戦後思想の重要キーワード「主体性」。小熊英二著『民主と愛国』からの引用。 | 空・色・祭(tko_wtnbの日記)



いわば、丸山や大塚が「近代」という言葉で述べていたものは、西洋の近代そのものではなかった。それは、悲惨な戦争体験の反動として夢見られた理想の人間像を、西洋思想の言葉を借りて表現する試みであった。「個」の確立と社会的連帯を兼ねそなえ、権威にたいして自己の信念を守りぬく精神を、彼らは「主体性」と名づけた。そうした「主体性」を備えた人間像を、丸山は「近代的国民」とよび、大塚は「近代的人間類型」とよんだのである。


すなわち、戦後思想のキーワードともいえる「主体性」とは、戦争と敗戦の屈辱から立ち直るために、人びとが必要とした言葉にほかならなかった。今後の章でみてゆくように、その「主体性」が、国内においては権威に抗する「自我の確立」として、国際関係においては米ソに対する「自主独立」や「中立」を唱えるナショナリズムとして、それぞれ表現された。丸山が、福沢諭吉の「一身独立して一国独立す」という言葉を愛したのは、そうした心情の表現にほかならない。そして丸山や大塚の思想は、共通の戦争体験をなめた同時代の人びとから、圧倒的な支持をうけたのである。


小熊英二著『〈民主〉と〈愛国〉ー戦後日本のナショナリズムと公共性ー』100p