最近、朝はあまりお腹がへらなくなり、玄米フレークやらクラッカーをちょっと口に入れて終わりにすることが増えた。
いや元々は朝ごはん大好きだったんですけどね。
いろいろ聞くと、空腹感を感じてから食べるというのはとても大事だというし。
そうはいっても旅行中は別、ホテルの朝食はそれ自体が楽しみであるからして、朝食付きならスキップはあり得ない。
が、ほら、京都の宿高いから素泊まりにしたし(というか、そもそも素泊まりしかやってないホテルだし)、どうしようかなと思ったら猛烈にお腹が減ってきて。
で、普段はやらない「喫茶店でモーニング注文」というのをやって(チェーン店じゃなくて地元のお店)、
非日常感を満喫し、
それから、本日の唯一にして最大の目的地である二条城へ向かったのであった。
ツレのおススメ、コドモ(↑)もイチオシの人気スポット二条城はじっくり観ようと決めていたので音声ガイドも借りて進む。
唐門の豪華絢爛ぶりをご覧あれ。
もうこれだけで徳川の栄華がわかるというものである。
コドモ(↑)に実況中継しつつ同意も求める。
国宝二の丸御殿(写真撮影禁止)には、慶喜公が大政奉還を表明した大広間(大河ドラマの撮影に使えるやーん!って思ったけど、使わんわ!)や、四季折々の風物が狩野派の手によって描かれた襖の数々や見事以外の言葉が見つからない欄間の彫刻、繊細な飾金具(襖の引手や長押の装飾に使われている)などなど、「立ち止まらずにご覧ください」と言われてもこれが立ち止まらずにいられるかーい!の見ごたえであった。
歴史を改めてひも解くと、二条城は家康が築城の命を発し、大阪夏の陣冬の陣では出陣の地となり、1634年に三代将軍家光が入場した、とあるが、その後将軍は江戸城を居城としたから、次に将軍が入場するのはなんと200年以上後の1863年、14代家茂とのことで、そうするとその間いったい誰がこの、後に世界文化遺産となる壮麗な城に住まったのか・・・というのが私の疑問(住んでたのは管理人だけ?)。どこかに書いてないかと検索してみたけどまだ答えは得られていない・・・(ということは、歴史に名を残した人物は住んでいないということなのか。誰か教えて)。
明治維新後、内閣や陸軍省が置かれたのちに、二条城は皇室の別邸となる。なので、二の丸御殿の装飾には、三つ葉葵の御紋の上から菊の御紋が被せてあるようなものもある、というのが印象に残った。なるほどなー。江戸城も皇居になったしね。徳川家の無念はいかばかりか(「篤姫」で宮崎あおい演じる天璋院が江戸城を後にする場面が浮かんだ)。
特別名勝・二の丸庭園は書院造庭園で、今の姿は大政奉還後に整備されたものだそう。
他にもいくつか庭園はあって、
婚礼も行われていた。
ええなー。
会社の若い人に「二条城ウェディングどう?」って勧めようかと本気で思った(←うるさいわ!)
まあそんなこんなで、通常見学時間1時間から1時間半とされる二条城に3時間以上も居座り、調子にのって入場記念符(お寺じゃないから御朱印はない)を手に入れた。
今回の名所旧跡巡りはこれで終わり、あとはお土産買って、京都駅で写真撮って新幹線車内でお弁当食べて帰りましたとさ。
あ~~~~~~、
楽しかった。
一人旅最高~~(なのは帰るところがあるが故なのもわかってはいるが。でもまた行く。きっと行く)。