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NYA

NYAにゃあ


深呼吸なんてしますか?

と患者さんに言われた。

普段深呼吸はしない。

ただその日の朝は、夏が終わり、秋の訪れを感じさせる木漏れ日と風が吹いたので、マスクをずらして深呼吸をしたのだ。

思いっきり吸って、夏にさよならをした。
夏が置いて行かれる。
私も取り残されそうにならないように、
秋に向かって駆ける。


深呼吸なんてしません。
しないけど、するといいもんです。


ずっと行きたかったPOLA美術館へ。
自然豊かな場所にある。
箱根自体も10年ぶりくらい。




テラス席に座って、ランチする。

ちょうど良い日差しと少し肌寒いくらいの風の中、たわいもない話をして過ごす。


ランチ後は散歩をした。



虫が嫌いな友達が、

虫を見つけてはわーきゃー言って私を驚かせる。

まるでお化け屋敷を歩いているかのように、腕を組んで自然の中を進んだ。


久々の自然。

去年伊東にて1人で湖を歩いたことを思い出した。木々が揺らめき、鳥や虫が飛んでいる。何も考えずに前へ前へと進む。のちにさわやかな疲労感が広がる。



POLA美術館はもっともっと広いのかと思ってた。ピカソの展示がやってるのだが、そんなに数もなかったなぁ。

ピカソの映画の一部が公開されてて、1枚の絵を描いていくんだが、何度も何度も描き直すの。

突然びっくりするくらい絵が変わるから、その度に笑ってしまった。


芸術家は、自分の中にあるものを信じてる。


私は自分の何を信じているのだろう。


何か大きな決断をする時、または挫けそうな時、自分は出来る!と思い込む。

誰も信じてないけど、私は自分を信じる、自分が信じられなくて誰が信じてくれるのだろう、と。


そもそも「信じる」と言う言葉はあまり好きじゃない。

自分に対してはいいが、相手に吐くと、または誰かから吐かれると、相手を縛ると思っている。


そんなことわざわざ言わなくても、

心の中で思っていればいい言葉を、

あえて口に出すあたりに、真意はなに?と思ってしまう。


だから、信じている信じたいと言う言葉は、

かえって信じていない信じられない人が使うのではないか、と思ったり...


希望が込められているのかもしれない。



有言実行という言葉がそこらへん歩いているけど、元々不言実行の派生。


信じているものに対する行動は、不言実行でありたいと思う。


でも、

そもそも、人を自分を、

私は信じているのだろうか。


季節の変わり目に深呼吸をする。

深呼吸すると、ある言葉を思い出す。


我思う、ゆえに我在り


自分の存在だけは、確かである、と。