ばし、おかげで首都計画は大層はやく進んだとのことです。
このことが時の天皇のお耳に達し、天皇から仙人は免田(免税の田畑)三十町を賜ります。仙人はそれを己の財産として独占せず、お寺を建てた、それが今の久米寺であると。
これはもちろん、そのまま史実とは考えられないお話です。しかしながら、この中には人として、また日本人として、とても大事なことが隠されているように思います。そしてあくまでも私の臆測に過ぎませんが、何かもとになる事件が実在したのだろうと考えます。
例えば、材木商人、あるいは宮大工の親方としてその名を轟かせた男が愛する女性のために、何らかの理由で全てを失ってしまったというような事件です。彼はその後、一般庶民として平穏な生活を送りますが、国家の一大プロジェクトに際して一念発起し、天皇のみ心に副ってその才能を復活させて国のため、人々のために善用したのではないでしょうか。さらに、天皇から賜った免田もおのが有とはしなかった訳です。
久米仙人として伝わるこの男性は、比類なき何らかの才能を持ちながら、愛する女性のためならばそれを失うことを厭わないという、自分の心に正直な生き方をします。しかしながら、天皇の思し召しとあらば、持てる力を甦らせて出しきり、国のため、民のために大きな功績を上げるのです。その上、お褒めに与っていただいた財も惜しみ無く寄進します。件の女性とは仲睦まじいようで、他の異性に目移りしたといった話もありません。
このように考えますと、「久米仙人」の逸話は極めて奥深いのです。
久米寺は、若き日の空海とも縁の深いお寺です。空海の時代には、或いはもとになる話がまだ正確に伝わっており、若き天才沙弥は「久米仙人」と後に呼ばれることになる人物の中に、日本人のあるべき姿、また大乗仏教の理想を見出だしたのかも知れません。
人を恋ひ 人に還りし かの人は
皇国(みくに)を思ふ 日の本の人
