うちには家の西側に幅50センチくらいの庭というか通路というか・・があるのだが、あるときツレが

 

「雑草伸びとるよ」

 

とか他人事のように言うのを、

 

何で私に言うねんオマエが黙って草抜けや!

 

と内心思いつつ聞こえないふりをしていたら、こともあろうに除草剤を撒くという暴挙に出やがったので、

除草剤のニオイも撒いた後の死んだような土もキライ

速攻で顆粒状の除草剤を回収廃棄して草を抜き・・・以来そこの草取り(というか全部の草取り)(というかめんどくさいこと全部)はなし崩し的に私の担当になった、ということがあった。

 

ここを何とかしなくては!と重い腰を上げたのがひと月前、

 

そこから芝やら雑草やら深く根を張った草を抜き、ホームセンターに出向いて数ある防草シートの中からAIおすすめのものを選び、

 

 

 

手作業で整地してなんとかこれを敷く。


この整地という地味な作業にプロとの差が出る(と後で気づく)。

 

次にどうするか。

 

ホームセンターで見かけたプレートや砂利やらをAIに投げてイメージ画像を作ってもらい、



決してメインではない庭のこの部分に果たしていくらお金をかけたものかとうんうん唸る私の背中を押したのはまたしてもAIの、

私ならこうします

という力強いアドバイス。

ようやくプラン確定し、プレートはホームセンターに、砂利は通販に注文を入れる。

 

プレートがようやく届いたので梅雨の晴れ間に作業再開。

土の凸凹をならすために真砂土(まさつち)を敷き、



そこから、7.5センチ間隔でプレートを並べていく。



数枚敷いた時点で汗だくになる。

 

全部敷き終えたところ。


砂利はまだ届いていないので、今回はここまで。

 

結構達成感がある(ついでに疲労感もある)。

一つできることが増えた感もある。

全部1人でやりましてん。

AIではできない仕事って結局は肉体労働じゃない?みたいな気持ちにもなった。


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

ミヤマキリシマ、という植物がある。

命名者は植物学者の牧野富太郎。

 

この群生地の一つがくじゅう連山で、今年こそは!と6月初旬にyamakaraツアーに参加。

今年5度目のくじゅうである。

3回はスキー、1回は雪山。

これまでになくくじゅうづいている2026年。

日本語合ってる?

 


わかりづらいが、中央建物の背後の山肌がピンク色になっている。

 

今年はミヤマキリシマの当たり年、となると、みんな考えることは同じなので駐車場は大渋滞&路駐の列、


を、何とかすり抜けて男池(おいけ)登山口から登山開始。


なんで山に登るんだっけ、


無になるため。

 

目に鮮やかな苔を眺め、澄んだウグイスの鳴き声に耳を澄まし、雑念を追い払ってひたすら歩く。


令和2年の水害で景色が変わってしまったソババッケを通り、

土砂で標識が埋まっている。

何度聞いても

えっ?

となる大戸越(うとんこし)を通過して、


目指すは平治岳。
残念ながらややガスがかかってはいるが
無事到着。


念願叶って一面のミヤマキリシマを堪能することができた。

ガイドさんによると、ミヤマキリシマは火山ガスに強いので他の植物が枯れる中生き残り、自然にこのような景観が生まれるのだそう。

そこからはしとしと雨も降り始める中、てくてく歩いて法華院温泉山荘♨️に到着。
冬山のときは3人部屋だったけれど、今回はハイシーズンということもあって大部屋泊。

大部屋って、どれくらい…?

と思ったら、

これは大部屋のほんの一角であって、10人一区画×10区画あるので、なんと100人部屋なのであった。

が、噂に聞く「互い違いに寝る山小屋」でもなくて、ちゃんとそれぞれ布団はある。

100人一緒に寝るなんてもう2度とないかも…と思いつつ、しっかり寝た(我ながらびっくり)。

翌朝、ざあざあ降り、
なのでガイドさん判断で大船山アタックは取り止め、
参加者皆登りたい意欲喪失、

結構な雨の中、坊ガツル湿原をてくてく歩き、
オオヤマレンゲ

樹林帯を抜けて、

タデ原湿原を抜けて、

長者原登山口に到着。

温泉に浸かった後で長者原ビジターセンターに行ったら、くじゅう連山についての展示が充実していて、知っているつもりでも実はわかっていなかったことがいろいろわかってとてもよかった。

野焼きをしないと、日本の温暖湿潤気候のもとでは森が草原を侵食してしまう(ので、草原は消えてしまう)こと、とか。


湿原といえばまず尾瀬が浮かぶけれども九州から尾瀬は遠い、でも九州にはくじゅうがあるよ、と改めて思った2日間。












 

 

 

 


 

 

 

 

 

今期唯一見続けているドラマは「銀河の一票」。



以下公式サイトより:

 

主演・黒木華、野呂佳代と初タッグ!
政治の世界で生きてきた女性×市井生きる女性——
出会うはずのなかった2人が目指すのは…

東京都知事!?


政界を追い出された主人公が
“選挙参謀”として“政治素人のスナックのママ”を
スカウトし、都知事選に挑む!

異色のバディがお届けする、
新たな“選挙エンターテインメント”が開幕!

 

昨年突然、政治のことちゃんと考えなアカンと思い出した私のような人間にもうってつけというか、非常によく練られていて各回2度は観ている。

(Netflixでは全話配信中)

 

で、これがカンテレ制作で、プロデューサーは佐野亜裕美氏。

 

佐野亜裕美といえば、と、私の中でもう一度観たいドラマベスト10に入るであろう「カルテット」、




を、現実逃避というか憂さ晴らしというか、そんなもろもろを込めて一気見したところ、

 

ストーリーを完全に忘れていたことに気がついた。

 

えっ、

あんなに熱中して観たはずなのに???


記憶の通りだったのは吉岡里帆の怪演で、吉岡里帆恐るべしと思った。

 

・・・命を懸けてドラマ作ってる人たちになんて失礼な、と思いながら、次にこれも佐野亜裕美代表作のひとつである「大豆田とわ子と三人の元夫」を観たら、



 

綿来かごめの存在自体が記憶から飛んでいた。

 

市川実日子演じるかごめという存在(と喪失)は、この作品の非常ーーーに重要なモチーフなのに、いったい私はリアタイ視聴時には何を見ていたんだよおおお、っと、自分で自分に突っ込まずにはいられない。

 


第7話で、オダギリジョー演じる小鳥遊大史が、かごめを一人で死なせてしまった、という感情を持ち続けているとわ子に言う、

 

人間は、現在だけを生きてるんじゃない、5歳、10歳、20歳、30、40、そのときそのときを人は懸命に生きてて、それは別に過ぎ去ってしまったものなんかじゃなくて、あなたが笑ってる彼女を見たことがあるなら、彼女は今も笑っているし、5歳のあなたと5歳の彼女は、今も手をつないでいて、今からだっていつだって気持ちを伝えることができる。人生って小説や映画じゃないもの。幸せな結末も悲しい結末もやり残したこともない。あるのはその人がどういう人だったかってことだけです。

 

作品が量産される今の時代は消費スピードが恐ろしく速いので、いやいやいやいや、脚本も映像も音楽も、作り手は命を削って生み出してるんだよ、ちゃんと咀嚼して解釈して理解して自分の中にものにしたいし、「おもしろかった」という感想しか残ってないってそれってどうなの・・と思うけれども、そうするとどの作品も最低3回は観ないと、ということになり、観るものは厳選しないとなと改めて思う5月の終わりである。

 

******

ずるずると実家に置いたままになっていたウエディングドレス(私のと妹のと2着ある)を何とかする前に娘ちゃんに着せてみた。


(これは妹の)

(娘ちゃんはボディがナイス)

 

着れるや~~ん!と盛り上がる私と母。

本人はいまいち盛り上がらない。

もっと盛り上がれー。

 

記念撮影が済んだので処分することにした。

 

私のは捨てるのは忍びなくしかし時間が経ってシミも出ているしいったいどうしたらものか…そうだ!スカート部分をピアノカバーに転用できる!と大発見した気になったが、


そもそもめったに弾かないピアノを何とかするのが先なのであった。

(断捨離の基本のき)


断捨離もまだまだ道半ばであーる。

 

 

 

 

服を選ぶのがめんどい。

毎朝めんどい。

 

・・・という時期と、おしゃれが楽しい~という時期が交互にやってきて、ここ2年くらいはめんどい期。

 

山登りの服というのが極めて機能性が高く丈夫で軽くて動きやすいので一度着たら手放せず、仕事にまでそれで行ってしまう昨今、

 

なのに。

 

今年の1月だったか山登り師匠のはっちゃんとカオリちゃんと温泉施設でまったりくつろいでいたときに、おもむろにはっちゃんが、

 

「お着物着てお出かけしましょう!」

 

と言い出した。

なんでも昨年着付けをマスターしたそうで、カオリちゃんとはお着物で南座行ったりしたらしい。

 

ちょっと着物着る余裕ないわ~

と、その時は答えたのだったが、その後実家に行ったら何枚かの着物が箪笥に眠っていて、

 

「なんかもったいないなあ」

 

と思ったのがそもそもの始まりで、

 

「ちょっと着てみようかと思う」

 

とつぶやいたらさっそくはっちゃんが着付教室をいくつか案内してきた。

いつもながら行動が早い。

 

そんなこんなで背中をぐいぐい押されて試しにほぼ無料に近い着付教室の体験に行ってみたら、そこはやっぱりというか当然というか着物を買うのが前提の学校で、そうでないと商売成り立たないのはわかるのでまあ買ってもよいかなと一瞬思ったが、私は続けるかどうかわからない趣味にお金はできるだけかけないのが信条なのと、今のタイミングでは買いたくないのと、それと、買わないまま居座って習うというのはやりたくなかったので、ここはレッスン8回分4000円を払ったものの一度も行かず脱落。

 

でも体験でちょっと感じはわかったので、実家にある道具をかきあつめてYouTube動画で練習しまくった。

 

このすなおさん、数年前に一度着付けに挑戦しようかと思ったときに発見して、若い人がこんなわかりやすい動画上げてくれるなんてなんていい時代!と思ったことがあったのだったが、あれから5年以上、着物系YouTuberの頂点に立っていた・・・だけでなく会社経営するばりばりのビジネスパーソンであった。

 

「箪笥の中に眠っている着物を循環させたい」というのが動機なんだそう。

 

初期のころは同業者からの嫌がらせもあったそうで(ノウハウを公開したら着付けを頼む人がいなくなる)、呉服業界の闇みたいなものもあるようだったが、今は自分の着付け教室も通販もメーカーとのコラボもやっていて、全くもってあっぱれなのであった。

 

何の分野でも先駆者となる人はすごい。

 

さて、そのわかりやすい動画をもってしても「きちんと」着れているかというのはやはりプロに見てもらったほうがよいわよね・・・ということで、このGW、個人の着付教室の講習を受けた。

 

感想。

 

実際に習うというのはやはり価値がある。

 

ポイントがばっちりわかる。

楽しい。

いろいろ相談ができる。

(浴衣の丈が長いのをどうしたらいいかとか)

 

帰宅して練習、

翌日も練習、

翌々日も練習、

 

というのが今年のGWであった。

 

さて、民族衣装を着れるようになったとして、果たして行くところあるんだろうかーーー

という問題はあるものの、とりあえず今年の夏までに着て出かけられるようになろう。

 

GWそのほかは、

 

 

お風呂の掃除しようとしたら猫がドア前を陣取っていて、

 

 

終わって出ようとしたらドア前で待ち構えていた。

犬みたいな忠猫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うちの息子くんはこの春めでたくアルバイトから正社員になったんだったなあ・・・と勤め先であるITベンチャーのサイトを久々に覗いてみたら、「メンバー」のところに

 

エンジニア

 

という肩書がついて載っていた。

 

エンジニア

エンジニア

エンジニア

 

か、

かっこええ・・・(←親バカ)

 

と、いまひとつやる気が出ない停滞状態から何なら鼻歌でも歌おうかというテンションの上がりよう、つくづく私ってちょろい・・・と思いつつ、続けてコーポレートサイトを眺めていたら、「大切にしている6つの価値観」のひとつに、

 

ATIで動く

 

という項目があった。

 

その説明:

チームの課題に対して圧倒的当事者意識(ATI)をもって動こう。さらにその範囲を広げ、会社や事業全体の課題を見つけ主体的にアクションしよう。

 

ATI=圧倒的当事者意識 ?

Attouteki Toujisya Ishiki   ?

 

に、日本語なんかーい!!

 

と笑ったのもつかの間、この言葉はひょっとしたら、仕事の詰めが甘いメンバーに改善を促したいときなんかに、

 

「キミ、もう少しATIを持つようにしてみて」

 

なんて使い方をするのかもしれず(「あなたは仕事の詰めが甘い」というよりはソフトかもしれない=改善を促せるかもしれない)、

 

うまい!

 

と感心した。

言葉って大事。

 

圧倒的当事者意識、私も使ってみようかな・・・。

(まず自分が確実に持たねば)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう30年近く前になるけれど、四谷にキッチンエリーゼという洋食屋さんがあった。

 

カウンター席ばかり10席ほどの小さなお店で、揃いのコックコートを着たシェフが数人、トトトトト・・・とキャベツを刻んだりフライパンを振ったりてきばきてきばきとオーダーをさばいていくのが間近に見えた。

 

その頃私は4年勤めた会社を辞めて再度上京して、四谷にあった学校の夜間クラスに通っていたが、授業の前にときどきこのキッチンエリーゼで晩御飯を食べるのがささやかな贅沢だった記憶がある。

 

ほぼ毎回頼んでいたのがビーフトマトという、薄切り牛肉と玉ねぎとトマトを煮込んだ一皿で、ビーフシチューほど重くなく飽きのこない味で、九州に戻った後も幾度となく思い出しては作ってみたり(でもちょっと違う)またあのお店に行きたいなと思ったりしていたが、ある時検索したら、キッチンエリーゼは既に閉店していた。

その後シェフの一人が独立して別の店を構えている、という噂もあるようだったけれど定かでない。

 

もうお店のビーフトマトは食べられないのか・・・と心寂しくクックパッドを検索したら、同じようなことを考えている人がいたようで再現ビーフトマトのレシピが載っていた。

 

「四谷にあった洋食屋エリーゼの人気メニュー「ビーフトマト」を再現してみました」と書いてくださっている。

 

ということで、今日はちょうど薄切り牛肉とトマトがあったので晩御飯はビーフトマト。



毎晩ちゃんとしたご飯が食べられるような生活がしたいわ~としみじみ思う今日この頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とうとう「ばけばけ」が終わってしまった。


前回の予想は見事に外れ、凡人の素人が展開予想なんて安易に書くんじゃなかったと、穴があったら入りたい。


錦織は思いもよらない形でリテラリーアシスタントとしての役割を全うし、ヘブンは最終週の火曜日に亡くなり、最後の最後までどう着地させるのか読めず、


が、見事に、実に見事に物語は完結し、


脚本家も制作チームも演者の方々も素晴らしい!と拍手喝采し、NHK ONEで繰り返し繰り返し最終週のエピソードを観てその度に泣き、これまでの夫婦の何気ない日常をしみじみ思い返したときにふと、



今日って結婚記念日じゃなかったっけ???

ヘブンとおトキのじゃなくて、うちのね



完全に忘れていた。

しかも、何年経ったのか咄嗟にわからず、2026-1998と引き算してようやく28周年と認識する始末である。

ちなみにこれまで結婚記念日を祝ったことはない(私は別に祝いたいと思わない人種)。


まあ、うちは、あらゆる好みが一致しないので(じゃあなんで結婚したのかと聞かれれば勢いで、としか言えん)、ばけばけを話題にしたことはただの一度もなく、絶対に一緒には楽しめない自信はあるー!

ツレが好きなのはグルメ番組と相棒とキントリ


さて、昼寝を済ませて一階に下りてきた私にツレがニコニコと嬉しそうにかつ自慢げに見せびらかした本日の収穫は、


福岡むなかた牛ユッケ

この場合の返しの正解はもう間違いなく「わ〜!美味しそう!」
なのだが、私はユッケに情熱を傾けられない性質であるからして、
「ふーん、よかったねー」
と棒読みで返し、こういうやりとりを思えば28年繰り返してきたなと思うなどする結婚記念日であった。



















半年間息を詰めるようにして見続けてきたばけばけが終盤にさしかかり、脚本家はいったいこの物語をどこに着地させるのだろうか、と、病に倒れようとする錦織(演じる吉沢亮はこのために1ヶ月で13キロ体重を落としたらしい)を見て悶々としていたが、ふと、


錦織は、literary assistantとしてヘブンを「怪談」の執筆へと導くことでその生を昇華させるのではないか


との思いが湧き上がり、視界がさあっと開けるような気がした。


没落した武士やら借金やら売られた娘やら長屋暮らしといった人生のうらめしさをこれでもかと描写しながら、でも、登場人物のそれぞれに


「生きてきてよかった」


という瞬間を必ず設定している脚本家が、報われることの少なかった錦織という人物に与えうる最上の喜びがあるとするならそれであろうと思っている。


・・・などということを、おそらくここに来てくれる方の中にばけばけの熱心な視聴者はいないだろうから書いても差し支えなかろうという気持ちと、後出しじゃんけんにならないように今のうちに書いておきたいという気持ちの両方から、書くことにする。


松野トキが雨清水トキになることは史実から明らかで、そうなると丑三つ刻にかけてるわけね!と序盤から思ったのだったが、そのことも書いとけばよかった! ←ばけばけにハマり過ぎ


志半ばで倒れた若い人の無念を我が身に引きつけて考えることは難しいくらい年を重ねてしまった今、あなたの人生には大きな意味があったよと、錦織と、そのモデルとなった西田千太郎という人に伝えたくなる。


今年、娘ちゃんとスキーに行くという目標を達成したところ欲が出て、マイスキー板やマイブーツが欲しくなった。


私のモットーとして、

「続けるかどうかわからない趣味に新品の道具は揃えない」

というのがあるので、当然ながら物色先はメルカリで、それでこの一ヶ月、ブーツを買いスキー板を買い、が、なにぶんわかっていない素人が見た目で選ぶと、買った後で、あれ???となり、Copilotに相談しているうちにKAZAMA、OGASAKA、HEADといったメーカーやビンディング、解放値、ソール長、フレックスなどなどの用語の存在を知り、その結果買い物失敗したと悟りCopilotに慰められ、その次からは目星をつけた品を先にCopilotに相談するという手順を踏み(なかなかに的確なアドバイスをくれる)、失敗した買い物(モノが悪いのではなく初心者向きでない)はまたメルカリで売り…ということをやっていると当然手元に残った道具を実践で試したくなるわけだ。


娘ちゃんは、

来年また行きたいな〜」

などとつれないので、三連休の最終日、一人で九重森林公園スキー場を再訪する。


この春の陽気の中果たしてスキーはできるのか、


って、道中雪なんぞ一欠片も見当たらないが、本日スキー場は芋の子を洗うような大盛況である。


それはね…


スタッドレスタイヤがなくてもスキー場にたどり着けるから…


その気持ちはよくわかる!


九州住みでスタッドレスタイヤを準備するのは、ちょっと覚悟がいるというか、「つけたからには無理してでも凍っている道路を探して走らなくては元が取れない」みたいな強迫観念に苛まれることが容易に想像されてハードルが高い。

が、スキーにいつでも行けるように来季はスタッドレスにしようかと一時は本気で考えた。


まあ、ノーマルタイヤで来られるということはつまり、台湾かき氷ではなく昭和の夏休みにさんざん食べたかき氷みたいな雪の上を滑るということを意味するのであるが、九州でスキーをするというのがそもそもそういうことである。


さて、今日は集中して上達するぞっと決意して(娘ちゃんに次のステップを教えなくてはならないし!)スクールに申し込んで集合場所に向かうと、「ハの字で止まることができる」レベルの初級クラスの生徒は私ともう1人しかおらず、またまたほぼマンツーマンで習えるという幸運に見舞われた。


ちなみにそのもうおひとかたは、小学生の息子さんがスクール入りまくってじゃんじゃん上手くなっているのでアナタも頑張れと奥様からスクールに入れられたお父さんであったが、なんでも奥様は北海道出身でもともとスキーが上手く、で、9才6才3才の3人のお子さんのスキーを、自分1人で面倒みるのはじきに難しくなるのでアナタも戦力になってくれと送り込まれたそうである。

家族公認で練習に励めるのはいいなあ。


1時間半のスクールで、九重の山岳ガイドもされているというインストラクターの増田さんからターンを習い、中上級者用の混んでないリフトに乗り、かつ、初級者向け穴場ルートを通って滑降してくる技も習い、やっぱりプロに習うというのは違うよなあ、と、今回も大満足して終了したのが午後1時。



そこからさらに3時間くらいは余裕で滑れるつもりだったのだが、1時間半でバテた。


今回の来場前、

「55歳、スキー初級、骨粗鬆症治療中」

というデータを嫌というほどインプットされたCopilotに、

「練習時間は2時間から3時間です。怪我をしないことが第一ですから、怖い、疲れたと感じたらすぐに止めましょう」

と繰り返し言われ、いやいや大げさでしょ、せっかく遠路はるばる行くのにそんな勿体ないことできるかいなと高を括っていたが、あのアドバイスは正しいのだろうなあと思い直し、ブーツを脱いで後はバスの出発時刻までのんびりと過ごした。


ぎりぎりまで行くか諦めるか迷った今回のスキーだったけれど、疲労感は心地よく、何より1回こっきりでスキー終了とならなそうな手応えは得られたので、やっぱり行ってよかった。


がー、


帰宅して(今日は仕事だった)娘ちゃんに、楽しかったよー、また行こうよー、と言ったら、


「スキーばっかりより登山でもいいんじゃない〜?」


とか言うので、えっ?登山はきついからイヤって言わなかったっけ???山、登るん??ほんとに???、と、なっている。

娘ちゃんの気が変わらないうちに山の計画立てねばならぬ。







今季、勢いついて遊んだところ当然の帰結として庭のお世話は行き届かなくなり、殺風景ではあるのだが、



一面に球根から芽が出ていて(チューリップ、だけではない気が…)なんだ、春は来ているなあと思う。


クリスマスローズもじきに咲きそうな勢いである。

個人的にはもう少し冬を楽しみたい。

もう1回スキーやりたい。


オリンピックたけなわではあるが(リアルタイムでは全くついていけてない)、現役時代なんかおもしろいなこの子と思っていた選手がやはり、卓越した笑いのセンスをお持ちでちょくちょく噴き出している。