テラス席に座って、ランチする。
ちょうど良い日差しと少し肌寒いくらいの風の中、たわいもない話をして過ごす。
ランチ後は散歩をした。
虫が嫌いな友達が、
虫を見つけてはわーきゃー言って私を驚かせる。
まるでお化け屋敷を歩いているかのように、腕を組んで自然の中を進んだ。
久々の自然。
去年伊東にて1人で湖を歩いたことを思い出した。木々が揺らめき、鳥や虫が飛んでいる。何も考えずに前へ前へと進む。のちにさわやかな疲労感が広がる。
POLA美術館はもっともっと広いのかと思ってた。ピカソの展示がやってるのだが、そんなに数もなかったなぁ。
ピカソの映画の一部が公開されてて、1枚の絵を描いていくんだが、何度も何度も描き直すの。
突然びっくりするくらい絵が変わるから、その度に笑ってしまった。
芸術家は、自分の中にあるものを信じてる。
私は自分の何を信じているのだろう。
何か大きな決断をする時、または挫けそうな時、自分は出来る!と思い込む。
誰も信じてないけど、私は自分を信じる、自分が信じられなくて誰が信じてくれるのだろう、と。
そもそも「信じる」と言う言葉はあまり好きじゃない。
自分に対してはいいが、相手に吐くと、または誰かから吐かれると、相手を縛ると思っている。
そんなことわざわざ言わなくても、
心の中で思っていればいい言葉を、
あえて口に出すあたりに、真意はなに?と思ってしまう。
だから、信じている信じたいと言う言葉は、
かえって信じていない信じられない人が使うのではないか、と思ったり...
希望が込められているのかもしれない。
有言実行という言葉がそこらへん歩いているけど、元々不言実行の派生。
信じているものに対する行動は、不言実行でありたいと思う。
でも、
そもそも、人を自分を、
私は信じているのだろうか。
季節の変わり目に深呼吸をする。
深呼吸すると、ある言葉を思い出す。
我思う、ゆえに我在り
自分の存在だけは、確かである、と。

