4年ほど前のことです。当時7歳だった長女は家庭教育のせい(?)で国という概念が薄く、私のことを日本人だと勘違いしてました。 日本人との電話多かったし、日本出張も頻繁だったからかも。 ある日、家族で外食。 性格が外向的すぎる娘はいつの間にか隣のテーブルにいた二人兄弟と遊んでいたのです。
娘:“お前ら兄弟はどこから来たの?”
兄弟:“北京から”
娘:“あっそー、私北京に行ったことあるのね。 お前らは日本行ったことある? うちの父さん、日本人なの”
兄弟:“なんだと?!そしたらお前も「日本鬼子」(*日本人:悪意的な呼称)なのか! お前、殴るぞ!”
私はビックリ! 急いで彼女をレストランから連れ出して、お前の父さんは韓国出身だから絶対そんなこと言っちゃ駄目だと何回も繰り返して言いました。 (それから本当のことだとはいえ、日本人の友達に悪いことした気がして、後味がとても苦かった!)
中国における反日感情はこのように小さいころから注入されます。 このような洗脳教育は70年代韓国で反日、反共教育を受けた私にとってはそんな新しいことではありません。 当時反日、反共は“正常的な韓国人”なら当たり前に持つべきの価値観でした。 中国も同じ。 大勢な中国人の意識の中には「愛国=反日」という等式が存在します。
しかしですよ。“洗脳”というものは聞こえるほど恐ろしいもんではありません。 恐ろしいのは洗脳状態で行う行為です。 抽象的な対象(国)に対する抽象的な感情は実際の自己体験によって瓦解されます。 私の反日感情は中国留学時代ある日本人の女性に一目ぼれした一瞬で煙のように消えました。 ほとんどの場合は文化や商業交流で反日感情がうやむやになります。 (*国が抽象的な対象だと? 民族国家の定義によると、国というものはそこに住んでいる人たち、独立政府、領土の三つによって構成されます。 だから“俺は阿部政権が好き、嫌い”とか、“俺は静岡に住んでいる田中が好き、嫌い”とは言えますが、“俺はX国が好き、嫌い”という考えは“国”というものを都合よく一つの人格でみる結果。 そして、その人格は抽象的な存在にならざるを得ないわけです)
中国の経済開放以来中国市場に最も早く入った消費製品の一つが日本家電です。8,90年代の中国って、家にある日立の洗濯機やパナソニックのカラーテレビは嫁をもらう最高の武器(?)でしたし、ソニー製品は今のBMWやベンツのように社会的なステータスでした。そして“韓流”が中国家庭に浸透する前には日本ドラマがすごい人気でした。 例えば、85年放送された「おしん」は視聴率80%という前代未聞のヒットだったし、「一つ屋根の下」に出演した酒井法子は未だに4,50代の中国男性にとっては“夢の恋人”の記憶されてるほどです。
PART1終わり。
PART2は2012年尖閣島の領土紛争により中国国内で起きた反日デモを中心に語ります。


