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鬼と斗う皇


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 八年ほど前に知り合った、なにかとスポーツ好きの男が
 「魁皇みたいな負け越さないだけの力士はやめちまえよ」と云っていた。

 朝青龍や白鵬の活躍の陰で脇を努めながら未だに持ちこたえている。


  ◆きょうの俳句・・・冬ざれや人の名のつく橋渡る


 長年頑張るとよく「無事これ名馬」などという。

 彼はモンゴルの相撲ファンにとても人気があるという。
 満身創痍での相撲は無事な感じも名馬の風格も似合わないのだが
 独特な孤立した凄味があるようにおもう。

 「斗」の字は柄杓のことで一斗、二斗という量の単位の意味くらいしか無いそうだが
 中国では「闘う」の略字なのだそうだ。

 勝った魁皇から力水を貰いたいものだ。

王の権利


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 「作家になった。出版記念パーティをするから連絡した」と
 連絡先を知らないはずの高校時代のクラスメイトから唐突に電話があった。


  ◆きょうの俳句・・・独り猫を描く勤労感謝の日・・・(十七音半の俳句のつもり)

 
 最近二度目の奥さんに自死された某役者は高校一年の春先に「オレは役者になる」
 といってわれわれの隣のクラスから退学していった男だった。
 それはたまたま近くにいただけのことだが、連絡をくれたクラスメイトとはこれが卒業後二度目の
 奇遇であり、いつもとても不思議なタイミングでくるのだ。 

 ところで「印税」などに使われる「ロイヤリティ」の語源は「王の権利」だそうである。
 (そりゃなんたってロイヤルですからねぇ)
 同音で別の語として忠実・忠誠の意で、会社、ショップなどに対する顧客から店に対する
 親密性や信頼性を指すともある。

 「権利」と「忠誠」とがおなじ用語であるところがなんとも意味深だなぁと思う。

 イギリスでのロイヤル・ウェディングは来春(日本では昭和天皇の誕生日)に決まったようだ。
 これも考えようによっては意味深だ。

口がない


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 今さらながらな気分である本を読んでも意外なことを知ることはある。

 口というものもドーナツの穴のようなものであるそうだ。
 ドーナツ自体が無いとドーナツの穴は無いように口とは医学的にそういうものだそうだ。

 唇は部位として実在するが、ここが口だという部位は取り出せない。

 言葉遊びな理屈としては何も面白くないが、哲学的には考えさせられる。


  ◆きょうの俳句・・・マフラーの忘れられたる駐輪場


 キリスト教会での結婚式であるお坊さんがスピーチに立って
 「顔(の穴として)には目も耳も鼻も二つあるのに口は一つしかありませんね。
  でも口はモノを食べたり、息を吸ったり吐いたりできます。
  なんといってもキスもできます。・・・おめでとうございます!」
 と云ったそうである。

 キリスト教信者へのエクスキューズとしては上手いな。

 

八幡知らず



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 「出口のわからないこと」や「入ったら出られない迷路」を「八幡(の藪)知らず」というのだそうだ。
 この八幡さまは千葉の市川市にある。

 狩野亨吉(かのうこうきち)という人のことを調べていて知った。

 事件の「藪入り」(西洋的には迷宮入り)もここから来ているような気がする。


  ◆きょうの俳句・・・サソリ座に生まれし赤子も七五三


 <神がかりの曲学阿世の徒>が国家を滅ぼす、と狩野は日本がアメリカに負ける、
 東京は焼け野原になる、と予言して亡くなった。そしてその通りになった。

 狩野は初代京都帝国大学文科大学長であり、天皇の教育係に推されもしたがそれは固辞していた。

 友人であった夏目漱石の弔辞も読んだ。

 きょうまた誕生日が来てしまった。つまり未だ迷路を出られずにいる。

それなんぼ?


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 関西弁と大阪弁とはわたしのなかで響きがちがう。

 きれい汚いではなく独特のエッセンス(思想)が大阪弁にはあるような。

 極端に言うと、発音ができてもネイティブに「けったいな大阪弁やな」と云われそうな。 

 落語に出てくる一部の人間が「てやんでぃ、こちとら江戸っ子でぃ」と啖呵をきるがごとくに
 「わしら大阪もん」は広域でその気質が現在も保たれているのかも知れない。

 江戸っ子はある意味既に過去化している。
 そのスタイルで日々日常の世間を暮らしている大勢の生活者が(東京で)いるとは考えにくいのだ。

 それがあって吉本というブランドが全国区のブランドたりえたのではなかろうか。


  ◆きょうの俳句・・・冬に入りて三日の後のあたたかさ


 以前「われ、なんぼのもんじゃい」は英語では「ハウマッチ、アーユーやで」と冗談を聞いた。
 そして「どや!(どうだ、おもろいやろ)」と間髪入れず、にんまりと畳みかけられた。
 

知に働けば



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 天才ピアニスト、グレン・グールド Glenn Gouldの死後の枕元に置かれていた二冊「聖書」「草枕」。

 夏目漱石「草枕」は俳句的小説といわれている。

 「草枕」とは旅である。

 グールドはラジオで「草枕」を朗読したことがある。

 「草枕」の英訳タイトルは直訳の「The Grass Pillow」ではなく「The Three-Cornered World」であった。

 『孤独三部作』といわれる「北の理念」「遅れてきた者たち」「大地の静かな人々」
 ラジオドキュメンタリーを母国カナダでつくった。

 愛読書の域などではなく相当に深い共鳴があった。


 ◆きょうの俳句・・・いますこしまだすこし吹け秋の風


 調べていて知ったことだが動物をとても愛したグールドの死後遺産の半分は、
 動物愛護協会に寄付されたそうである。




狼の匂い


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 「RR」で出てくる単語といえば、おそらくかつてはロール・スロイスとかロバート・レッドフォードなどが
 常套で、リアエンジン・リアドライブという車好きもいただろう。

 好きだったというよりも、凄く渋くて格好いいと思わせたアクターにロバート・ライアンがいた。
 私にとってのピカイチのRRである。

  『狼は天使の匂い』(監督:ルネ・クレマン)
  オープニングにルイス・キャロル<みなさまご存知の「不思議の国のアリス」の作者>の
  “我々は安息の時を迎える前の、動揺する年老いた子供にすぎない”
  という言葉が引用される、ちょっと説明しにくい雰囲気のギャング映画。 
  <オープニングの本屋のウインドウには大きなチェシャ猫のポスターも>

  ライアンはこれが余命一年のガン宣告での出演で、遺作となった。
  (彼のためにクレマンがこの映画を制作したと言う人もいる) 

 ◆きょうの俳句・・・赤光に富士際立てり明日立冬

 「アイスクリームって言われて何を連想する?」とドライブ中の退屈しのぎで云われ
 (ある理由から)恥もてらいもなく「天使」と答えた。

 全員に聞き終わって「それがあなたの自分のイメージです」と言われたとき
 不意を突かれた気分とそれなりの確信と当惑が入り交じって照れつつ絶句したことがある。
 
 ただし理由は「匂い」ではなかった。
 

ゼイバーズ NY


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 マンハッタン・アッパー・ウェスト・サイドにある老舗の総合食料品店ゼイバーズのことを
 唐突に思い出した。

 もともとは夫婦二人の小さなテナントの総菜屋、開業70年だそうである。

 ファッショナブルなDEAN & DELUCAとは対照的な何でもありの雰囲気が好きだった。

 映画でいえばインテリ風なウッディ・アレンに対するロバート・アルトマンの渾然一体。

 洗練のための淘汰ではなく、必要と認めるものへの愛着とでもいうか。


  ◆きょうの俳句・・・どんぐりを三ッ四ッ拾う文化の日 < 季語は敢えて二つです どんぐり・文化の日 >


 森毅という数学者はボケはモダニズムである、というような表現をしていたが、
 洗練というのはボケ防止(阿呆でもわかる)のようなことかもしれない。

 若い頃は他者の雑然さに対する許容度がとても低かった、と思う。

 今夜、オレ竜(流)落合はどんな仕組みで勝負をするか?




トワイライト・ゾーン


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 たそがれは「黄昏」とも「誰そ彼」とも書く。

 「黄昏」は空自体の具合というか状態で、
 「誰そ彼」はそのほの暗さで識別がつかない様子。
 (そこにいるのが誰なんだかわからない)

 そんな時間帯を「逢う魔が時(おうまがとき)」などともいいますね。
 (いるのが誰だかわからないうえに変な恐ろしいものが出そうな時) 
 光りと闇とが交錯して溶け合っているような・・・


 ◆きょうの俳句・・・言葉なき逢う魔が時や銀杏踏む <季語は銀杏で秋>


 名優といわれたヘンリー・フォンダ(1905年生まれ)は1981年のアカデミー主演男優賞を
 40年、57年のノミネート以来やっとつかみ取ったが、病気のため娘ジェーンが代理で受け取り、
 その五ヶ月後に永眠した。

 その映画のタイトル(邦題)が「黄昏」であった。

 秋は四季の中ではたそがれの時だとは当たり前すぎるが。

天敵探し


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 生態系は食物連鎖で繋がっている。

 天敵に対してはワイルドカードは無い動物社会。

 ホモサピエンス(人間さま)の世界には食物連鎖どころではない経済連鎖がある。

 しかもいろんな神の掟があり、法律があり、哲学がありもする。


  ◆きょうの俳句・・・満々の月暈広く冬隣り <季語は「冬隣り」で晩秋>


 あれやこれや一筋縄でいかない上にいろんな下克上もある。

 水戸黄門の印籠のようにアラブの石油や中国のレアアースのようなものが
 歴史の中で出現してくるようにも感じられる。

 はて、隣りはなにをする人ぞ?



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