この間とある勉強会に参加しました。



内容は成人した知的・発達障害を持つご本人、保護者の方を招いて本人にとって素敵な暮らしとは?という内容だった。グループホーム、就職、お金のことなどリアルな話も。



最初は「うーんこのテーマちょっと重い?」って。


先のことを考えすぎるのが闇落ちする一番の原因だと感じていたので、まあ気が向いたら行こうくらいで。



結果、行って本当によかった。



ご本人、保護者の方のお話はもちろんなのですが、そこで司会進行されていた先生が魅力あふれる人だった。



他市療育センターの相談支援専門の先生。



なんか飄々とした雰囲気で優しくフラット。語り口もおもしろおかしくて。聞きながら何度も笑った。



この「フラット」な印象を持つ先生って意外と少ない。



わりと先生って、ちょっと一段登ったところから


「本人の能力を引き上げていきましょう」


「こういう風にすればよくなる」



とか。



私がひねくれ者なだけなんですが、なんかどっか「上から下にいる息子を引き上げる」みたいなところがあって。


いやいやもちろんそうなんです。引き上げてもらわなあかんのだから全然いいんです。先生という立場である以上そうするのが当然です。本当にありがたく思っています。


が、「うん?」と違和感を感じることも正直あったりする。こんな親ですみません。



この先生にはそういう違和感がまったくなかった。



本人が今何を考え、何を感じているのか、何に興味を持っているのか、どんなところに幸福感を持つのか、自分も同じように感じたい、知りたいって。そんなスタンス。



そんな先生のお話をちょこっとメモ。



・親の思う「幸せ」と本人が思う「幸せ」は必ずしも同じではない。


・例えば物を撒き散らしたり、奇声を上げたり、まわりから見ると不快で理解できない行動でも、そういったことで牙城を作り、壊れそうな自分を必死で守るというときもあるのです。


・成功体験を重ねることだけが幸せな人生を形作るわけではない。自己肯定感下げるような失敗がのちのちの本人の幸福感につながることもあるのです。


・日常の「今日はよく眠れたなあ」とか「ごはんがおいしかった」とかそんなささいなことに幸せ感じて生きてもいいですよね。


・本人に意思決定をさせる機会を作る。例えば飲み物が欲しい時、冷蔵庫にはお茶、ジュース入っている。本人にまかせるとジュースになるから、体に悪いから、と親が勝手に選んでお茶を出してない?「自分で考えて決定する」この力は生きていく上で本当に大切。結果ジュースを選んでもいいじゃない。先読み賢いお母さんはやめてみてもいい(チャキチャキ聡明なお母さんは苦手って先生いってた笑)



・家の都合もあるでしょうけどお休みの日、何がしたいかご本人に聞いてあげて下さい。



・家で30分でもいい、なーんにもせずゆっくり子供さんを眺めてみてください。好きなことに取り組んでいる時の表情、ご飯を食べている時、寝付く時の表情。じっと眺めてみてください。


・子供って非常識なこと喜ぶんですよ。常識をぶち破ることで、意外と常識が身についたりするんです。


・そもそも人と人とは誤解が多く通じ合えないものです。だからコミュニケーションをとるんですよね。例えば「水筒とって」といってもその人にとっては「水筒」が「水筒」ではなかったりする。その人にとっての「水筒」はzojirushiというロゴ名だったり、色だったり、形だったり。視点、表現が違うときがあるんです。そこでこの人分かってないで終わるんじゃなくて、じゃあどういうふうにしたら伝えられるかなと考えるのがコミュニケーション。コミュニケーション方法の押し売りにならないように。



・散歩おすすめです。いろんな風景を一緒に見て下さい。なるべく散歩道はルーティン化しない。同じ道しか歩けなくなるから。


・障害を理解するということは障害特性を理解するということに留まらず、まず人として理解することが大切です。




具体的にこうすればよくなる!みたいな療育テクニック的な話ではなかったのですが。



なんか、聞いてると力が抜けてくるというか。


ゆるくなる。いい意味で。


自分がカウンセリング受けてるみたい笑



「人に迷惑をかけないように」

「協調性を持って」

「普通に。みんなに嫌がられないように」


気づくとこういうのがいつもぐるぐるまわってる。



本人がちょっとでも生きやすくなるようにという親の思いがゆえなんだけど。



結局それにがんじがらめになっちゃってるのは私だったりする。



モンペになってないか、ただ甘やかすだけの親になってないか、そんなことを気にしちゃったり。



「親のエゴ、自分の子供だけが幸せならそれでいいやって感じで育ててもいいんだと思います」



個人的にこの言葉は一番染みた。



気休めかもしれないけれど、そうやって言ってもらえることってあんまりないから。



普通に生まれて普通に育つことってどういうこと?

まわりに協調することばかりに目がいき過ぎてない?

自分だけが感じる温かみをもっと大事にしてもいいんだよと伝えていいんじゃない?


そんなことをいつも考えながら、模索しながらお仕事されているそうです。




なんかね。とにかくあたたかい。まなざしが。



おかげで私も優しい気持ちになれた。



けっこう肩に力入れて子育てしてんだなあって。



今日は子供たちに優しくなれそうな気がする、
気がする、気がする、笑



先生には障害のある弟さんがいたそうです。去年亡くなられたとのこと。いろいろ腑に落ちた。



「生きてるのってすごいんです」って。



この先生のお話、また聞いてみたいです。