やっと…って感じです。

前週の月曜日に行ってみたものの、

「月曜日閉館」…マジで!?

ということで下調べの不足に恥ずかしい限りでした。

昨日行ってきたのですが、学校でロードレース(12km長距離走大会)走ってきたすぐ後だったので死んだ。
12kmとか人が走る距離ではないと再確認できました。
体力ないのが自慢の青少年。ちょっとは運動しろよ俺!!
でも何気にがんばって楽しかったのは一理ありました。

とこんな感じで終わったロードレースの直後に行ったものですから疲れて美術館のいすの上に座ってるばっかでした。気がついたらもうすぐ閉館でどたばたした一日で帰宅ご7時、そのままベッドに入ったら気がついたらなんと午前7:15分!!!
平日に12時間以上寝れたの数年ぶりでした。

入場料は高校生割引で700円…こんなときだけ年齢メリットを感じる。


パンフレットの表紙のラファエロの「一角獣を抱く貴婦人」が意外に小さかった。

やっぱり一番確信ができたのがバロックとルネサンスの違いですね。マニエリという技法もそうですが、表現の違いが印象的でした。時が経つたびに表現と人物の表情に動きが目立ってきます。

まだ4月までやっているのでお暇なときにでも行って見てください。
あそこまで美術史が反映されている美術館は少ないと思います。
なんたって完全予約制のボルゲーゼ美術館からの初のまとまった日本での展示です。

ワタシは神を愛します…

なんとなんと…

クリストさんの講義を聞けちゃいました!!!!!!!
ああ…幸せ。
実は予約制だったこのクリスト&ジャンヌ・クロード展開催初日に行われたクリストさんによる講義の予約が取れず、断腸の思いであきらめようかと思ったのですが、どうしてもできず、キャンセル待ちでイチかバチかで13時半ごろから45分間の祈りの時間と戦った末に「キャンセル待ちの方、立ち席がまだ開いているのでどうぞお入りください」…と

キター!!!!!

1時間半の講義プラス僕の質問にも答えて下さり、サイン会でサインもしてもらったこの幸せ者はもう天にも上る気持ちです!!!!

明日東京で高校生が家で自殺(幸せ死)とニュースで出たらたぶん僕です(笑)

なんだか抜け駆けしてしまったみたいで、何度も興味をもってくれたchapaさんには申し訳なく思います。またほかの皆さんにも…ゴメンナサイ。
本当にイチかバチかだったんですよ。以前から予定にあったセシル・バルモンド展の講義も今日で同じ
14:00からで、クリストさんの講義を聞けるか両方いけないかの瀬戸際でした。

なので償いもかねて、Lets芸術講義No.2、前回以上に詳しく。




クリストとジャンヌ・クロード展「LIFE=WORKS=PROJECT」、本人のクリストさんの講義。

内容は彼の作品紹介と製作中の二作、「Over the River」と「Mustava In Arab」の制作過程です。





クリスト・ヤヴァシェフ(1935~)
ジャンヌ=クロード・デ・ギュポン(1935~2009)

この講義は前年、脳動脈瘤(りゅう)破裂により亡くなられたジャンヌ=クロードと共同で行った日本で最初にじつげんしたプロジェクト、「Umbrella Project」の説明から始まる。

The Umbrellas 日本=アメリカ合衆国、1984-1991
1991年10月9日に実現したこのプロジェクトは日本の茨城で青色、アメリカ合衆国のカリフォルニアで
黄色のアンブレラ(傘)を合計3100本を一斉に開いたものだった。茨城のさと川渓谷から周辺の民家まで1340本、カリフォルニアのロサンジェルス付近の谷に1760本の配分。
クリストは自分が感じた日本とアメリカの二つの国の谷の土地の利用方法、周辺の人たちのくらしの類似、相違点をほかの人たちに感じさせるために始まったプロジェクトだという。


Wrapped Reichstag ドイツ・ベルリン、1971-1995
1995年6月24日、71,77,81年と3回も繰り返し許可を求めた達成されたクリスト&ジャンヌ=クロードの作品の中で最も困難だった作品だとクリストは言う。フランス政府、東西両ドイツ政府、アメリカ資本主義、ソビエト連邦、イギリス政府などの力が同時に存在し影響をおよぼしているこの旧国会議事堂は幾たびの事件や変化のあとにドイツの民主主義を象徴する建築として親しまれている。クリストが制作を思いついたときはまだそれぞれの国々の影響が強く、24年にわたる創作活動と説得、3度目のドイツ連邦会議で70分間の死闘の末、賛成派が68票反対派と差をつけ可決された。
 この裏話で、有力者の一人が頑固として反対で、もともと決定権を持っていた議長からそれを奪いわざわざ会議まで開き、メディアによる全世界放送でクリストの案の否決を宣伝しようと試みた。
しかし日本=アメリカ合衆国のThe Umbrellasが成功し、脚光を浴びたため賛成派のほうに表が流れ、結果として断固反対があったなかで可決されたため、より力強いイメージを持つ作品ができたとクリストは言う。


Over the River アメリカ・アーカンソー川、1992-
クリストとジャンヌ=クロードが二人で手がけ、ジャンヌの他界により現在クリスト一人のみで率いる彼のチームが立ち上げている未完成プロジェクトの一つ。二人は1992、93,94年に回った何百もの川の内候補6つから最も実現可能なアーカンソー川に視点を置いた。スチールの支柱を両端の土手にセットし、ワイヤーで長方形の布を張ったものを何枚も連結して皮の真上を布で覆うこのプロジェクトはほかの作品と違い、もともとあったアイデアから場所を探したものだとクリストは言う。美しさと壮大さ、そして現代技術の限界にチャレンジをモットーに企画している。このアーカンソー川が選ばれたその大きな理由に地形と便利さがある。この川の周囲には太平洋ユニオン鉄道が右側の川岸に、高速道路がその反対側にあり、特に鉄道は物質運送に最適だと考えた。しかし、ほかの作品同様、許可申請書にサインがいまだに降りず、唯一鉄道会社のみが許可しているのが現在の状況らしい。
 Over the Riverには二つの見方がある。一つは上から川が10kmにも及ぶ長さで水色の膜が降りている姿、そしてもう一つはその下から風になびく透き通った布とともに見上げる空の美しさだ。クリストとジャンヌ=クロードは風に波打つ一定の形にとどまらない布をよく素材に選び、今回もその一つである。このプロジェクトに使われる淡い水色のファブリックは川の流れる水の部分の幅と同じに全て設計されている。カーブした地形の場合、長方形ではなく、いびつな台形にセットした布を連結してかたちをなぞるように配置していく予定らしい。また設置する技術も高いもので、実験室で風へのロープなどの耐久性や、部分的に川で実践してテストもしているそうだ。テスト中に実践的蚊を調べ、適切な布のつなげ方などを見ている映像写真がいくつか紹介されていた。



以上がクリストさんによる講義の内容です。
彼独特の布を使い表現する作品が一般的に有名ですが。中にはMustavaなどのドラム缶をピラミッドのてっぺんがない巨大な台形の立体形などもあり、とにかくスケールがでかいことがよく伝わってきます。また全てに共通することはどれもはかない数週間以下の展示期間だということです。クリストさんは過去の作家たちは「瞬間の美」を表現と対象として取ったことは無かったと主張し、たとえ自分の作品が25年もの歳月をかけて取り掛かったものでも、ほんの短い期間だけしか展示しませんでした。

また彼の作品は全て自分の絵を売ってためたお金、そして個人として銀行から借りたお金で全てを実行している所です。企業や募金は一切しておらず、それを誇りに思っているそうです。企業の手を借りるとどうしても予算内にしなければいけません。「自分のこどもを産む前に予算は決めないでしょう、私達もそれと同じです」とクリストは言います。カッコイイ!!

そして僕が彼に聞けた質問は…

「何年、何十年もかけて許可をもらうだけに費やすのに全くめげずに関係者の許可を求め続けるためになにを支えにしているのですか?」

でした。

クリストさんは笑って「自分はマゾヒストでは無いが、苦の先にこそある快感そして美しさを支えにしてる。私の作品全てはたくさんの反対があった中でたくさんの人を巻き込み、最後にみんなで反対派を押し切って可決する行為自体が作品だ。完成された作品は誰の目からもそれを達成させるのにかかった時間と努力、そしてそれがほんの2週間足らずで消えてしまう事実を認識することができる。そしてその作品に対しての意見などで住民が路上で講義をしている姿を見ると、彼らをコミュニケーションでつなげることができたと感じる。全く面識の無い人たちを共通の会話でつなげることが私の作品をやる意味そのものなのだと思っている」
とおっしゃいました(自分で訳したので多少の違いはあるかもしれませんが)。


ここまで自分の作品に愛を持っているからこそ実現できるのでしょうね。彼の作品はいつまでも歴史に残ることでしょう。



次回は未定ですが、来週内には一つあげたいと思います。
どうぞ興味がありましたらこれからのも読んでください。

ではまた。

つづく
 













序所に近づく大学受験。

僕同様に「あれ、気がついたらもう…」みたいな高校生、たくさんいると思います。

というわけで、高校の内にしかできそうにないフリーな行動の一つに芸術家達の講義を今の内に
聞きにいこー、とはじめましたNEW SERIES 「芸術講義―個人解釈:Lets芸術会議」シリーズの第一弾です。

聞いた講義の内容を自分なりに解釈してブログに書いていきます。

The first on the Line is...

2月11日(今日)の世田谷美術館、14:00から内井昭蔵(建築家)展にて開催された
「公共建築とアート・内井昭蔵の場合」講義にいってきました。

Guestさんは彫刻家の澄川喜一さんと美術館のだれか(めがねの小柄なおじちゃん)のふたりでした。

途中参加だったので最初のほうは聞けなかったのですが、自分なりの解釈でわかったことを中心に書いていきたいです。





世田谷美術館や登川喜一さんと関わりのあった多数の建築、彫刻家の作品紹介を中心に講義。

淀井敏夫
ラフで傷ついたような質感を持つ作品で有名。
「うかぶ雲、海鳥たちの訪れ、時の流れを告げる古い貝殻」などの作品を紹介。
ブロンズなどの金属を使うため、水気によってサビが垂れて茶色い流動的な「汚れ」がよくあるらしい。
これがさらなるアクセントにもなって、自然と共同で一つの作品を作っていると思わないだろうか。




作品紹介の内、世田谷美術館に取り組まれた表現方法の一つで「縁を切る」というものがある。

たとえに岡本太郎の「明日の神話」があった。これほどサイズのある作品は歩いて眺めながら見るのが一
般的だろう。
「縁を切る」というのは連続する作品に区切りを入れることでより見やすく、観客に配慮した表現だ。
実はこの表現、空間の「色」やアクセントとしても使われることがあるのだという。

例の一つが世田谷美術館のグッズ売店前の小さな休憩所だ。
二階への会談、展示紹介のポスター、モダン彫刻とそれぞれの平面になにかしら見るものがある
中で、それと対象に何も無い壁が一面だけある。ここに内井昭蔵はくぼみをいれ、人が一人座れる空間をいくつも作った。
閉鎖的かつ開放的なその空間は子供を喜ばせ、また実際に自分も座ってみたが、別の世界から正面の階段を見ているかのようだった。一つの平面にその平面の「縁を切る」ことで生まれるこの別世界は内井昭蔵の世田谷美術館において座る席としても、なにも無い平面を一つの作品にすることにしても、観客に強く配慮した表現方法に思えた。



内井昭蔵は幼少期に感じた空間はその後の見方に影響を与えると信じ、表現方法に力を入れた。世田谷美術館のくぼみのベンチなどの「引っかかり」がある表現を大切にし、小さな空間でも意識する。純粋な子供達はまだ、いわゆる世界の常識というのが無いため、完全に自由な想像力をもっている。幼いころに見て感じたものはその無限大の想像力を活気付けるものだと思ったのだろう。


この世田谷美術館のプラニングにあたって、内井はあるクヌギの木に着目し、それを取り組んだ建築を考えた。このクヌギは長い間砧公園にあったもので、環境と建築を一体化させる上で注目したという。これを「ポイント」や「軸」といい、建築をする上で最も大切な「環境との調和」、そして着眼した
「ポイント」から発展させていくことが内井昭蔵のこだわりでもあった(フランク・ロイド・ライトや
隈健吾、安藤忠雄も「環境との調和」を大切にする建築家達だ)。



「健康な建築」
健康な建築とはいったい何なのだろうか。内井昭蔵に限らず、建築家は常に最近の建築は病んでいると述べる。本来建築とは絵画、彫刻などのいわゆる「芸術」と同じく、自己表現の方法の一つだった。がしかし、今の長方体の天にそびえるビルやまがい物のヨーロッパ風の木の床やレンガタイル、印刷した大理石の模様の壁など存在意義が理解不能なもので溢れている。気候や周囲に合わない建築を建て、閉鎖的で閉じこもった建物が人間の心さえも閉鎖的にしてしまっている。健康な建築とは底にあるべき場所に建てられ、その環境と一体化することで開放感と周囲との調和が保たれた建築のことではないだろうか。



講義を聴いて確信したことがいくつかある。過去に聞いた講義や読んだ本の中にも書いてあったことを自分なりに解釈した結論とも言えるものだ。
建築は殺人能力があることをご存知だろうか。真っ白な閉鎖された空間に住む人はいつか
発狂する。白は刑務所や監獄の色だ。今の日本の家の中は99%が白で塗られている。この空間の中で平然と暮らしている我々はもはやその事実になんの矛盾を感じなくなり、さらにはそれで安心するとまで思い始めている。少し前まで日本人は木造の温かみのある建築にすんでいた。ところが今の東京には、近所の人にすら挨拶をしない、閉鎖的で外の世界とかかわりを持とうとしない人が多い。なじみの無い人にでも気軽に話しかけれたはずの社会が一変している。現代人は他人と関わろうとしない理由に「恥ずかしい」やら「怖い」やらと自分を隠す、人に見られたくないなどをあげる。今彼らは自己表現に恐怖感を抱き始めている。それは暖かく「お帰り」と迎えてくれるはずの家が安らぎを与えるまがい物で埋め尽くされ、真っ白でのっぺらぼうの壁や天井で自分を囲むものなら自分を他人に隠したくなるのも当然の断りではないか。




ふう…たくさん考えた。

どうでしょうか。結構講義の内容から自分の考えに写っていくのが書いていてもわかるほどだったんですけどね。

やっぱり難しいです。

でも自分の考えや講義の内容を整理するのは大切だと思いますし、何より実際に書いてみてよりわかったことなども増えました。

結構有意義なので次回もこんな感じで。

次はちょっとまだお金と講義の予約の問題などでどちらかはわからないんですけど

セシル・バルモンドの「エレメント」を見て建築家、篠崎健一さんとキュレーターの野村しのぶさんとの講義

OR

クリスト&ジャンヌ・クロード展、クリストの新作「Over the River」について

の2択です。実はブログに乗っけたクリストの講義、予約制だったのでいけないと思ったのですが、キャンセル待ちであるかもしれないということで…

とりあえず行ってみて、無ければ「エレメント」ということになります。

次回13日の予定です。

To be Continued