子供の頃、自分は順風満帆な人生を歩むと思っていた。
今頃私はママと呼んでくれる存在がいたはず。
そんなものは、いない。
当然結婚すると信じて疑わなかったのだ。
平成初期は、まだそんな思想があった。
今の子達はどうなんだろう。
男性の4人に1人、女性の6人に1人が生涯を未婚で終わる。
家族ができたら幸せなのか。
子供がいたら幸せなのか。
そんな価値観は人によって違う。
わたしは、今とても幸せである。
職場の人はよく(もちろん変なやつはいる)
職場環境はいいとは言えないが、とにかく人が良い。
家族は問題あるが、まぁ犬が可愛い。
そして何より人生の中で今が1番自由だ。
行きたいところに行けて、美味しいものを食べる。私は幸せだけど、それを不幸せとしてみる人もいるだろう。
たまに価値観を押し付けられる時もある。
へぇだのほぅだの言って返す。
未来への不安はもちろん漠然とある。
けどそれはどんな人もそう。
セックスライフというNetflixのドラマを見た。
どんな内容なのか、蓋を開ければ、幸せな家庭生活の中に満たされない想いを抱き、元彼を思い出す女性の話であった。
度々元彼とのベッドシーンが出てくる。
性は強烈な思い出として脳に焼きつくのだろうか。
思い返せば30代からの恋は、アダルティなものだった。
好きです、付き合ってくださいなんて言葉はもちろんない。
相手が大人だから、私も大人になってみたり。なりきれず別れたり。
強烈な思い出として残っているものもあるが、過去に戻りたいかといえば、Noである。
あの時私は、不幸せだった。
でも、抜け出せなかったのだ。側から見ればそれが沼地だと分かっていても、いや自分自身でさえわかっていても、その時は深みにハマるしかなかったのだ。
色々な不条理なことが起きた。
離婚したと言われてデートすれば、離婚調停中であった奥様と鉢合わせして写真を撮られたり、、愛人にならないかとお誘いを受けたり、、
私はきっと、丁度良かったのだ。たまに会って横に置いておくくらいが丁度良いのだと思った。
でも、もう30歳になり3年も経つ。
果たしてあの頃と比べて価値はいかなるものか。
女性は若い方がいい、というのを痛感する。
私自身が、あんなおばさんよりそりゃ私の方がいいよねと思ったからこそ、きっと私がおばさんになった時も同じ思いをするだろう。
人はみんな年老いていく。
その中で自分の幸せを探して行く。
そんな時に思い出すのはみつをの言葉。
小学生の頃通っていた公文には、みつをの言葉があちこちに掲げられていた。
幸せはいつも自分の心が決める。
私は今、幸せ。時々不幸せ。でも幸せ。